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第68話 報告書:食べられるシャツ


『魔法兵器開発室から魔法開発局への意見書:食べられるシャツについて』



 戦場における糧食の問題は悩みが増えこそすれ尽きることはなく、その点において本兵器は画期的かつ独自の解決策を提示している。しかしながら、この兵器の配備された隊において種々様々な混乱があり、報告が上がっている。この点について、先んじて導入を決めた事例から読み取れた問題の主たる要素を抽出すると、以下のようになる。


一、緊急時でもないのに本兵器を食べてしまう兵士がいる。

二、本兵器が代替通貨となり、隊内の風紀を乱す事例が発生した。


 まず一について所見を述べることとする。


 本兵器は緊急時の糧食とすることを想定した魔法兵器であるが、嗜好品として食してしまう例が無視できない数発生している。


 これは上官の視野が狭く監督義務を怠った結果というだけではなく、人間の生存本能や欲求に根ざした行動なので、そもそも予防が困難な面がある。

 兵役につく軍人は集団行動や任務において避け難い精神的負荷にさらされている。食事はそうした負荷を解消する有力かつ簡便な方法であるので、こうした事例の発生は抑制し得ない。罰則を用いて厳に禁ずるとしても、根本原因である精神的負荷が増大することは想像に難くなく、後述の問題の深刻化を招くものと考えられる。


 また軍装の管理が最終的には個々人にゆだねられる以上、事前に察知し指導することも困難である。


 二に関しては、付加価値を得た軍装については当然起こりうる問題である。


 残念ながら栄光あるヨルアサ王国軍にも、支給された物品を窃取、横領する悪しき慣習がある。民間市場に流れないまでも、煙草や菓子などを通貨の代替物とし、任務を肩代わりさせるといった行為が発生し得る。


 これもまた発見されしだい、しかるべき処分を行い隊内の規律をただすべき事例である。だが、嗜好品のすべてを禁じることは兵士たちの精神衛生上不可能であるので、現場では精神的負荷の解消と規律の均衡をいかに保つか細心の注意を払って部隊運営がなされていることについて留意されたし。二の事例は本兵器の配備により、その均衡が一時的に崩れた結果であり、責任の一端は本兵器の配備を決めた意思決定機関にもあると愚考する。


 次に、これらの問題点を解決するための方法を二点、提案する。


 案一、本兵器の味を極端に不味いものにする。

 案二、通貨として成立しないように、すべての部隊に大量に配備する。


 魔法兵器開発室での実験結果によると、苦味を加えることにより使用者の食欲を押さえることができ、かつ鼠や虫による食害を防ぐことができる効果が得られた。結果については別に付記するが『緊急時に食べようと思えば食べられる味』についてはさらに研究を重ねる必要がある。


 次いで二案にかかる費用について試算したところ、本兵器が食品であり消費期限を有することを考慮すると、非現実的であると言わざるを得ない数字となった。


 以上をもって、魔法開発局への提言を終了する。


 それから、これはあくまでも私見であるが『軍装を食べなければならない緊急時』において、シャツ一枚を食べたところで兵士たちを救命できるかどうかはなはだ疑問である。



王国歴435年、蜜蜂の月7日

魔法兵器開発局

開発局顧問および技術試験隊顧問

クレノ・ユースタス技術中尉



*****



ルイス王子からの返信

『気がついていたなら言ってくれたらよかったのに』


クレノ・ユースタス技術中尉からの返信

『対等な技術開発者として認めていただけるのであれば、すぐさま有益な意見交換が可能と存じます、殿下』


ルイス王子からの返信

『クレノ君はほんとかわいいね。押すと音が鳴るおもちゃみたい』


クレノ・ユースタス技術中尉からの返信

『そういうのをやめてくださいって言ってるんです』

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