工房という名の小屋の中には、試作兵器や工具や部品がずらりと並んでいた。
「ガテン親方、資料貸してくれる?」
「おう、なんだ。クレノのぼうずか」
部屋の奥から顔を出したのは、作業着を着た褐色肌の男だ。筋骨隆々でそうは見えないが、年齢は初老に差し掛かった頃あいのはずだ。
「閲兵式にだす魔法兵器が決まったのかい」
「いやあ、そっちはまだ全然。なんかさ、王宮の宝物庫に置くガーゴイルを作るんだって」
そういうと、ガテン親方はびっくりしてのけ反って見せる。
「宝物庫って、王宮のか? 名誉なことだなそりゃ」
「名誉は名誉だろうけど突然すぎて困るよ。納期のこともあるし……」
「職人なら泣いて喜ぶ仕事だぞ」
「俺は魔法兵器開発者であって、職人じゃないんだってば」
「もったいないねえ。探し物なら上の棚の右側にあるはずだ」
壁に取りつけられた棚から、王家に関わる意匠をまとめた本を手に取る。
表紙を開くと、ヨルアサ王国の歴史にかかわる史実や伝説に縁の深い図案がずらりと並んでいた。逆に、ヨルアサ王家にはふさわしくないデザインもまとめられている。さすがガテン親方だ。
ガテン親方は魔法兵器開発局専属の職人だ。
ここに来る前は王宮で働いていて、王族のために工作仕事をするのが仕事だった。
フィオナ姫に頼みこまれて魔法兵器開発局に来てからは、魔法兵器の兵器部分をクレノやフィオナ姫の注文通りに、簡単なものならなんでも作ってくれる頼もしい存在だ。
「うーん、伝統的なガーゴイルはコウモリ羽の小鬼って感じだけど、かっこよくはないよな。ヘビ……は論外として、やっぱりライオンとかドラゴンかな」
フィオナ姫の注文が適当だからといって、ガーゴイルは王宮に置くものだ。
なんだっていいわけではない。
格調高く、王家の威厳を示すものでなければならない。
「心してかかれよ。王様はあれで気難し屋でな……。そんじょそこらの作品を気に入ることはめったにないんだ。職人泣かせで有名だぞ」
「職人泣かせって。そんな話、聞いてないんだけど」
「何を持って行っても、ピンとくるものがないと突き返されちまうんだよな。伝統的なよくあるデザインは大抵ダメだ」
「何それ、フィオナ姫の話と全然ちがうじゃないか」
「王子様、王女様方も似たようなもんだぞ。全員好みがバラバラで、こだわりが強い」
「えええ~っ……」
クレノはあからさまに嫌そうな顔をした。
世の中には『適当でいいとか言う人間に限って全然よくない』の法則があるが、それが見事に発動していた。
「何か攻略法はないの?」
「しいて言うと王様は新し物好きだな。工夫があったほうがいい」
「工夫って?」
「そりゃ、お前さんを名指しにしてきてるわけだからな。ほかの誰も持って来なさそうなやつだ」
「俺にオリジナリティやセンスを求めないでほしい」
ルイス王子のことを
クレノは基本、横田が言うとおり浅いオタクである。兵器や軍事知識は横田の受け売りで、美的感覚だってない。
頭を抱えて苦しむクレノ顧問の頭を、ガテン親方は両手でつかんでぐしゃぐしゃにかき混ぜる。
「まあ難しく考えなさんな。どうせ突き返されるんなら、自分が思うようにやってみればいいのさ」
「ん~、俺の思うかっこよさ、か……」
考えてみると、クレノも小学生の頃までは自由帳に自分の思う『かっこよさ』を自在に描き連ねていたような気がする。しかし思春期をこえたあたりから周囲の目が気になりはじめ、自己表現をしなくなっていった。
「それはそれとして、ガテン親方にひとつ頼み事してもいいかな」
「なんだ? 閲兵式の件か?」
「親方って、家族はいるのか?」
「家族? こちとら男やもめの一人暮らしだが……」
クレノはデザイン集を元あった棚に戻すと、開きっぱなしの戸や窓を閉めた。
「それならよかった。やっぱり、こういうのは信用がおける内部の人間がいいから」
そう言うと、ガテン親方は不審げな顔つきになる。
「…………なんで俺に家族がいるかどうか聞いたんだ?」
「もちろん、話を外部にもらされると困るからだよ。この話は誰にも秘密にしてほしい。姫様や魔法兵器開発室のみんなにも内緒だ」
「……戸や窓を閉めたのも情報をもらさないためか?」
クレノは答えずに黙って笑っていた。
沈黙が長く続いた。
いつのまにか、ガテン親方は
「そんなにヤバイ話なのか…………?」
「さすが、元王宮勤めは話が早くて助かる! ぜひともこれを見てくれ!」
「嫌だ! 俺は
「俺だってこの若さで刑務所には行きたくないよ!」
「やっぱりやべえ話じゃねえか!」
すったもんだの末、ガテン親方はクレノが持ちこんだ設計図を見てくれた。
クレノが工房に来たのは、ガーゴイルの相談をするためだけではない。
ガテン親方にとある『
クレノがひとことも言わずとも、ガテン親方はそれが何をするためのものなのか理解してくれた。それから彼は
当然だ。
親方にみせた『兵器』は、この世界がいずれ手にするものだ。
そして、それを誰が先に取るかで、勢力図が書き換わる。時代が変わる。
時計の針が数十年といった単位で先に進み、人々は戻る術をみつけられないまま、激しい炎に焼かれることになるだろう。
そういう代物だ。
「……クレノ、お前……これをまさか、魔法兵器博覧会に出すつもりか……?」
ガテン親方の声つきは厳しかった。
「こいつを作るなら、まずは工作機械が必要だ。それもかなりの精度がいる」
「問題ない。俺が神に祈って、ガテン親方のために精度を高めた工作機械を用意する」
「しかしそのやり方だと、量産化は無理だ。俺だけしか使えねえ機械になっちまう」
「それでいいんだ。これは閲兵式にも、博覧会にも出すつもりはない。姫様に必要なものだ。姫様が……」
女王になる前に。
その言葉をクレノはあえて伏せた。
クレノがここでこの兵器を作らなくても、時間はかかるだろうが歴史は前に進む。ルイス王子の才能を間近で見て確信した。生まれるべきものは、いつか必ず世に出てくるものなのだ。
でもだからこそ、その前に彼女に見せなければいけないものがある。
ガテン親方はクレノが伏せた言葉の先を、少し違う形ではあるが予測していた。
「フィオナ姫のため。つまり、姫様が女王になるために、か?」
「知ってたのか」
「まあな。姫様の夢を知ってるのは俺だけだと思っていたが、ぼうずにも話したとは……」
ガテン親方はクレノを見つめて、深いため息を吐いた。
その後、渋々といった調子でクレノの計画に同意してくれた。これはカレンもハルトも知らない、クレノとガテン親方だけの秘密の兵器開発になるだろう。
それからクレノは部屋に戻り、寝食を忘れてデザイン画を描き上げた。
*
二週間ほどして、クレノは出来上がったガーゴイルを国王様の元に納品しに行った。
前回のお披露目会ではルイス王子の魔法動力機関に気を取られて、あいさつもそこそこだったが、今回は一対一での対面である。
緊張するかと思ったが、実際の国王陛下は優しそうな人で——サンタクロースみたいなヒゲのせいかもしれない——しかも何となく面立ちや物腰がフィオナ姫と似ている。謁見の間にはまるで実家のような安心感があった。
「クレノ君、お披露目会ぶりじゃな。フィオナちゃんの様子はどうじゃ。そっちで楽しく過ごしておるかね」
「はい。ただ、甘いお菓子を召し上がる頻度が高く、心配しております。ご家庭でも正しく健康的な食習慣はどのようなものか話しあう機会をもうけていただければ幸いです」
「うっ、それはわしも気にしておったところじゃ。申し訳ない。妻とも相談しておく。それで、仲の良いお友達はできたかのう?」
「みんなお友達ですよ」
幼稚園の先生と保護者みたいな会話を繰り広げながら、クレノは完成したばかりのガーゴイルを披露した。
クレノがデザインを起こし、王都の石工に彫らせたガーゴイルが、宝物庫の薄明りの真ん中に堂々と鎮座している。
それはドラゴンの姿を象っていた。
全身の
なによりも個性的なのは、その頭部が二股に割れているところだ。
「おお……これは……!」
国王陛下は目を丸くしていた。
好感触かどうかは、まだわからない。
「台座に宝を設置すると自動的に起動します。侵入者を感知すると、二つの頭から火炎を吐く仕掛けになっております」
国王陛下はガーゴイルの様子を至近距離からまじまじと見ている。
王都で一番という腕の職人に袖の下をつかませて仕上げた
「クレノ技術中尉……この像、悪くない。双頭の竜とは考えおったな、
「は、身に余る光栄です」
「しかし……これには何かが足りぬとは思わぬか……?」
クレノは奥歯を噛みしめる。やはり、クレノが無い知恵をしぼったところで、この世のありとあらゆる天才芸術家や職人の作品を手に入れてきたであろう国王様の納得するものを差し出すことはできないのかもしれない。
「も、申し訳ございません。どこがいけないのか教えて頂けましたら、すぐに新しいものを作り直します」
「いや。それには及ばない」
すわ、お役御免かと思いきや。王様は手近にいた家来に命じる。
「わしの宝剣を持ってこい! この像に足りぬのはそれじゃ」
「宝剣?」
「うむ。わしが17歳のとき、即位に当たって作らせた特注品の宝剣じゃ。装飾の細部にいたるまで、わしが考え、最高の職人や魔法使いに作らせた。この世にまたとない宝物じゃ!」
ヨルアサ王家の男子は、成人を迎えるなどの節目に剣を作らせる習わしがある。
そのときに作られた剣は、戦いや式典の折などに用いられ、持ち主とともに終生を過ごすことになっていた。
「陛下の宝剣を……俺のガーゴイルに守らせていただけるのですか……?」
「うむ。クレノ技術中尉よ、そなたは人品骨柄にすぐれるだけでなく、その感性は天与のそれじゃ」
「……!」
数々の職人が挑んでは退けられてきたというのに、まさかの一発合格である。
無人島に送られて以来、いいところなしだったクレノもさすがに感極まってしまう。
「ありがたき幸せ……!」
これまで自分なりにがんばってきた思いが報われたような気がした。
——ただし。感動が続いたのは、家来が宝剣を運んで来るまでだった。