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くしくも、クレノがカレンと食事をしながら『学生時代フェミニはクレノを年上の頼りがいのあるお兄さんだと思っていた』という最悪の誤解を解いていた頃。
魔法開発局でも同じ話が別の角度から語られていた。
語り手は、話題の的であるフェミニ本人である。
机を挟んでその話を聞いているのは美貌の魔法開発局局長、ルイス・リンデン・ヨルアサ王子その人であった。
「————と、いうわけで、雪がふりしきるなか、わたしのことを助けてくれて、しかも有言実行で『バカでも魔法学校に入れる』って証明してくれたカレンちゃんはヒーローなんです! ばかでグズでドジでのろまなわたしが魔法学校に入れたのは、ぜんぶぜんぶカレンちゃんのおかげなんですよ、殿下」
「ボクは君のことをばかでグズでドジでのろまだなんて思ったことはないけれど……」
「いいえ、殿下! わたしなんか、まだまだなんです。回遊魚みたいなものなのです。ちょっとでも努力をおこたったら、すぐにそうなっちゃうんですから」
ルイス王子は模擬試合のあと、魔法兵器開発局のクレノ顧問とフェミニの間にいざこざあったと聞いて上司として事情を聞いていた……のだが、気がつくと話題の中心はクレノ・ユースタスのことではなく同僚のカレンの話になっていた。
フェミニはカレンについての話は、いじらしいくらい熱心に話した。
それもまるで恋をする乙女のように、頬をばら色に染め、ものうげなため息をまじえながら、だった。
「あのね。フェミニ君。カレンさんがすばらしいということはいったん脇に置いておくとしてね……」
「はい、殿下。カレンちゃんはすばらしい女神様のような女の子です!」
終始、フェミニの話はそんな調子であった。
おそらく、フェミニの中の宇宙は太陽ではなく『カレンちゃん』を中心に回っているのだろう。
「うんまあ、気持ちはわかるよ、ボクも政治とか軍事とか仕事の話は放り散らかして妹たちの話ばっかりできるならそうしていたいからね。でもいま聞きたいのはクレノ・ユースタスのことなんだ……」
「クレノ先輩は、すばらしく非の打ちどころのないカレンちゃんのあとに金魚のフンのようにくっついて、カレンちゃんの価値をおとしめる、下劣で品性皆無なうんこやろうです」
「…………模擬試合のあとに話をしていたようだけど?」
「はい。クレノ先輩がしつこいので、ずっと言おう言おうと思っていたことを
その瞬間、ルイス王子は端正な顔をゆがめて息を詰めた。
「えっ、そこまでハッキリ言っちゃったの。もう少しこうなんというか、手心というか……」
「痛くなければ覚えませぬ」
フェミニはきっぱりと言いきった。
メソメソしているクレノと違い、もはや魔法学校時代のことにはなんら未練はなさそうな顔つきである。
「そっか。一度会っただけだけど、ボクはクレノ君にもちょっとだけ同情するね……」
「まさか……ルイス王子殿下にも、そのような青春の
「いやあ、ボクは王族だからね。相手が本音を言ってくれないのがデフォルトみたいなところあるからね~。極力、他人の好意は当てにしないようにしているよ」
「さすがです。殿下はおとなです!」
「でもそれって職業病みたいなものだし、幼い頃から教育されていた結果だから……。やっぱり、人って置かれた状況や立場から少しずつ学んでいくものだと思うんだよね。彼もいまごろは反省しているのではないかな?」
「していないと思います」
「うんうん。話はこうして聞くし、必要なサポートもするし、少しは
「いやです!」
「ねえ、おねがい、フェミニ君。うちと魔法兵器開発局とは表向き今後もなかよし♡ ってことでいきたいと思ってるんです。ついては、相手方との情報交換や交渉事をきみに任せたいなって思っていてですね~……」
「い~や~で~す~!」
「ふふっ。面と向かって嫌って言われるの、ボクひさしぶりかも~♡」
――そんな感じで、それぞれの週末が終わっていく。
ちなみに、いい感じにオチがついたと思われた『クレノがフェミニに嫌いって言われた事件』であるが、クレノはこの日を境に事件に区切りをつけ、仕事にもどった——なんてこともなく、その後もがっつり引きずった。
クレノ顧問は行動力はあるが、ささやかなことで傷つきやすいのである。でなければ、異世界に来てまでパンジャンドラムを作ったりしない。
王国歴345年