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第52話 お菓子の家ホイホイ⑦



 お菓子の家は魔法兵器開発局を脱走した後、誰にも捕まることなく国境へと走り続けた。


 魔人と違い憎しみの心をもたないお菓子の家は、誰かに攻撃を加えるでもなく、それでいて目的地があらかじめ定められているかのように走り続けた。家は、とくに戦時中でもなく、捕虜を必要とはしていないヨルアサ王国のいったいどこに向かっているのだろうか。


 それが明らかになったのは、お菓子の家が失踪してから三日後のことだった。


 地方軍が管轄する国境沿いのとりでに、お菓子の家が姿を現した。

 全身の装飾は汚れ、道中で加えられた攻撃により片腕はもげていたが、雪のなかにしっかりと足跡を残しながら砦に近づいてくる。


「なんだ……あれは……新手の魔物か!?」


 警戒に当たっていた地方軍の兵士たちは異様な姿におののいたが、すぐに気がついた。

 お菓子の家の窓辺に、笑顔で手を振っているふたりのこどもたちがいたのだ。

 兄妹と思われる子どもらに気がついた兵士たちは、あわてて銃を下ろした。


「攻撃中止!」


 お菓子の家はこどもたちを砦の前まで運ぶと、その場で膝を折って、動かなくなった。

 こどもたちは、地方軍の兵士たちの手によって保護された。

 話をきくと、こどもたちは両親とはぐれ、森の中で迷子になっていたようだ。

 食べ物もなくさ迷っていたところに、この全身がお菓子でできた家が現れたという。


 報告を聞いた司令官のゲスタフはお菓子の家の正体について中央軍に問いあわせたが、まともな回答は得られず、処分するようにとだけ伝えられた。

 おそらくは王族が関わっているのだろうと思われた。

 ちなみにこのときゲスタフは「王族が関わっていると言ったって、何をどうしたらああなるんだよ」と素の声でコメントしたと記録が残っている。


 お菓子の家に救われた子どもたちは裕福な家庭に引き取られ、幸せに暮らしたそうだ。


 もしかすると……。

 お菓子の家は探していたのかもしれない。

 自分だけのヘンゼルとグレーテルを。


 怖い話である。


 ついでに、この事件は口々に語られて『貧しいこどもたちを救うため神がつかわした聖なる家』として300年後もヨルアサ王国に伝わる伝承となるが、そのことをクレノたちはまだ知らない。



 *



 命令に従って処分されたと思われたお菓子の家だが、実は技術開発局が引き取り、解析に回されていた。


 解析したのは、クレノ・ユースタスが去った後、局長の座についたキリギスという技官である。彼は長い黒髪を垂らしたその間から、蛇のように狡猾こうかつな目をのぞかせるあやしい男であった。

 キリギスは運びこまれたお菓子の家をひと睨みすると、壊れかけた時計がきしむ音のような声音で哄笑こうしょうを上げた。


「ギーッギッギッギ! 王族が関わる事件……! そして常人では思いもつかないような、斬新な魔法兵器……! ほかの技官はダマせても、このキリギスはごまかせませんよッ!」


 キリギスは自信ありげに断言する。


「これは間違いなく、クレノ・ユースタスの作品です!!」


 思いっきり間違っていた。

 お菓子の家を作ったのはフィオナ姫である。

 しかし、キリギスにはそのようなことは関係がなさそうだった。


「地方軍にワタシ以上の才能はいらないと、ていよくお払い箱にしてやったのに……まさか第三王女に取り入るとは! これは虎に翼を与えたやもしれませ~ン!」


 解析を手伝っていた技官たちは、キリギスと目をあわせないように必死である。


「楽しみですよ、クレノ・ユースタス。次はどのような方法でその光り輝くつばさをもいでさしあげましょうかねエ……? キーリギリギリ!」


 このような笑い声をあげる人類がいるなんてにわかには信じ難い話であろう。

 アニメ版のポケモ〇みたいな笑い声を上げながら、キリギスがその邪悪な瞳を光らせていることを、クレノ本人はまるで気がついていないのであった。





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