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XIV思っていたのと違う

第73話 美しくなるブラシ①


 魔法珍兵器開発局の実験部隊、別名『寄せ集め部隊』は、クレノ顧問から預けられたマンドラゴラたちをまじえた訓練をしていた。


「全員せいれーつ! 行進、前へ進め!」

「ヤッ!」

「ハッ!」

「ヤッ!」

「ハッ!」


 ハルト隊長の笛に合わせて隊列を組み、行進をするマンドラゴラたちの姿はなかなか様になっている。

 姿形は大根やニンジンといった野菜でしかないのだが、短い手足で一生懸命に行進している姿は、見ていると口もとがほころぶ。

 ハルト隊長はマンドラゴラの調教を効率よく進めるため、バディ制度を考案した。

 マンドラゴラと世話係の兵士がコンビを組み、寝食を共にすることで効率よく訓練を進められるようにしたのだ。

 はじめは、世話係には実戦ではなかなか活躍の機会がない年配の兵士を当てた。

 それで問題ないとわかると、じょじょに若い兵士にもマンドラゴラを与えた。

 この制度の効果はてきめんだった。

 兵士たちはマンドラゴラに名前をつけて、まるで後輩のように……いや我が子のようにかわいがった。単純にかわいがるだけではなく『この野菜を一人前にせねばならぬ』という謎の責任感までもが芽生えたらしい。

 気がつくと、いつも不平不満ばかり言う兵士たちが、マンドラゴラに模範を示すべく積極的に訓練に参加するようになっていた。規律が守られるようになり、ケンカなどの騒ぎも著しく減った。当初、このマンドラゴラバディ制度はいいことづくめなように見えた。


 制度が導入されてから一週間くらい経っただろうか。

 この日の訓練では運動場にネットやポール、平均台や玉転がしの玉などが並べられた。


「今日は障害物競走を行う。バディごとに計測を行い、優秀者にはちょっとした賞品も用意した。はりきって挑戦してくれ」


 ハルト隊長が言うと、兵士たちから大きな歓声が上がる。

 まるで幼稚園の運動会のようだが、兵士たちはハルト隊長が当初想定した以上の盛り上がりをみせていた。

 彼らは当日までに本番のレースを想定した自主練習をくりかえし、マンドラゴラの鉢にオリジナルの肥料を加えるなどの努力をしてこの日にのぞんでいるのだ。


「がんばろうな、ココア号! 俺たちの絆を見せつけてやろうぜ」

「ふっ。脳筋バカのココア号に負けるんじゃないぞ、マロン号」

「なんだと! ココア号を悪く言うな!」


 マンドラゴラたちの手前ケンカにまではならないが、この間、大事故を起こしたケイジ隊員とユーリ隊員がまたいがみあっていた。

 まず位置についたのはケイジ隊員とココア号のコンビである。


「はじめ!」

「行くぞ、ココア号!」


 ハルト隊長が笛を吹くと、ケイジ隊員の合図に従ったココア号——茶褐色のマンドラゴラ——が走り出した。

 ココア号はネットやスラロームなどの障害を軽々と越えていく。

 ケイジ隊員はその横について手振りや声などでココア号に指示を出す係だ。


「そうだ、いいぞ。ココア号、次は平均台だ!」


 平均台は高さが三十センチの直線コースと、高さ2メートルの坂道コースとがある。

 一つ目の難所である坂道コースにさしかかった時だった。

 それまで順調だったココア号が頂上付近で脚をすべらした。

 そして、台の上から落下してしまった。

 マンドラゴラたちは自在に動くといっても、元は野菜だ。

 落下の衝撃には耐えられない。


「ココア号ーーーーーーっ!!」


 ケイジ隊員が地面に向かってダイブするように飛びこんでいく。

 そして間一髪のところで、ココア号を受け止めた。


「大丈夫か、ココア号!?」

「ヤ、ヤァ~~~~~っ!」


 ケイジ隊員とココア号は抱きしめあって、無事を喜んでいる。

 その後、ケイジ隊員は足首の捻挫ねんざで医務室送りになったが、隊員たちは皆ケイジ隊員の勇敢さをほめたたえた。

 仲が悪いユーリ隊員ですらケイジ隊員のことを『見直した』雰囲気で、まるで英雄扱いである。

 ハルト隊長もケイジ隊員に明るく声をかけて、残りの訓練を高いほうの平均台を省いたコースでこなした。


 しかし、ハルト隊長が誰も見えないところでため息を吐いていたことを知る者はいない。


 ハルト隊長は訓練が終わるとその足でクレノ顧問の部屋の扉を叩いた。


「入ってよし」


 ——の声をきいてドアを開けると、クレノ顧問は上着を脱ぎ、腕まくりをして製図台に向かっていた。

 いつもよりぼさっとした黒髪の間から見える琥珀色の瞳は、いつも通りどこか眠たげである。


「クレノ顧問…………。顧問の予想通りになっちゃいましたよ」

「なんの話?」

「ついさっき、ケイジ隊員がココア号をかばって負傷するという事故があったんです」

「ココア号って……あっ。もしかしてマンドラゴラのことか」

「はい。ほかにもメロンとかマロンとかチョコとか、かわいい食べ物の名前が人気です」

「あいつらマンドラゴラだぞ……。メロンや栗なわけあるか」

「愛は盲目なのです」

「愛はけっこうだが盲目になるのが命の価値じゃあな。しかも一ヶ月もしないでけが人を出すなんて、問題大ありだ。計画変更!」


 クレノは壁に貼りだした二枚の設計図のうち、一枚をはがした。

 それはかねてより検討していた『お菓子の家ホイホイ二号』の改修案だった。

 クレノ顧問には二つの計画があり、ひとつはフィオナ姫が作った試作型よりも小型化し、弾薬や補給物資などの荷運び要員として行軍に随伴させるというものだ。しかし、この計画についてクレノははじめから懸念している事態がひとつあった。

 それすなわち『兵士たちが自分の命より魔法兵器を優先してしまう』という事態だった。


 ハルトは神妙な面持ちでぱちぱちと手を鳴らす。


「クレノ顧問、さすがのご慧眼です」

「魔法兵器とはいえ自分で歩いて動くとなると、愛着が湧く。兵士たちの命を守るために魔法兵器があるのに、魔法兵器のために命を犠牲にする兵士が出たんじゃ本末転倒だ」

「俺もそう思います」

「まあ、部隊によっては適切に運用できる可能性がなくもないが。とりあえず、これは遭難者の捜索と保護のための魔法兵器として実装しよう」


 魔法兵器開発局から逃げ出したお菓子の家ホイホイは、なぜか森の中で迷子になっている子どもたちを見つけ出し、地方軍に送り届けた。この捜索機能を強化、拡張したものが試作可食家屋乙型改である。

 両手を失い小型化したものの一体につき成人二人までを収容することが可能だ。

 小屋内部は適切に保温されて食料の備蓄が用意されており、いざとなれば家屋部分を食べることもできる。


「北部地方軍ではけっこう演習中にいなくなる人いましたもんね」

「俺、演習中に迷子になって照明弾使ったことあるぜ」

「うわあ、クレノ顧問、勇気ありますねえ」

「負傷者がいたから仕方なくな。あれは本当に生きた心地がしなかったよ」


 北部地方軍の管轄地域の大半は山岳地帯だ。遭難すると命にかかわるが、救助を呼ぶために照明弾を上げると魔物にも位置を知らせることになる。照明弾を上げたが最後、救助隊が到着するのが先か、魔物に八つ裂きにされるのが先かのチキンレースがはじまってしまうのだ。

 お菓子の家ホイホイの活躍の機会は案外多いだろう。


「クレノ、たいへんだ!」


 そのとき、ノックもなしにカレンが部屋にすべりこんできた。


「お前……ノックくらいしろよな!」

「それより、姫様が!」


 カレンが息せき切ってやってきたのだ。

 きっととんでもないことが起きているに違いない。

 クレノは急いでフィオナ姫の部屋に向かう。


「失礼します!」


 返事を聞くやいなや、その光景が飛びこんできた。

 フィオナ姫は机の後ろで何事もなく腕組みしている。

 机の上には、使いみちのわからない三つの道具が並んでいる。


「いきおいで三つも新しい魔法兵器を開発しちゃったんだって」

「クレノ顧問、なんとかしてください」

「無理無理無理! 三つも処理できる気がしない!!」


 フィオナ姫は腕組みしたまま「フッ」とかっこよく笑ってみせた。


「クレノ顧問……どれからいく?」

「やだーーーーーーッ!!」


 ここは山岳地帯ではなく魔物もいないが、クレノ顧問は生きた心地がしなかったという。

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