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第64話 もろパクリ

「すばらしい発明ですな、王子」

「そうかな。まだ試作の段階で、仕組みも単純で弱い。本当は鉱山で使われるトロッコを自動化できないかと思っていたんだけど、そこまでの出力はないね。理屈では馬四頭分の力があるはずだけど、色々あって二頭分が関の山だと思う」

「あの煙はなんなのですか?」

「あれはボクにもよくわからない。鳴き声がうるさいから音量をしぼったら煙を吐くようになっちゃった」


  ルイス王子は矢継ぎ早に繰りだされる招待客たちの質問に答えている。

 そのうしろで、フィオナ姫がびっくりした顔つきでクレノを振り返った。

 クレノはもう、舌打ちをすればいいのかあぜんとすればいいのか、それすらもわからない。ルイス王子が何かを狙っているかもしれないとは思っていたが、まさかこんなこととは思わなかった。


「あ…………あれは、まさか……わらわの……ではないか!?」


 フィオナ姫がクレノに駆け寄り、声をひそめて訊ねる。


「はい……姫様。うちで開発した木馬軍馬です……」

「ぱ、パクり……パクリではないかっ」


 汽車を引く馬たちは、フィオナ姫の作ったものよりずいぶん簡素化されているが、魔法によって馬の模型を動かすという発想はまるで同じだ。


 フィオナ姫は混乱しているようだった。


 いつもみたいにバカ正直に騒ぎ立てないのは、国王陛下の御前であること、そしてほかの招待客たち——高位の貴族の前だからだろう。

 クレノが見ると、ルイス王子は大臣たちに囲まれて、にこやかに質問に答えている。

 視線に気がついても涼しいまなざしでこちらを一瞥するのみだ。


 わかっていてやってるな。


「やられましたね、姫様……」

「ひど、ひどすぎるじゃろう! 魔法開発局め!」

「お控えください、姫様」

「なぜじゃ!」


 フィオナ姫も、さすがにルイス王子の仕打ちに腹を立てているようだ。

 クレノだってひどいとは思う。


「この顔ぶれの前で姫様がルイス王子のことを批難なさっても、まず勝ち目がありません……」

「じゃが、大臣たちじゃって、あれがわらわの木馬軍馬であることは知っとるはずじゃぞ!」


 招待客の顔ぶれは、お茶会の客とかぶっている。

 彼らはあのとき、木馬軍馬が走るのをその目で見ていたはずだ。


「姫様。これで、このお披露目の前に調印式をすませたルイス王子の狙いがわかったでしょう。わざわざ俺たちに研究協力をもちかけたのは、このためですよ……」


 大臣たちや国王陛下は、もちろん木馬軍馬が魔法兵器開発局のものだということは知っている。だが、彼らは魔法兵器開発局とルイス王子のところが共同研究協定を結んだということも知っている。

 つまり、この魔法動力機関は『両者の研究成果』だと思っているはずだ。


「木馬軍馬を完成させたのは調印式よりももっと前じゃ。わらわは木馬軍馬をパクってよいなどとは言っておらぬぞ」

「それを大臣たちが勢ぞろいしている今この場でルイス王子に突きつければ、ルイス王子の面子は丸つぶれ。大騒ぎになって、関係修復は二度と不可能ですよ。その覚悟はおありですか?」


 関係が悪くなるどころか、こちらの分が悪くなる可能性もあるとクレノは思っていた。たとえ、こちらが真実を話していたとしても、第三王女と第二王子、大臣たちがどちらの言い分を信じるかはわからない。

 もしも状況をうまく説明できなければ、こちらが批難の的になる。


「じゃけどっ……」


 フィオナ姫はスカートのすそを強く握りしめてうつむいていた。

 姫様はばかだ。でも賢い。何をすべきかはわかっているのだ。

 クレノもくやしい気持ちはよくわかる。

 前世でも地方軍時代でも、成果を横から盗まれることはよくあった。

 とくに前世時代の上司、田中部長の名前はいまでも『隙あらば殺したいやつリスト』のトップに燦然さんぜんと輝いている。

 田中部長は地方軍時代のクレノを「あいつにくらべたらまし」だとネガティブな方向性ではげましてくれた存在である。


「……わかりました。かわりに俺がルイス王子とお話します。捕まって牢屋に放りこまれたら、部隊を出して助けだしてくださいよ」


 ルイス王子に文句を言うというのは、フィオナ姫の魔法珍兵器を腐すのとはわけが違う。ほんとうに命の危険があることだ。

 でも、フィオナ姫の部下の中では、いちばん命の価値が低いのが自分だ。

 悲しい鼓舞をしながら、クレノは第二王子の取り巻きたちの間に割って入った。


「ルイス王子殿下。あまり感心できない行いです」


 ほかの質問を無視し、クレノが言うと、あたりがしんと静まる。

 面白いと思って言ったジョークがウケなかった小学生時代の気持ちがよみがえるようだ。

 ルイス王子は微笑みながら、右手を大臣たちに向け、外に払う動作をした。

 たったそれだけで大臣たちはそそくさとこの場から離れていく。


「なんのことかな、クレノ君」


 王子がたおやかな花のような容姿をしているのは、ただの器の話だ。

 指先のむきひとつで、他人をどうとでもできる立場の人間なのだということをまざまざと感じた。


「もちろん、魔法動力機関のことです」

「……実を言うと、発表が遅れただけで同じようなアイデアはうちでも開発済みだったんだ。そうじゃないとこんなに簡単に試験機を作れないだろう? でもそのことを伝えるとフィオナがショックを受けると思って……。それに、使い方は君たちと全然ちがうわけだし、いいよね?」

「開発は同時期というのは本当のことでしょうね」

「もちろん。僕らは共同研究をする仲なんだもの。これが実用化したら、君たちに優先的に魔法動力機関を使った魔法兵器開発を許可してあげるよ」

「——しかし、俺たちに渡されるのは最新の魔法動力機関ではない。違いますか」


 エンジンは、それが開発された後の世の兵器のかなめだ。

 エンジンがカスだったせいで珍兵器の烙印を押された兵器を数えはじめたらきりがない。

 ルイス王子は当然これから最新のエンジンを使い兵器開発を行うだろう。その際に何かと理由をつけて魔法兵器開発室に型落ちのエンジンを押しつければ、自然と開発レースで有利になれるのだ。

 ルイス王子は少し黙った後、クスクスと笑いはじめた。


「思っていることをすべて口にしてしまうところがキミのかわいいところだね、クレノ中尉。でも、ボクは妹をいじめたいわけではない。共同研究をすると決めた以上、最新の研究成果をそちらに渡すよ」

「ではなぜこんなことを?」

「いいことを教えてあげよう。一年後、我がヨルアサで魔法兵器博覧会が開催されることになっている」

「魔法兵器博覧会?」

「うん。各国が選りすぐりの最新魔法兵器を持ちよる一大イベントだ。もちろんシンダーナやシソーもこれに参加してくる。ヨルアサもそれなりの兵器を出さないとね。ボクが魔法兵器開発に手をつけたのは、これが理由だ」


 そして、とルイス王子は続ける。


「この話はいずれフィオナの耳にも入るだろう。それまでに妹には国際政治の場にふさわしい知恵とってものを身につけてもらいたいのさ。つまり、これも王族の教育のうちってわけ」

「姫様はまだ14歳ですよ」

「やさしいね、クレノ君は。でも……君とはまた別の話がしたいものだ。——ボクの魔法兵器、どう思った?」

「どうとは……」

「先にも少し話したけど、この試作機には改善したほうがいい点がいろいろある。たとえば木馬は馬の形でなくてもいいね。もっと単純化できると思う。ただ前後に動かすだけとか、振り子の形もいいかもしれない」

「……」

「ただ、木馬を動かす力を魔法としたときに、必然として無理がでてくる。運転するのは魔法使いでなくてはならないし、木のベンチを引っ張って運ぶだけのことに、どれくらいのストックを消費するのかを考えたら、とてもじゃないがわりにあわない。ボクは——魔法の代替物を探すべきだと思っている」

「……!」


 フィオナ姫は『腐せ』と言っていたが、これに関してだけは、クレノは嘘がつけない。


 魔法動力機関を見たときの恐れが再び帰ってくる。

 ルイス王子はやはり、クレノと同じものを見ている。


 この木馬エンジンに欠けているもの、それは内燃機関を実現するための、魔法ではない別のエネルギーだ。まずは蒸気、そしてガソリン。

 それがそろったら、エンジンは簡単に走り出す。


 もちろんクレノはそれを実際に見て知っているからこそそう思う。

 だけどルイス王子は違う。

 彼は何も見ていないのに、その答えにいたろうとしている。


「殿下は……まるで未来を見ておられるようです……。あなたは天才だ」


 クレノが素直な賛辞を口にすると、ルイス王子は複雑な表情を浮かべた。


「よく言われるよ。でもボクはね、未来がと思ったことしかない」

「ご謙遜けんそんを」

「本当のことさ。もしもいい案があったら、隠さずに教えてよ。クレノ君。ヨルアサ王国のためだ」


 クレノは何も返事をせずに、その場を立ち去ることしかできなかった。



 *



 そして、クレノと入れ替わるようにカイル王子がやって来た。

 カイル王子は少なからず怒っているように見えた。

 魔法動力機関のアイデアをルイス王子に与えたのは彼自身だが、こういうふうに使われるとは思っていなかったのだろう。


「おい、ルイス。かわいい妹をいじめるなと言っただろう」

「社交界に出るなら、最初のエスコートは兄の仕事ですよ」

「それなら弟を怒るのも兄の仕事ではないか?」

「お叱りなら後にしてください。それよりも……。カイルお兄さま、クレノ君には何か見えてますよ」

「見えている、というのは?」

ですよ。それも……ただの未来ではないですね」

「つまり?」

「クレノ中尉は乗り物を見たとき、あれをいました。ほかの大臣やお兄さまが乗り物の活用方法を考えているときに、彼だけは、何かです」

「恐ろしい未来か」

「ええ。案外、クレノ君は怖い男なのかもしれないですね」


 フィオナ姫とともにお披露目会場を立ち去るクレノ顧問に、ルイス王子は鋭いまなざしを向けていた。

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