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北部地方軍が管轄する一帯をヨルアサ王国ではヨルノ地方と呼ぶ。
夏のほんの短い期間以外は冷たい氷に閉ざされ、地面ですら凍りつく過酷な地方だ。
そんなヨルノ地方の深い森の中で、まだ幼い兄妹がさ迷っていた。
「おとうさーーーーん! おかあさーーーーん!」
妹は大声をあげて両親を探している。
ふたりの故郷の村の冬は、とくべつ厳しいことで有名だった。加えて今年は夏に虫の害があり、作物がのきなみやられてしまった。
慈悲ぶかいヨルアサ王は小麦を配ってくださったが、飲んだくれの父親は、渡された小麦をぜんぶ酒に取り換えてしまった。それでもう食べ物がないというので「狐でもとろう」と言って森に入ったのが二日まえのことだ。
森の奥に連れて行かれて「キノコでも探しながら狩りが終わるのを待て」と言われたものの、ある程度分別がつく年齢である兄は、父親がもどってくることはないことに気がついていた。なにしろ、父親は猟銃の弾のさいごの一発も、飲みしろに変えてしまったばかりだったからだ。
「もう泣くな。凍傷になるぞ……」
妹をはげましながら森をすすんでいく。子どもの目には雪におおわれた森はどこも同じようにみえた。
そうこうしているうちに風が強くなり、雪の勢いはいや増して、とうとう
「お兄ちゃん、おなかすいたよ……さむいよ……」
「がんばれ!」
ここで死ぬのかもしれないと思ったそのとき、ふたりの進行方向から大きな足音が聞こえてきた。
どしーん……。
どしーん……。
どしーん……。
それは昔語りに聞く巨人の足音のようだった。
ふたりが抱きあいながら音におびえていると、猛吹雪のむこうに黒い
その姿はまるで、おとぎ話に出てくる恐ろしいひとつ目の巨人のようだった。
「大丈夫だ、おにいちゃんが守ってやるから!」
吹雪のむこうから現れたのは、巨大な家だった。
ただし、はっきり家と呼んでいいかどうかは謎だ。
その家には屈強な手足がついており、みずから歩いていたからである。
家はおびえる兄妹のもとにやってくるとその前にひざまずき、雪から守るように大きく両手を広げてみせた。
「きっと魔物だ! 近よるんじゃないぞ!」
「みて、お兄ちゃん、お菓子の家だよ!」
おそろしさに震える兄の手をふりはらい、妹は勇敢にも家に近づいていく。
確かにその家はお菓子でできていた。
壁や屋根がクッキーやチョコレートでできているのだ。
「おなかすいたよ、食べてもいい?」
「だ、だめだ。泥で汚れているし……やっぱり
お菓子の家は、まだ警戒をとかない兄妹を、その両手でむんずとつかみあげた。
「うわー! 何をする! 離せーっ」
そして、問答無用に家の中へとほうりこんだ。
家の中は窯が燃え、暖かだった。
外側は汚れているが、家の中は十分きれいだ。
「お兄ちゃん、パンがあるよ! ベッドはマシュマロだ!」
「こらっ! おそろしい魔女の罠かもしれないんだぞ!」
兄の言いつけなどまるで無視して、妹は久しぶりのパンにかぶりついた。
村ではカビの生えかけた固いパンしか食べたことの妹は、ふかふかのパンに目を輝かせる。
「これ、すっごくおいしいよ! こんなにおいしいもの、食べたことない!」
そう言われて、兄もたまらずに同じパンを食べた。
「……ほんとうだ!」
ひと口食べると止まらずに、ふたりは次々にテーブルや食器棚や壁飾りをかじって食べた。
そしておなかがいっぱいになると、マシュマロのベッドですやすやと眠りはじめたのだった。
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