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Ⅹ見た目がヤバい

第46話 お菓子の家ホイホイ①



「戦場の兵士にとって嗜好品しこうひんというのはとても大切なものだと聞いたのじゃ」

「いきなりはじめるのはやめていただけませんか姫様。不採用です」


 クレノ顧問はそう言って姫様の机に紅茶のカップを置いた。

 お茶菓子はマカロンである。

 フィオナ姫は不採用を食らった衝撃ショックでキュウリに驚く猫みたいな顔をしていた。

 トレードマークのツインテールも、連動しているのか軽くジャンプして飛び上がっている。マカロンに驚く姫様の完成である。


「いきなり不採用にするのも禁止じゃ! 異例のスピードすぎるわ!!」

「だって……兵士の嗜好品を魔改造するつもりなんでしょう。戦場の兵士にとって嗜好品というものがいかに大切かおわかりになりながら、それを珍兵器化するなんて。兵士たちの心と貴重な食べ物をもてあそび、人倫じんりんに反することが生まれる前からあらかじめ決定されている兵器なわけじゃないですか。じゃあダメです」

「論理の悪魔か貴様はっ!」

「そんなののしられ方ははじめてですが光栄ですね」

「まったく、フェミニから好意を向けられておるとつい最近まで誤解していた男とは思えぬな」


 クレノは黙ったまま、その場で背骨を抜かれたかのようにぬるりと地面に横たわり、さめざめと涙を流しはじめた。


「こんな青春の負け犬なんか、いっそ殺してくださいよ…………っ!」

「あれーっ! その件は解決したとか聞いとったのにぜんぜんではないか!」

「俺は根にもつタイプなんです! その話どこからお聞きになったんですか!?」

「街のあちこちで噂になっておるらしいぞ」


 王都のあちこちと聞き、クレノはカレンと行った料理店で店中に自分の黒歴史を話して回ったことを思い出した。心の痛みのあまりしてしまったことだが、まさか王都中に広まって王宮にまで届くとは思わなかった。


「よくある青春のもつれとかいうやつではないか。あまり気にするでないぞ」

「このみじめさ! 姫様にはわかりっこないですよ」

「うんうんうんうん、つらかったな~」


 フィオナ姫にとってクレノ顧問ははじめて会った時から割とみじめでみっともない男ではあったのだが、優しいのでそれは思っても口にしなかった。


「しかし、少しは仕事のほうにも身を入れてくれんと困るのじゃぞ、クレノ顧問。模擬試合の結果はしかたがないにしても、反省をふまえて前に進むのも大切じゃ。父王様にも近いうちに成果というものを見せねばならぬと思うておる。わらわはその覚悟で新しい魔法兵器をおぬしに見せようとしておるのじゃぞ!」

「……わかりました。そこまで言うなら、姫様の覚悟を見せていただきましょう」


 クレノは抜けた背骨に社会人という名のダミープラグをし、無理やり立ち上がった。



 *



 フィオナ姫の新しい魔法兵器はデカすぎて倉庫に置かれたままになっていた。


 それは家の形をしていた。

 というか、家だった。


 DIYが得意なお父さんが趣味で自宅の庭に作ったクソデカログハウス、といったおもむきだ。

 しかし家は家でも、特殊な家だ。

 その材料は木でも漆喰しっくいでも、ましてや鉄筋コンクリートでできているのでもない。

 壁はクッキー、窓ガラスはあめ細工、屋根や煙突はチョコレートの板でできている。扉は二枚のビスケットを貼りあわせ、隙間をキャラメルで繋いでいる。そのほか、あちこちにマジパンやらグミやらでかわいらしい装飾が施されていた。


「——どうじゃ、これがわらわの開発したあたらしい魔法兵器! 名づけて『お菓子の家ホイホイ』じゃっ!!」

「お疲れさまでした。すみません姫様、青春のもつれにより少々体調が悪いもので、今日はこのまま早退させていただきますね。ついでに明日は有給をいただきますが、報告書だけは届けさせますので」

「せめて説明くらい聞いていかんかっ。このようにかわいらしい見た目ながら、恐ろしい効果を発揮する魔法兵器なのじゃぞ!」

「いや~期待できないと思いますけどね~」

「実はな、このお菓子の家……食べられるのじゃ! しかも、こいつはすべてのパーツを王都の一流菓子店に作らせた特注品なのじゃ!」

「帰りますね」

「待て待て待て待てーーーーっ」


 フィオナ姫は帰らすまいとクレノ顧問の腰のベルトにすがりつく。

 クレノはとっさにズボンを掴み、大変なことになるのをふせいだ。


「やめなさい、ズボンが落ちちゃうでしょ!」


 あぶないところであった。うら若き第三王女に汚い尻をみせたら、今度こそ縛り首コースである。


「わらわの話を聞くのじゃーーーー!」

「食べられるのは見りゃわかるんですよ!」

「これはっ、ただ食べられるだけではない! この甘やかな香りで敵をおびき寄せ、空腹のあまり飛びこんできた兵士をとらえるという画期的な兵器なのじゃ~~~~~~~っ!」

「思ってたのより百倍ひどい!」

「どこがだめなのじゃ、どこが? これがあれば、平和的に敵兵士を誘いこみ、無傷で捕らえ捕虜ほりょとすることができるのだぞ。すばらしいじゃろう」

「でしたらもう、私からは何も言うことはありません」

「だめならだめで、何かひとつだけでも言っていけ!!」

「わかりました。姫様がそこまでおっしゃるなら」


 クレノは急に立ち止まる。

 あやうく尻に顔面から突っこみかけた姫様をさっと避け、リボンを掴んで転倒をふせいだ。


「いいですか……姫様。たしかに現場の兵士にとって嗜好品というのはときに金よりも価値があります。それこそチョコレートひとかけら、キャラメルの一粒で殴りあいのケンカが起きるほどです。それは敵の兵士にとっても同じことが言えます」

「じゃからこそ、お菓子の家ホイホイは効果を発揮すると思うのじゃ」

「お考え直しください。戦場のど真ん中にこんないかにも怪しげなお菓子の家がドーンと置かれていて、罠を疑わない兵士なんていません。仮に敵兵を捕らえることに成功したとして、あきらかに罠とわかるようなものに捕まるバカ兵士を捕虜ほりょにしたとて、ですよ。敵軍から感謝されこそすれ恐れられはしないんですよ!」

「なんとな…………!」


 フィオナ姫は「はっ」とした顔つきである。

 できれば、それくらいのことは指摘される前に気づいておいてほしかった、とクレノは思った。


「では、失礼します……!」


 呆然と立ちすくむフィオナ姫を残し、クレノはその場から立ち去った。

 そして毅然きぜんとした態度で退勤し、木馬軍馬のときに獲得した臀部休暇を使い、たっぷりと疲労を休めたのである。

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