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第66話 フェミニの来訪


 二枚のスクロールを見て、フィオナ姫も思うところがあったようだ。


「わらわはずっと、兄上のことを尊敬していたが、それはあくまでも兄としてだった。しかしひとつ視点を変えると、お兄さまがヨルアサ王国にとって欠くべからざる存在である理由がよくわかったぞ。クレノ顧問……先ほどの話、肝にめいじておく」

「はい。その上で今後のおつきあいは慎重になさってください」

「うむ!」


 元気に返事をするフィオナ姫。

 しかし、これで万事「よかった」とならないのが、今回の件の難しいところだ。


「とはいえ、成果をパクられたことに変わりはないんだよね?」

「うん……」


 カレンの率直な疑問に答えながら、クレノは頭を痛めていた。

 そのときだった。

 もう一度、扉がノックされる。


「フィオナ姫様、クレノ顧問。魔法開発局のフェミニさんがいらしています」

「フェミニが? 用件は」

「それが……魔法開発局から贈り物があるとかで……」

「おお、お兄さまから……!」


 贈り物、ときいて、フィオナ姫はうれしそうな顔つきになる。

 クレノ顧問はというと、それとは真反対の表情だ。戦闘中のように神経の研ぎ澄まされた顔つきをしている。ほとんど氷の狼モードといっていい。


「来ましたね……」

「うむ! おそらく、お兄さまも木馬軍馬の件は『やりすぎだった』と感じて、何かいいものをくれたに違いない!」

「いいえ、全然違いますよ。わかってないですね、姫様は……。ルイス王子は木馬軍馬をパクったことを、これっぽっちも反省してないはずです。この贈り物もルイス王子からのですよ」

「ええ!? なんでじゃ!」

「いいですか? 俺の予測が正しければ、ルイス王子からの贈り物は『最新鋭の技術が使われたもの』で『魔法兵器開発室にとって必要不可欠なもの』かつ『メンテナンスや必要不可欠な部品の調達に難があるもの』のはずです。——さあ、答えあわせをしてみましょう」


 クレノはフィオナ姫を連れてフェミニのところに行った。





 フェミニがにこやかな天使のような笑顔で差しだしてきたのは、手の平からギリギリはみだすくらいの大きさの、卵型の装置だった。

 卵の底には机の上で立たせられるよう小さな台座がついていて、台座と卵の両方ともたくさんの宝石によって精巧な彫刻細工のように飾りつけられている。

 卵の上半分はガラスか何か透明なものでできており、フタのように開け閉めできる構造になっていた。


「お~……これはこれは……なんと優美な……え~っと、これはいったい……?」


 フィオナ姫は複雑極まりない表情で贈り物を手に取って、横にしたり裏返したりしていた。もしもクレノの忠告がなければ『美術品の類』と思って無邪気に喜んでいたかもしれない。

 フェミニは満面の笑みで解説する。


「はい♡ これはぁ、魔法開発局……いえ、ルイス王子様のところで開発された最新鋭の万能戦場シミュレーター・再現する君バージョン1.045でございます」

「戦場シミュレーター……とは?」

「はい、ご説明いたしますねぇ♪ これは望み通りの戦場の風景を仮想魔術空間に再現できるすぐれものでして。戦況や特定の地理・地形、兵士の数などを入力していただいて、実際の戦場での魔法兵器の使用感などを確かめていただける画期的な装置なんです。これがフィオナ姫様のところにあれば、とっても便利でしょう? うちでもよく使うんですよぉ」

「う、うむ……それは便利そうじゃ……」


 フィオナ姫が無意識のうちに、卵を握りしめる。

 すると、フェミニが小さく声をあげた。


「あっ。姫様、装置はとっても繊細ですので、やさしく扱ってあげてくださいね♪ 一度壊れてしまうと、こちらではなかなか直しにくいと思いますから、修理はわたしどものほうでやらせて頂きますので!」


 フィオナ姫は装置を別に用意された専用のクッションの上に戻した。

 卵型の装置についてきたものはフェミニとクッションだけではない。

 超分厚いマニュアルもある。

 フィオナ姫はあいまいな笑みを浮かべたまま、高らかに右手を上げた。


「……タイム!」


 クレノとフェミニはいったん退室して隣の部屋に移った。


「なぜじゃ、なぜクレノ顧問は贈り物の内容がわかったのじゃ!?」


 フェミニに聞かれないよう、あくまで小声で、フィオナ姫は訴える。

 魔法開発局が贈り物としてたずさえてきた『卵』は、まさにクレノが先ほど言ったとおりの代物だった。

 卵は魔法開発局の『最新鋭の技術が使われたもの』で、戦場の風景を自由自在に魔術的に再現するという「魔法兵器開発の現場にあったらいいな」と思わせる『必要不可欠なもの』であり、しかしやたら繊細なつくりをしていて、壊れるとフェミニにいちいち連絡しなければいけない『メンテナンス性に難があるもの』だった。


「しかもぱっと見、どう使うかわかりにくくマニュアルも複雑そう、というおまけつきでしたね」

「じゃからつまり、どういうことなのじゃ?」

「姫様、これはです。兵器の歴史はパクリの歴史……そう言いましたが、大切な魔法兵器をそう簡単にパクられてばっかりだとどうなりますか」

「それは……困ってしまうのう……。戦争で有利になりたいから兵器を作っておるのに、簡単にまねをされたのでは……」

「じゃ、どうしたらいいですか?」

「えっと、まねされないように秘密にする?」

「そうですね。それもひとつの手です。ですが今回はもうひとつの手をお教えします。——んですよ。兵器を。あえて」

「ええっ。売る!? でも、そんなことしたら! すぐにマネされてしまうではないか」

「それがそうでもないんですよ。姫様、兵器を売るということは——少なからず支配下に置くということです」

「なんとな!?」

「たとえば俺達があの『卵』をルイス王子からもらうとしますよね。しかし実際に使ってみると、いろいろ問題がでてくるでしょう。まず、あの分厚いマニュアルです。うちに現場経験がある魔法使い兵は俺ひとりですから、俺にマニュアルが理解できなければ卵を使うことはできません。そのときは使い方を知るために、フェミニを頼ることになるでしょう」

「うーむ、いかにもありそうな話じゃ」

「はい。それに、うっかり壊してしまったときにもフェミニを頼らないといけません。部品がよくあるもので誰にでも交換可能ならいいですが、恐らくそうではないですよ」

「確かにな。あのフタはおそらく水晶をくり抜いたものじゃ。あれを研磨する技術だけでも相当熟練の職人を用意せねばならん……」

「つまり、装置をもらっただけで、事あるごとに姫様はフェミニを介してルイス王子を頼らなければいけなくなる。相手にということです」


 これは実際に兵器の売買の現場で起きることだ。

 国の防衛、戦争において最新の兵器は必要だ。

 しかし兵器を買えば、それで済むという問題ではない。

 現実の兵器には定期的なメンテナンスが必要になる。弾や部品は消耗品で、それをどこから調達するかという問題がつねに付随ふずいする。

 兵器を売るということは、それらの手間暇すべてを売りつけるということだ。

 買った側は、そうした問題を自国で解消できるようになるまで、売った側に依存し続けなければいけなくなる。これが、兵器の売買による支配のからくりだ。


「では、この装置を我らが魔法兵器開発室が受け入れた場合、何が起きるのかを見てみましょうか」


 クレノとフィオナ姫はいったんフェミニのところに戻る。

 フィオナ姫はじゃっかん鈍い表情と声音で、フェミニに話しかける。


「の、のう、フェミニ殿……」

「なんですか?」

「このように高価なものをタダでもらうというわけにもいかぬ。して、お兄さまにも何か返礼の品を用意せねばと思うのじゃが、何がよかろうな?」

「姫様、とんでもないことでございます! こちらの贈り物は、あくまでも王子殿下のご厚意ですから……お返しなんて、お気になさらないでください」


 フェミニはおおげさに驚いていう。

 しかし、その後すぐに、声色が変わった。


「あ……でも、どうしてもというこということであれば、ですよ? フェミニは、なるべくはやく姫様のお手伝いができるようになりたいと思ってるんです。ですから、魔法兵器開発室で姫様がおつくりになられた魔法兵器を、いくつか実際にと思います」

「タイム! ちょっと休憩!」


 フィオナ姫が再び絶望的な表情で右手を上げた。

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