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第65話 姫様、嘆く


「なぜじゃ! こんなのひどい! 裏切りじゃ! わらわたちきょうだいのきずなは永遠じゃと信じておったのに~~~~!」


 魔法珍兵器開発室に帰ってきた後、フィオナ姫はおいおいと泣きはじめ、ひと通りわが身の不幸をなげいたあと、お菓子の家ホイホイが暴走した後のように、石になって動かなくなった。

 あのときは天上の神々に訴えかける悲劇の少女みたいなポーズで固まっていたが、今回は魂が抜けて埴輪はにわみたいな顔になっている。


「ちょっとクレノ、大丈夫なの、姫様は……」


 カレンが聞いてくるが、クレノにだってわからない。

 大丈夫か大丈夫でないかでいうと、大丈夫ではないだろう。


「信じていた実の兄に思いっきり裏切られたわけだからな……」

「姫様のかわりに、ちゃんとぶっ飛ばしてきたんだよね?」

「そんなのできるわけないだろ。相手は第二王子だぞ。ちょっと文句を言うくらいがせいぜいだよ」

「なんだよ、クレノのいくじなし!」

「そんなこと言われたってなあ……」


 自分だってできないくせに、と言おうとして、思いとどまる。

 カレンはやりそうな気がした。

 なにしろ真実の鏡を灰皿でかち割った女だ。

 助けを求めてハルトのほうをみると、いつも察しのいいハルトは「はっ」とした表情を浮かべる。


「やりますか? ……闇討ち」

「やらないよ!?」

「フィオナ姫様やクレノ顧問の下で働けて、俺は幸運な兵士でした」

「やらなくていい、やらなくていいから!! 覚悟決めるのが速すぎるよ! たぶんそれ後々の歴史の教科書に小さく載っちゃうやつだからね!?」


 兵器をパクられたのが悔しくて部隊を率いて闇討ち襲撃だなんて忠臣蔵みたいなマネをしても、後世の世論に訴える賭けにしかならない。


「くやしいけど、ここは涙をこらえて次に行く……そして相手をあっと言わせる何かを出すしかないと俺は思ってる……。相手が一年後の魔法博覧会に照準を合わせてるなら、三ヶ月後の閲兵式が前哨戦になるだろうな」


 ルイス王子にも困ったものだ。

 だが、彼が魔法珍兵器を元に生み出したモノはすごかった。とんでもない代物だ。元現代人のクレノが言うのだから本当だ。

 姫様の珍兵器をどうやったら動力機関にしようと思うんだろう。

 凡才のクレノにはもうぜんぜんわからない。

 うっかりあれが完成してしまったら、1800年止まりの歴史の時間が大きく動くことになる。


「うっうっうっ~~~~! わらわの木馬軍馬が~!」


 そのとき、姫様の時計もまた動きはじめたようだった。


「姫様、気持ちはわかりますが、そう嘆いてばかりでもいられません」

「我が子のような魔法兵器を盗まれたのじゃぞ、クレノ顧問は悔しくないのか!?」

「もちろん悔しいです。それに魔法開発局第二王子のところとの共同研究を提案したのは私ですから、ある意味これは自分のせいだと思っていますよ」


 すると、フィオナ姫の表情に後悔がにじんだ。

 共同研究をもちかけたのはクレノだが、決断を下したのはフィオナ姫だった。


「……クレノ顧問のせいではない。わらわが考えなしだったせいじゃ」

「はい、そうですね」

「はい、そうですね?」

「しかし考えようによっては、相手がルイス王子で助かりました。アイデアを盗まれた相手がもしもシンダーナ神聖帝国をはじめとする国外の誰かだったら、それこそ取り返しがつかなかったかもしれません」

「それはそうじゃが……」

「今回のことはいい勉強だと思いましょう。どのみちパクリってのは、兵器開発をしていく上では避けられない問題です」

「どういうことじゃ?」

「たとえばですが、姫様。シンダーナ神聖帝国がもしも大変画期的な兵器を発明し、それがなくてはいくさができない、ということになったらどうなさいますか」

「それは、もちろん。どうにかしてその兵器を手に入れて……あ!」


 クレノはうなずいた。


「そうです。購入するなり奪うなりして、その兵器を手に入れ、分析し、対抗策を立てる……あるいは似たようなものを国内で作れないかとお考えになるはずです」

「確かに、そなたの言うとおりじゃ」


 兵器の歴史はだ。

 石器からはじまり、青銅の剣が鉄の剣になり、剣が銃になり……。兵器は様々にその姿を変遷へんせんさせるが、優秀なものはあっというまに真似をされて、世界中に伝播でんぱしていった。

 なぜって、それなしには戦えないからだ。


「それから、もっと大切なことをお教えします。兵器というものは、決して一国の技術のみで出来上がるものではありません」

「ど、どういうことじゃ? クレノ顧問」

「いい機会ですから、ご説明します」


 タイミングよく、部屋の扉が叩かれる。

 扉を開けると、カレンと同じ総務部の職員が、事前に頼んでおいたスクロールを持って立っていた。

 クレノ顧問はそれを受け取り、天井のフックからつるしてみせた。

 とたんに、勉強嫌いだったカレンが嫌そうな顔つきになる。


「それ、なんか学生時代に見たことある気がする……!」

「そりゃそうだ。魔法学校で使われてる教材と同じものだからな」


 巻物スクロールを広げると、そこには魔術文字と記号、そして複雑な図形がずらりと並んでいた。


「これは、我々魔法使いが魔法を使うために用いる祈祷文きとうぶんです。神々へ捧げる祈りを特殊な文字で書き記したものですね」


 祈祷文は現代日本の感覚でいうと、呪文とほぼ同じものだ。


「これは図形として表現することもでき、魔法陣と呼ばれます。ここに書かれたものは魔法使い兵が一般的に戦場で用いる魔法ですが、魔法兵器の中にも大抵このようなものが組みこまれていると思ってくださって結構です」


 フィオナ姫は涙のにじんだ目で、一生懸命スクロールを見あげている。

 スクロールに連ねられた文字は何色かに塗り分けられている。

 黒、青、赤……ほとんどが赤い字で書かれている。

 圧倒的に少ないのが青い色だ。


「この色にはどんな意味があるのじゃ?」

「いい質問です。こちらの赤色で書かれた部分……これは、シンダーナ神聖帝国でつくられた祈祷文です」

「なんと、シンダーナで……!」

「祈祷文はこのまま読み上げれば、誰でも同じ魔法をストックして使うことができます。しかしシンダーナの祈祷文にはがふくまれていて、神々はシンダーナとその友好国の魔法使いにしかこの魔法を使うことを許しません」

「じゃあ……シンダーナとヨルアサ王国がもしも友好的ではない関係になったら……たとえば戦争が起きれば、ヨルアサではこの魔法は使えないということか?」

「はい、その通りです。シンダーナ神聖帝国の祈祷文がなくなると、この魔法は完全に使えなくなったり、精度が悪くなったりします。これは魔法兵器の魔法の部分についての話ですが、兵器についても同じことが言えます」


 兵器も——それも戦闘機や戦車、軍艦など、高度なものになればなるほどが起きる。どの国にもその国にしかない技術や工作機械や素材があり、それらをかき集めてひとつの兵器が作られる。

 一度、戦争が起きてその関係にひびが入れば、その兵器は使えない。

 だからこそ、いつの時代も国産化に成功した兵器に注目が集まるのだ。


「我々が開発している魔法兵器も、ヨルアサ王国のみの技術で作られているわけではないんです。ある意味、兵器はパクリ技術の集大成なんですよ。——ですから、ルイス王子のところと手を組めるなら、それ自体は良いことだと俺も思います」


 クレノはそう言いながら、もう一枚のスクロールを天井に吊るした。

 そっちのスクロールはほとんどが青い文字で書かれている。


「姫様、ご覧ください。これは先ほどと同じ効果を発揮する魔法ですよ」

「ほとんどがヨルアサ王国の魔法になっておる!」

「はい。そして、この祈祷文を書かれたのが、あなたの兄上。ルイス・リンデン・ヨルアサ王子殿下その人です」


 クレノが言うと、さっきまで涙にくれていたフィオナ姫の表情が、まるで別のものに変わる。純粋な驚きだった。


「これを全部、お兄さまが?」

「はい。シンダーナ神聖帝国が開発した主要な軍用魔法を、はじめて国産化したのが殿下と魔法開発局なのです」

「すごい……!」

「俺がルイス王子のことを尊敬していると言った意味がおわかりでしょう。殿下は我々よりもずっと先に、こうした現実と戦っておられたのですよ」


 だから——。

 お披露目会の会場で、ルイス王子がフィオナ姫に「国際政治の場にふさわしい知恵とふるまい」を身につけてほしい、と言ったのはあながち嘘ではなかったとクレノも思う。フィオナ姫のいいところは正直さや素直さだが、それだけでは魔法兵器開発をすることはできない。

 フィオナ姫が夢を叶えるにはまず、国内で、ルイス王子という身内を相手に、開発競争に生き残る練習をしなければならない。

 それも、ただの競争ではない。

 熾烈しれつな競争だ。


「祈祷文の暗記とかさせられて、あのときは訳が分からないままにやってたけど、そういう意味だったんだなあ」


 そばでクレノの授業をきいていたカレンはまるではじめて知ったと言わんばかりだった。


「ちゃんと魔法学校の授業でも習ったよ。学校のカリキュラムに無意味なものなんてあるはずないだろ」

「いやいや、学校の先生たちよりよっぽど教えるのうまいよ、クレノは。教師が向いてるんじゃない?」

「俺は——ここで、やることがあるから」


 フィオナ姫がスクロールに見入っている様子を見ながら、クレノははっきりと感じていた。

 自分には、やるべきことがあると思う。

 それも自分にしかできないことだ。

 だけどそれと同時に、重たい責任が自分自身を押さえつけるようにのしかかっているのも感じていた。


 今までは、魔法兵器開発室が作るのはただの魔法珍兵器でしかなかった。

 だがそれがルイス王子の手に渡り、ヨルアサ王国初の動力機関の開発に繋がってしまった。


 少しずつではあるが時計の針が動いている。


 そしてその時計が進んだ先にあるのは、だ。

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