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第63話 パクリ疑惑②


 魔法開発局の新兵器のお披露目は、王宮の園庭で行われる。

 当日、クレノとの待ち合わせに現れたフィオナ姫はいつもより地味な紺色のドレスを着て髪の毛をポニーテールにまとめ、なぜか眼鏡めがねをかけた姿だった。


「どうしたんですか、その眼鏡。三文小説の読み過ぎで目が悪くなったんですか?」

「ちがう。これは女家庭教師カヴァネス風のおしゃれじゃ! わらわは気がついたのじゃ。メガネをかけるといつもより百倍賢くみえる……とな!」

「いつもの千倍おばかに見えるのでやめてもらっていいですかね」

「なんじゃと!?」


 発言がバカすぎてどうしようもないが、もしかするとフィオナ姫なりにこれはルイス王子との勝負の場だと意識しているのかもしれない。


「そんなご無理をなさらなくても大丈夫ですよ、フィオナ姫。魔法研究については一万日の長がある彼らですが、兵器開発にかけた期間はウチと大差ないんですから、大したものは出てきませんって」

「なんじゃ、はげましてくれておるのか?」

「事実をのべているまでです」

「ふん、かわいくないのう。でも……まあ、どんなものが出てきてもクレノ顧問が『これは使えない』だの『あれは役に立たない』だのとくさしてくれるじゃろうと期待はしておるぞ」

「なんですか、それ。俺が文句だけは人一倍でかい男みたいじゃないですか」

「そなた、文句だけは人一倍でかい男じゃろうが」

「そんなことありませんって。今日は国王陛下もいらっしゃるんでしょう。さすがに文句……いや批評の声も小さくなりますよ」


 クレノたちが庭園に到着すると、入口には魔法開発局の魔法使いが待ち構えていた。


 誰って、フェミニである。


 彼女は姫様を見るなり、


「姫様! お会いできてうれしいです~。今日はたくさん楽しんでいってくださいね♪」


 と某遊園地のキャストばりの愛想をふりまいた。

 そしてクレノをみるとすかさず、


「招待状を確認しました。どうぞお入りください」


 と無機質な声で告げた。


「切り替え方がすごすぎるだろ……」


 たった数秒の邂逅かいこうで顔色と声色の両方を切り替えられる能力の恐ろしさをまざまざと感じながら、クレノは会場に入った。


 会場は全体が薄青い魔法のベールに覆われていた。


 密偵スパイが入りこむのを防ぐために結界を張っているのだろう。

 うっすらと見えている境界線を踏み越えると、外から見ているのとはまったく別の風景が現れる。

 場所こそお茶会のときと同じ庭だが、テーブルや招待客の姿がないだけで、やけに広々として見えた。

 前に来た時は隙間なく青々とした芝生が敷きつめられていたはずだが、現在は一部が切り払われて地面が露出している。

 そのあたりに招待客の姿が集まっている。

 招かれているのは、クレノたちのほかには第一王子と、宰相や大臣など、ほんの一握りの高官たちだ。

 第一王子の居場所はすぐにわかった。

 鮮やかな獅子のたてがみのような髪が陽光にきらめいていたからだ。

 フィオナ姫はその姿を見つけると無邪気に駆けよって行く。


「カイルお兄さま~~~~!」

「よう、フィオナ。元気そうで何よりだ!」


 カイル王子は大きく手を広げて迎えてくれる。

 ずいぶん仲のよい兄妹だ。

 カイル王子は後からやって来たクレノに目を留めると、クレノにも陽だまりのような笑みを向けてきた。


「君がクレノ・ユースタス技術中尉だな!」

「はっ。お目にかかれて光栄であります!」

「俺もだ。先日の模擬試合ではおもしろいものを見せてもらった。君のような男がフィオナのそばにいてくれるなら安心だな!」

「はっ……?」

「なんだ、うちの妹じゃ不満か?」

「と、とんでもございません……!」


 あまりにびっくりしすぎて素で返事をしてしまった。

 パンジャンドラムの件もあるし、クレノは魔法兵器開発室でも大した成果は出していない。「疫病神」とののしられるならまだしもだ。

 もしもクレノがカイル王子の立場なら、とても妹を近づけていいような人物とは思えない。


「今後ともよろしく!」


 カイル王子から握手を求められ、勢いに押されながら応じると、不意にその手を強く引かれた。

 肩と肩が触れ合った瞬間に、カイル王子が耳元でささやいた。


「先に言っておくぞ。これはある意味なんだ。悪かったな!」


 カイル王子はそう言って、はた目には気さくそうにクレノの肩を叩く。

 いったい、なんのことだろう。

 しかしいったん体が離れた後は、カイル王子はそのことについて話す気はなさそうだった。


「カイルお兄さま、父王様は?」

「お父上ならあちらにいらっしゃるぞ!」


 カイル王子が指し示した先には、驚きの光景があった。


「フィオナ~! ここじゃここじゃ~っ!」


 恰幅のよい紳士が向こうから、乗り物に乗ってやって来る。

 サンタクロースのようなヒゲを生やした身なりのいい男性は、誰あろう、ヨルアサ王国国王その人だった。

 彼は木製のベンチに座っていた。といってもそれほど立派なものではなく、板の上に簡易なベンチがついただけのものだ。


「あ、あれは…………!」


 一目見ただけで、クレノは絶句した。

 王様にではない。王様が乗っているのほうだ。

 さきほど投げかけられたカイル王子の言葉も、一瞬で頭のどこかへと吹っ飛んでしまう。


 国王陛下を乗せた板を引いているのは車輪のついた四角い箱だった。

 箱は鮮やかでポップな色に塗りわけられ、まるでおもちゃのような見た目だ。

 箱の横手に窓が開いており、帽子をつけた紫色の目の白猫が乗っている。

 もしかしたらケット・シーかもしれない。猫は箱の中でときどきハンドルを触り、運転を担当していた。その上部についている煙突からは、ひっきりなしに煙が上がる。

 箱はごとごとと振動しており、中で何かしらの仕組みが働いていることがわかる。


「まさか……ウソだろ……」


 どこからどうみても、それはだった。

 サイズこそ小さいものの、機関車が王宮の庭を走っている。


 あらかじめ園庭の芝生を刈っていたのは汽車を走らせるレールを敷くためだ。

 あわてて確認すると、現代日本で親の顔よりもよく見た枕木が丁寧に並べられ、その上に二本の鉄の軌条レールが打たれている。


 それを認識した瞬間、クレノは国王陛下の御前であることをすっかり忘れてしまった。

 あまりのにその場で叫びだしてしまいそうだった。


 フィオナ姫はというと、この発明品のすごさにまるで気がついていないらしい。


「なんと、これがルイスお兄さまの開発した魔法兵器なのか!? ずいぶんかわいらしい乗り物じゃのう!」


 フィオナ姫は自分も列車に乗りたいらしく、国王陛下について回っている。


「お父様、わらわも乗りたい! かわってかわって!」

「だ~めっ。わしもまだ乗せてもらったばかりなのじゃ。順番じゃぞ、フィオナ!」


 ミニ機関車の進む速度はずいぶん遅い。馬よりもずっと遅い。

 だけどそんなことはどうだってよかった。

 この世界に列車はまだ存在しない。鉱山で使われるトロッコはあるが、動かすのは人力だ。レールはあっても、その上を自らの力で走る汽車はない。


 そのために必要なものが、この国にはまだないはずだからだ。


(油断した……! が出てくるのは、まだまだ先だと思っていた……!!)


 青い顔をして立ちすくむクレノの隣に、花の香りがする人物がすべりこむようにやって来た。

 見るとそこにいたのはルイス・リンデン・ヨルアサである。

 前髪を上げて、銀色の刺繍をちりばめた上着を着て、宝剣をたずさえたルイス王子はまさにおとぎ話に出てくる王子様のようだ。


「ひいっ!」

「どうしたの? 取って食べたりしないよ」


 相変わらず韓国製ソシャゲのような顔立ちの優男だが、クレノはいま、彼の存在が心底恐ろしかった。


「こうして話すのは久しぶりだね。ボクの魔法兵器は気に入ってくれたかな?」

「ルイス王子殿下、まさかあなたが……この乗り物を開発したのですか……!?」

「うん、そうだよ」


 まるでなんでもないとばかりの言いようだ。

 だが、これは『なんでもないもの』ではない。

 二人のもとに招待客たちがやって来る。名前は知らない。貴族の大臣だ。


「ルイス王子殿下、こちらの乗り物はどうやって動いているのですか? ——レールに何かしかけがあるとか?」

「乗り物それ自体はほんのオマケだよ。……そうだね、お客さんもそろった頃だし、そろそろ説明しよう。ボクら魔法開発局が開発した魔法兵器をね」


 ルイス王子が合図をすると、魔法開発局の人間が列車に近づき、木製のベンチを引っ張る先導車の横板を外してみせた。


 木の箱の中でがたごとと何が動いていたのか、それが明らかになる。

 そこでは、回転木馬のように天地に繋がれた四頭の馬たちが駆けていた。

 木製の馬——つまり木馬軍馬だ。


「ああっ!」


 姫様が大きな声を上げた。

 それきり、こおりついて動けなくなっている。


 王様を乗せ、四頭の木馬は鼻息荒く駆け続ける。

 その脚部には棒が取り付けられ、クロスヘッドを介して車輪に繋がっている。現代でクレノが見たことのある機関車の足回りとほとんど同じだ。

 木馬軍馬が直接動力として使われているため、火室やボイラーは存在しない。必要とするエネルギーは木馬を動かす魔法がまかなうからだ。

 要するに。

 この木馬たちは、魔法の——祈りの力を動力に変換する装置だった。

 ルイス王子が涼しい声で言う。


「これが、この乗り物を動かす動力源。魔法動力機関さ」


 

 つまり、魔法だ。



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