時は少しだけ巻き戻る。
姫様が木馬軍馬をルイス王子にパクられ、
クレノは将来的にルイス王子側の試みが失敗するだろうことをある程度予見していたので心中は穏やかだった。
それよりも、目下の悩みは三か月後に迫った閲兵式のことである。
式典にどんな魔法兵器を出すべきだろうか。
魔法兵器だったらなんでもいいというわけではない。
式典の雰囲気というものがあるし、兵器の使用方法について事細かに説明できるわけでもないので、ぱっと見の華やかさも大事だ。
答えは出ないまま、クレノ技術中尉はマンドラゴラと対峙していた。
それも普通のマンドラゴラではない。
無人島時代、自身が栽培していた、あの自律稼働型マンドラゴラだ。
「マンドラゴラよ。俺を覚えているか?」
「ヤァ~~~~~?」
「おまえ、姫様にかわいがられてずいぶん太ったな」
大根に似た白マンドラゴラは、今が食べ時とばかりにでっぷりと太っている。
クレノはマンドラゴラに言い聞かせる。
「いいか、よく聞けよ。食堂の隣の部屋に、こういう板をおいてきた」
クレノはマンドラゴラに四角い木の板を見せる。
そもそもマンドラゴラに視覚はあるのだろうか? わからない。それも実験のうちである。
「この板に□か△か〇、いずれかの記号が書かれている。それを読み取って、戻って来て、ここに書くんだ。いいな」
「ヤァ!」
マンドラゴラは元気に右枝を振り上げた。
クレノはいま、自立稼働型マンドラゴラが、どれほどの知性を有しているのかを実験中だった。
そして、もしも人間の指令を聞き簡単な任務が遂行できると確信できるようであれば、このマンドラゴラをスパイ・マンドラゴラとして育成しようとしているのだ。
「さあ、行ってこい、マンドラゴラ!」
「ヤァーーーー!」
マンドラゴラは威勢よく隊舎の廊下を駆けていく。
が、しかし。
「あらあらっ、こんなところにおいしそうなマンドラゴラ!」
食堂から出て来た調理員の女性が、マンドラゴラの頭部に生えた青菜の部分をむんずと掴む。
「逃げちゃだめよ。おいしく食べてあげるからね」
「ヤ、ヤァ~~~~~~っ」
マンドラゴラはあえなく食材となり、連れていかれてしまった。
実験失敗だ。
一応、フィオナ姫のペットなので昼食にされる前に回収はしたが、結果は残念なものだ。いちいち救助が必要なスパイなんて面倒みきれない。
「やっぱり生きもの系はだめだな。アコースティック・キティの呪いかもしれない……」
アコースティック・キティとは、1960年代アメリカでCIAが考案したスパイ猫である。この猫は全身に改造手術を受け、盗聴器を身につけてスパイ活動に挑んだが、デビュー当日タクシーに
猫にかぎらず、動物を利用した珍兵器は
スパイ・マンドレイク実験の
「なにをしておるのじゃクレノ顧問。こんなもん失敗するに決まっておろう」
「ご自分の魔法兵器についてはガバガバのくせに俺のアイデアに対してはよくもそんだけ言えますね」
「いや~~~~まあ~~~~、立場が逆転すると、そなたの言いたいこともわかるようになってきたというかじゃの~~~~……」
フィオナ姫はなんともいえず苦々しい表情である。
普段はフィオナ姫がアイデアを出し、クレノがそれを評価する立場である。
閲兵式に向けて両者の立場は、姫様が言う通り逆転していた。
「一応、俺の訓練の仕方がよくない可能性もあるので、ほかのマンドレイクをハルトたち実験部隊にも預けています。そっちはそっちで運用方法を考えてくれているでしょう。——とはいえ、マンドレイクを使った兵器は閲兵式に向けてのアイデアではありません。ついでに使えたらいいな、とは思いましたけどね」
「そうなのか?」
「ほら、俺が報告書の最後によく書くフレーズがあるじゃないですか。『以後の開発に大いに期待する』とか『今後の魔法兵器開発における資となることを期待する』とか、そういうやつですよ」
「おお、そういえばいつも同じことばっか書いとるなーと思っておったわ」
「あれはですね、姫様。実はポイントカード制になってるんですよ」
「ポイントカード制じゃと……!?」
フィオナ姫は目を丸くして驚いている。
「あのフレーズを使うたびにスタンプがたまっていって、五個集まると、ひとつ使える魔法兵器を作らないといけないんです。つまり、今後の魔法兵器開発の資としなくちゃいけないんですよ」
「大丈夫か? クレノ顧問。さっきからずっと支離滅裂じゃが、ちゃんと寝ておるのか?」
「大丈夫大丈夫」
「おぬし普段はそんな口調ではないではないか」
半分正気、半分狂気といったところである。
ここ最近のクレノ顧問はとても忙しかった。
まずはマンドレイクの調教。次に閲兵式に出す新兵器の設計。そして、ルイス王子のところの動きをけん制するために、お菓子の家ホイホイ二号をどうに配備までこぎつけるという仕事もある。ルイス王子が堂々とパクリ行為に及ぶのは、魔法兵器開発室に実績がないせいもある。小さくてもいいから、成果がほしかった。
それでもって、スタンプカードの件もまるで冗談とは呼べなかった。『今後の魔法兵器開発における大いなる資となることを期待する』という言葉の意図するところは『いつか必ず役に立つ魔法兵器を作るので、今回クソ兵器を作ってしまったことはどうかお目こぼしください』という意味だ。
それを無視して無駄な兵器ばかり作っていると『全然資になってないじゃないか』と怒られることになる。
怒られるだけならまだいい。
ロシア帝国時代の兵器開発者、パベル・グロホフスキーは珍兵器を作りすぎた罪で処刑されている。そういうこともある。
「忙しいクレノ顧問にこんなことを頼むのは酷じゃとは思うのじゃが、ひとつ仕事を頼まれてくれぬかのう」
フィオナ姫が申し訳なさそうに言う。
「えっ。完全にキャパオーバーなんですけど」
「これは父王様からの頼みじゃ」
「やります」
いつもフィオナ姫をぞんざいに扱っているクレノ顧問も、さすがに国王陛下の頼みとあっては断れない。
「さすがクレノ顧問。頼みというのはな、そなたに新しい宝物庫に設置するガーゴイルを作ってもらいたいのじゃ」
「ガーゴイル、ですか」
「うむ。父王様はそなたのことをことのほか気に入っておってな」
「え? 俺のことを? 失敗ばっかのダメ技術者ですよ」
「そういうふうに自分を
「幼稚園の連絡帳じゃないんですから……まあやりますけど」
知ってのとおりガーゴイルは怪物の姿をした石の彫刻のことだ。
ヨルアサ王国では、これに魔法の力を付与して、宝物庫や神殿などを守らせる防衛機能をそなえた魔法兵器のことをそう呼ぶ。
ガーゴイルを作るのは魔法兵器開発者の基本の仕事といえるだろう。
「デザインや仕様についてご注文はございますか」
「細かいことは気にしなくてもよい。父上は派手でかっこいいもの好きじゃ。それでいて、泥棒を一撃で倒せるようなものを、宝物庫の真ん中にドーンと! それも一番の宝物といっしょに置きたいようじゃな!」
「はあ……派手でかっこいいものをドーンと、ど真ん中に、ですか。わかりました。さっそく取りかかります」
「頼んだぞ!」
クレノはフィオナ姫の部屋から退室した後、つぶやいた。
「いや、さすがにざっくりすぎるだろ……」
彼は執務室には戻らず、敷地内にある小さな工房へと足を向けた。