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第51話 お菓子の家ホイホイ⑥



 *



 北部地方軍が管轄する一帯をヨルアサ王国ではヨルノ地方と呼ぶ。


 夏のほんの短い期間以外は冷たい氷に閉ざされ、地面ですら凍りつく過酷な地方だ。

 そんなヨルノ地方の深い森の中で、まだ幼い兄妹がさ迷っていた。


「おとうさーーーーん! おかあさーーーーん!」


 妹は大声をあげて両親を探している。

 ふたりの故郷の村の冬は、とくべつ厳しいことで有名だった。加えて今年は夏に虫の害があり、作物がのきなみやられてしまった。

 慈悲ぶかいヨルアサ王は小麦を配ってくださったが、飲んだくれの父親は、渡された小麦をぜんぶ酒に取り換えてしまった。それでもう食べ物がないというので「狐でもとろう」と言って森に入ったのが二日まえのことだ。

 森の奥に連れて行かれて「キノコでも探しながら狩りが終わるのを待て」と言われたものの、ある程度分別がつく年齢である兄は、父親がもどってくることはないことに気がついていた。なにしろ、父親は猟銃の弾のさいごの一発も、飲みしろに変えてしまったばかりだったからだ。


「もう泣くな。凍傷になるぞ……」


 妹をはげましながら森をすすんでいく。子どもの目には雪におおわれた森はどこも同じようにみえた。

 そうこうしているうちに風が強くなり、雪の勢いはいや増して、とうとう吹雪ふぶきになった。


「お兄ちゃん、おなかすいたよ……さむいよ……」

「がんばれ!」


 ここで死ぬのかもしれないと思ったそのとき、ふたりの進行方向から大きな足音が聞こえてきた。


 どしーん……。

 どしーん……。

 どしーん……。


 それは昔語りに聞く巨人の足音のようだった。

 ふたりが抱きあいながら音におびえていると、猛吹雪のむこうに黒いが現れた。影は赤い炎をともし、もうもうと黒い煙を吐きだしている。

 その姿はまるで、おとぎ話に出てくる恐ろしいひとつ目の巨人のようだった。


「大丈夫だ、おにいちゃんが守ってやるから!」


 吹雪のむこうから現れたのは、巨大な家だった。

 ただし、はっきり家と呼んでいいかどうかは謎だ。

 その家には屈強な手足がついており、みずから歩いていたからである。

 家はおびえる兄妹のもとにやってくるとその前にひざまずき、雪から守るように大きく両手を広げてみせた。


「きっと魔物だ! 近よるんじゃないぞ!」

「みて、お兄ちゃん、お菓子の家だよ!」


 おそろしさに震える兄の手をふりはらい、妹は勇敢にも家に近づいていく。


 確かにその家はお菓子でできていた。

 壁や屋根がクッキーやチョコレートでできているのだ。


「おなかすいたよ、食べてもいい?」

「だ、だめだ。泥で汚れているし……やっぱりワナかも……」


 お菓子の家は、まだ警戒をとかない兄妹を、その両手でむんずとつかみあげた。


「うわー! 何をする! 離せーっ」


 そして、問答無用に家の中へとほうりこんだ。

 家の中は窯が燃え、暖かだった。

 外側は汚れているが、家の中は十分きれいだ。


「お兄ちゃん、パンがあるよ! ベッドはマシュマロだ!」

「こらっ! おそろしい魔女の罠かもしれないんだぞ!」


 兄の言いつけなどまるで無視して、妹は久しぶりのパンにかぶりついた。

 村ではカビの生えかけた固いパンしか食べたことの妹は、ふかふかのパンに目を輝かせる。


「これ、すっごくおいしいよ! こんなにおいしいもの、食べたことない!」


 そう言われて、兄もたまらずに同じパンを食べた。


「……ほんとうだ!」


 ひと口食べると止まらずに、ふたりは次々にテーブルや食器棚や壁飾りをかじって食べた。


 そしておなかがいっぱいになると、マシュマロのベッドですやすやと眠りはじめたのだった。





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