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第71話 ダブルヘッドドラゴンガーゴイル③


「国王陛下、宝剣をお持ちしました」


 家来たちが二人がかりいそいそと持ってきたのは、黒ずんだ銀色で、これ見よがしにでかい紫色の宝玉がついた剣だった。柄のところは雷が絡みついたデザインになっており、刃のところには謎めいた文字が彫られていた。

 剣そのものも、ベルセル〇の例の剣なみにでかい。


「国王様……そちらの剣が……宝剣ですか?」

「うむ。これはな、わしが考えた最強の剣じゃ。どうじゃ、かっこいいだろう!」

「なんか、ちょっと思っていたのと違うというか……。巨大ですね」

「当時は大きいのが強いと思っていたので、可能なかぎり大きくさせたのじゃ」

「凄まじい重量だと思いますが、王様は、こちらの剣をお持ちになれるのですか?」

「ふふ……。それがな、重すぎて、持てぬ!」


 国王様は、キメ顔で言った。


「……がふっ!」


 クレノはツッコミを入れないよう、自ら唇をかんだ。

 フィオナ姫とは違うので軽々につっこむわけにもいかない。


「あまりに巨大で持ち運びできぬので、式典の際には別のものを使っておる! ……ん? どうしたのじゃ、唇から血が流れ出ておるぞ」

「いや~、自分、粘膜が弱くて、自然と流れ出てしまうんですよね~」


 そんなわけあるか。

 あまりにも強く噛みしめすぎたせいだ。


「わしのお気に入りのリップバームを後で贈ろう」

「いつものことなんで、お気になさらないでください」


 クレノ顧問は虚空をあおいで素数を数えた。


 そのあいだにも国王様はいそいそと、小学生が考えたラクガキのような剣をガーゴイルに設置する。


 双頭の四つの目が輝き、その腕を剣に絡ませた。

 これは宝を守るためにクレノが考えた機能であるが、しかし。


「なんかこれ……見たことある……!」


 双頭の竜と、小学生が描いたような『最強の剣』が合体した結果、そこにはまるで観光地にある土産物屋のキーホルダーのような彫像が出現していた。


「おお……! 思った通り、すごくかっこいいではないか……!」


 いいのか? これで。

 クレノと王様の小学生並のデザインセンスが奇跡のコラボレーションをした結果、王宮のど真ん中に日本のひなびた温泉街の昭和から抜け出せない土産物屋が出現してしまっている。

 だがしかし、王様相手に「ダサい」とは言えない。

 そうこうしているあいだに事態は悪くなっていく。


「よし、かっこいいから子どもたちにも見せびらかすぞ。誰かいるかな? 呼んできなさい」


 とか王様が言い出したのだ。

 ものすごく嫌な予感がした。


 どうにか多忙であってくれと神々に祈ったが、またもや祈りは無視されたらしい。


 クレノが恐れていた通り、やって来たのはカイル王子とルイス王子だった。


 クレノにとっては軍のお偉いさんとライバル部局のトップだ。

 このふたりにだけは、土産物屋のキーホルダーみたいなガーゴイルなんか絶対に見られたくない。

 しかし願いむなしくまずはカイル王子が、ダブルヘッドドラゴンガーゴイルこと土産物屋ガーゴイルを見て声を上げた。


「父上! 新しい宝物庫が完成したって聞いたぞ。……うわっ!」


 ダサかろう……クレノも初見で「うわっ」て感じだった。

 だが、剣を設置するまではそこまででもなかったのだ。

 まだギリギリ伝統的な神話生物って感じだったはずだ。

 そこはかとなくダサい要素はあったが、剣を置くことで『完成』してしまったのだ。

 クレノはそう弁解したい思いでいっぱいだったが、それだと王様を悪く言うことになってしまう。


 だがしかし、カイル王子の反応はクレノの思ったものとは全く違っていた。

 カイル王子は両拳を握り、ものすごく興奮した様子で言った。


「なんですか、父上!? そのガーゴイル、すごくかっこいいですね!」

「そうじゃろうそうじゃろう。クレノ君に頼んだら作ってくれたんじゃ」


 本気か? 本気かもしれない。

 カイル王子はクレノを振り返ると、子どもみたいに無邪気な表情で言う。


「クレノ君……いやクレノ! ——これいいなあ、俺もほしいぞ!」

「え、本気ですか?」

「もちろん本気だ。ぜひ部屋に置いて毎晩眺めたいくらいだ」

「で、ですが、盗難防止用なので火を吹きますし、私室に置かれるのはおすすめできません。それに、これは陛下のために作って差し上げたものなので……」


 そう言うとカイル王子はしょぼくれた大型犬のような表情になった。


「そうか。それは残念だ……」


 どうやら本当にこのデザインを気に入っていたらしい。

 危険すぎる。あやうく土産物屋ガーゴイルがこの世に二つ誕生してしまうところだった。


「わしは気にしないぞ!」

「おっ、さすがお父上だ。太っ腹。クレノ、火を吹く仕掛けはなしにして、もうひとつ作ってくれ!」


 国王様がよけいなことを言ったので土産物屋ガーゴイルはこの世に二つ誕生することになった。恥のコピー&ペーストである。

 カイル王子は親切心なのだろう。ルイス王子にも声をかける。


「ルイス、お前も作ってもらったらどうだ?」


 ルイス王子は先ほどから会話に参加せず、二人よりも少し下がったところで、その端麗なまなざしを土産物屋ガーゴイルに向けていた。


 まあ、ルイス王子は知的だし、ふだんは軍服しか着ることがないクレノやカイル王子とは根本的にちがう。いつも身のまわりのものには気を遣っているし、何より魔法兵器開発局とはライバル関係にあるのだから、もちろん断るに違いない。

 むしろ断ってくれ、という強い思いをこめて視線を投げると、察しのいい第二王子はその視線に気がついたようだ。

 思案げに口もとを隠した右手の下で微笑んでみせた。


「いやあ、ボクはいいですよ。クレノ君は忙しいでしょうしね」


 クレノは安堵した。助かった。


「それにボクはどちらかというと氷とか水系の属性が好きですからね」


 助かった……が、思った感じの助かり方ではなかった。


「そういえばそうだな。ルイスはいっつも氷系だったな。俺は断然、炎系が好きだが……」


 属性の観念ってヨルアサにもあるんだ。


 確か、ガテン親方は、王子たち、王女たちの好みが全員違うと言っていたが、もしかするとそれは好きな『属性』の違いなのかもしれない。

 国王陛下が気難し屋で職人泣かせだというのも一流の職人であればこそだ。

 一流の職人たちは一流であるがゆえ、土産物屋のキーホルダーなんて一生無縁の世界で生きてきたはずだ。

 高いデザインセンスを持つ職人であればあるほど、王様好みのものを作れるはずがない。


「ちなみにクレノ君はどんな属性が好きなの?」


 ルイス王子がなにげなくきいてくる。


「……一周まわって、属性が無い、とかが好きですね」


 そう言うと第一王子、第二王子は噛みしめるように無言でうなずいた。

 国王陛下は表情を輝かせ「クレノ中尉、さすがじゃ!」と手を叩いて喜んでいる。

 ルイス王子は「やるね」とか呟いている。

 何をだ、何を。


 そしてクレノは悟った。


 この家族、全員、似た者どうしだ……ということに。



 *



 謁見とガーゴイル作成はうまくいったものの、クレノは微妙な気持ちであった。


 もちろんクレノが作ったガーゴイルが一発合格をもらったというのは、傍目からみれば喜ばしい出来事だった。

 謁見の翌日、姫様はクレノの元に直接足を運ぶと、クレノの仕事ぶりを褒めたたえた。


「うわさを聞いたぞ、クレノ顧問。そなた、良い仕事をしてくれたようじゃな」

「いや……もっとセンスが良いものを作れる職人はいくらでもいるのに、あんなもので良かったのかと不安ですよ」

「なぜそのようなことを言うのじゃ。お父様はダブルヘッドドラゴンガーゴイルを大層気に入って使っておる。どのようなものであれ、気に入って使ってくれる人がいるならそれが一番良いものということではないか」

「姫様……」

「もっと自分に自信をもつがよいぞ、クレノ顧問」


 フィオナ姫の言うことも、もっともだった。

 どんな形であれ、それを良いと言ってくれた人がいるのは事実だ。

 ダブルヘッドドラゴンガーゴイルをダサいと思うのは、クレノの心にある土産物屋のキーホルダーに対するネガティブなイメージのせいだ。

 そしてそのイメージの源泉になっているのは、しょせんは他者からの評価でしかない。


「クレノ顧問のデザインは、わらわも気に入っておる。そうじゃ、あのガーゴイルを魔法兵器としても役立てられないかどうか、考えてみるというのはどうじゃろう」

「魔法兵器としてですか?」

「あれを陣地防衛や、警備が必要な武器庫などの守りに置くというのはどうだろう。警備の手が少なくて済むようになり、きっと兵士たちからも好評だと思うのじゃ」


 その翌日、姫様は早速、魔法兵器開発局の倉庫の両角にダブルヘッドドラゴンガーゴイルを設置した。


「このガーゴイルは宝物を手に持たないと起動せぬゆえ、お兄さまたちの宝剣を借りてきたぞ!」


 姫様は手に二振りの剣を手にしている。

 どちらも細身の剣で、赤と青の宝玉がついている。

 赤い方がカイル王子の宝剣で、青いほうがルイス王子のものだろう。

 炎属性と氷属性で、双子のように対になっているデザインだ。たぶんそういうのがかっこいいと思っていた頃に示しあわせて作ったに違いない。


 剣を設置すると、ガーゴイルが起動する。

 試しに木片を投げてみると、ガーゴイルはそれを察知し、二つの頭からいきおいよく火炎を放った。


「おおお~! やはり思った通り、かっこいいではないか!!」

「頭を二つにしたことで、従来の製品にくらべ死角が少なくなりましたね」

「さすがクレノ顧問じゃ。頼もしいぞ!」

「ありがとうございます、そう言ってもらえてうれしいです」

「なんじゃ、いつもより素直じゃの」

「ええ。たまには自分や、自分の周囲の人たちの感性を信じてみるのも悪くないと思いましてね」


 実験の後でクレノは執務室に戻った。

 しばらくすると、カレンが書類と一緒にコーヒーを持ってきてくれた。


「はいコレ。なんか顔色悪いけど、大丈夫?」

「うん……。みんなが期待してくれてるわけだからな、休んでいられないよ」

「無理するなよ。昔から、クレノが無理してもいいことないんだから」

「心配かけて悪いな」


 カフェインの効果か、頭の中がすっきりしたような気がする。

 コーヒーを飲んでしばらくした頃だった。


「…………あれ? カイル王子とルイス王子の宝剣……外に出っぱなしじゃないか……?」


 ダブルヘッドドラゴンガーゴイルは、宝物を守らなければ起動しない。

 ということは、ダブルヘッドドラゴンガーゴイルが外で倉庫を守っているとき、守らねばならない大切な宝物もまた、お外に出ているのである。


 あたりまえだ。

 ダブルヘッドドラゴンガーゴイルは、宝物庫の中で宝を守るように設計されたガーゴイルなのだから。


 宝剣二本についてはクレノが慌てて取り戻しに行ったので無事だったが、普段なら絶対にしないような凡ミスだった。


 クレノ顧問、五徹目の出来事である。

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