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第67話 食べられるシャツ


 フィオナ姫とクレノ顧問はまたヒソヒソ話に戻った。


「もしかしてもしかしてじゃけど~、ここでフェミニに魔法兵器を見せたら、また兵器をパクられるのではないか? もしかして、こういうことがこれから無限回起きるということではないのか!?」

「そうですよ。だから言ったじゃないですか、フェミニは表玄関から堂々と入ってきたスパイだって」

「は!? ありえん!! いくらなんでもふてぶてしすぎるじゃろ!!」

「ま……フェミニがルイス王子の策略に気づいているかはやや疑問ですが。これが政治ってもんですよ姫様」


 フィオナ姫も事態の深刻さにようやく気がついたのだろう。

 しかし後悔したとて、時すでに遅し。

 両者の合意のもとに共同研究をすることは決定事項であり、結ばれた協定をことはそう簡単にできないのだ。


「そうじゃ、クレノ顧問。今回の贈り物は断ろう! そうしよう!」

「断ってもいいですけど、ルイス王子は手をかえ品をかえ同じことを仕掛けてくると思いますよ。それに……」


 クレノは目を細め、口にはしない思考をめぐらせる。


 ルイス王子は木馬軍馬の件を『フィオナ姫の教育』と言っていた。

 それについてはクレノも『ウソではない』と感じていた。が、しかし実際のところは、というのが本音のところではないかとも思っていた。


 たとえば木馬軍馬のようにフィオナ姫が魔法珍兵器を作って、ルイス王子がそれを最新鋭の魔法兵器にする——それと同じことが今後も繰り返されたとしたらどうなるだろう。

 おそらく、お披露目会に招かれていた大臣たちのように、世間の連中はルイス王子を天才と呼んでたたえるだろう。そのうちにフィオナ姫のアイデアがいくらすごくても、誰もそのことに目を向けなくなる。フィオナ姫と魔法兵器開発室は、ルイス王子のためにアイデアを出すだけの存在だと思われてしまう。

 事実がどうあれ、そういう世論が生まれれば、そういうことになってしまうのだ。

 これは、フィオナ姫が女王をめざす上で絶対に避けなければいけないシナリオだ。


「姫様。今回は相手の要求を受け入れましょう」

「なっ、なんじゃと!?」

「あえて、相手の作戦に乗ってみせるのです。俺の生まれ故郷の格言にこういうのがあります。毒を食らわば皿まで食って——食わした相手に『二倍飲ませろ』というものです」


 ない。そんなもんないが、気分はそんな感じである。


「好き放題食べられるエサだと思われちゃかないませんからね。こちらにも毒があるということをわからせてやりましょう」


 クレノ顧問はにこやかな笑顔を装備すると、再びフェミニのいる部屋に戻って行った。


「なんですか、クレノ先輩。また邪魔しに来たんですか?」

「いいや。仕事の話だ。フェミニ、君にうちの魔法兵器を見せる。それもかなり将来有望で量産化計画を動かしているやつだ」


 クレノはそう言って、フィオナ姫と共にフェミニを倉庫へと連れていく。

 扉がぶち破られた痕跡のある倉庫を開けると、そこには試作可食家屋甲型——お菓子の家ホイホイ初期型が鎮座していたのであった。



 *



 フェミニが持ち帰った報告書をルイス王子はプールサイドで受け取った。

 魔法開発局のプールは福利厚生の一環……ではなく、魔法使いの修行用に設けられたものである。

 とはいえ、まだ肌寒い季節に利用するのはルイス王子だけだった。

 プールサイドにいるのはほかに白猫が一匹のみ。

 列車の運転手をつとめた紫色の瞳の猫である。

 王子はローブ姿で報告書に目を通す。


「お菓子の家かい? これまた、すごいアイデアだね」

「——はい。この兵器を量産化するだなんて、クレノ先輩は何を考えているのか、フェミニにはわかりませんよ」

「わかった。ボクのほうでも検討しておくよ」


 フェミニは水辺の寒さにぶるりと身震いした後、一礼して去っていく。


「……さて、フィオナの教育の意図は、賢いクレノ君ならんでくれているよね。それで出てくるのがこの兵器っていうのはちょっと気になるけど……でもまあ『』は我が王家の家訓だからなあ」


 ルイス王子のひとりごとに白猫が「にゃあ」と答えた。

 そしてにゅっと立ち上がると、両手に報告書をもらい、二本足でどこかに持ち去ってしまった。



 *



 それから一ヶ月かけて、魔法開発局はひとつの魔法兵器を完成させた。


 その名も『食べられるシャツ』である。


 これは名前のとおり見た目はなんの変哲もない白シャツだが、というもので、試作品が作られて後すぐに量産化体制が整えられた。

 フィオナ姫はニュースを聞くやいなや泣きながらクレノの部屋に飛びこんできた。


「わらわは……っ、くやしい!」

「大丈夫ですよ。姫様。むしろこれは吉報です」

「なぜクレノ顧問は平気なそぶりなのじゃ?」

「まずまちがいなく失敗するからですよ。姫様のアイデアをルイス王子側にわたした時点で、こういうものが出て来ることは予測済みです」


 クレノは冷ややかな目つきで新聞を読むと、ていねいに折りたたんで脇に置いた。

 このときフィオナ姫はクレノ顧問の言うことに半信半疑であったが、しばらくしてクレノの言うことは本当になった。


 食べられるシャツは方々で悪評をふりまき、魔法開発局はヨルアサ王国軍に配備したシャツを回収することになった。


 それと入れ違いで、クレノは小型化した『可食家屋乙型改』を発表した。

 以前の三分の一ほどの大きさとなり、パワーは激減したものの、これは『遭難者の救助』という目的で地方軍に配備されることになった。


 この顛末を受けて、フィオナ姫はクレノ顧問の評価を見直したようだ。

 ある日の午前のお茶の時刻、フィオナ姫はしみじみと感じ入って言う。


「お兄さまのたくらみをいち早く見抜いた慧眼けいがんといい、兵器に関する深い理解といい、そなたはわらわが考えていた以上に賢い人物だったのじゃなあ。どれ、今日はわらわがそなたに茶を淹れてしんぜよう」

「ありがたき幸せにございます」

「にしても、そういう知恵働きはどこで学ぶのじゃ? 小説とかか?」

「それはですね……」


 クレノは何と返事をしたものか思案しながら、頭にある男の顔を思い浮かべていた。

 生前の暮野祐一くれのゆういちに、現代兵器の様々な知恵をこれでもかと詰め込んだ男は、ひとりしかいない。クレノの兵器知識の250パーセントは、そいつがワッと浴びせかけてきた知識でできているといって過言ではないのだ。



 ありがとう……。

 横田和史よこたかずふみ……。



 クレノが横田に感謝したのは、異世界転生後これがはじめてのことであった。


 王国歴345年、蜜蜂の月7日のことである。

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