「だいたいなんで三つも作っちゃったんですか!? 魔法兵器はしばらくおつくりにならないって話でしたよね!?」
「落ちつくがよい、クレノ顧問。ここに用意したものは全部、魔法兵器ではない」
「え……? 魔法兵器じゃない……?」
「うむ。わらわ発案の魔法兵器はここのところ方々に迷惑をかけっぱなしじゃったからな。そのつぐないのために、兵士たちの生活の役に立つような魔法道具をつくっておったのじゃ」
「生活の役に立つような魔法道具?」
クレノは机の上に並べてある道具のひとつを手に取った。
丁寧に拵えられた丸みのある台に馬の毛をつけたもの——それはどう見てもヘアブラシだった。
「お目が高い! クレノ顧問。それは今回開発した中でもイチオシの! 『美しくなるブラシ』じゃ!」
「美しくなるブラシ~~~~?」
「うむ! 気がついたのじゃが、戦場ではなかなか身ぎれいにすることができぬ。そなたも、模擬試合を一回こなすだけで泥だらけになっておったじゃろう」
「ええ、確かにそうですね」
兵士たちは身なりをただし、清潔を保つことがルールで定められている。とはいえ、実戦の場ではなかなかそうもいかない。汗や泥や血や火薬にまみれ、入浴なんて夢のまた夢である。
「しかしこのブラシがあれば! ひとなでで体の汚れが取れてしまうのじゃ。残念ながら、肉体的な疲労までは落ちぬがのう」
「へえ、聞いた感じだとすごく有用に思えますけども……」
「そうじゃろうそうじゃろう」
兵器じゃなければまともなアイデアが出るんだ、とクレノ顧問は思ったが、黙っておいた。黙っておいたほうがよさそうな気がした。
「さっそく試してみよう。実験部隊が訓練をしておるはずじゃ」
「待った。待ってください」
さっそく人体実験を試みる姫様を制止する。
「いきなり人間は危険すぎます。せめて動物か何か、別のものを挟みましょう」
「マンドラゴラたちはどうじゃ」
「マンドラゴラには毛がありませんよ」
「そういえばそうじゃな。やつら野菜じゃったわ。じゃ、馬はどうじゃ?」
「馬ですか、よさそうですね」
クレノと姫様は連れ立って厩舎へと行く。そこには姫様の愛馬フランソワ号がいたが、彼の毛並みはもののみごとに真っ茶っ茶になっていた。純白の白馬のおもかげもない。
「フランソワ号はいい子なのじゃが、泥遊びに目がなくてのう。世話係の制止もきかず……このありさまじゃ」
「危なくないですか、それ」
「人を乗せておるときはいい子なのじゃ」
姫様が愛馬フランソワ号に近づき、茶色い泥で固まってしまったたてがみにブラシを入れる。するりとひと撫ですると、まるで魔法のように——魔法なのだが——泥汚れが取り除かれて白い毛に早変わりする。
「おお……本当にきれいになった!」
心なしかキューティクルが整い、キラキラと輝いてみえる。この結果にはクレノ顧問も感動である。
「どうじゃ、なかなかのものじゃろう」
「すばらしい成果です。今のところはですが」
「人に試してみようぞ」
「ダメですったら。少なくとも一週間は試してみないと……副作用的なものがあるやもしれません」
「え~~~~っ!」
クレノ顧問はハルト隊長と相談し、美しくなるブラシを使う隊員を選定した。
万が一があるので、ハルト隊長自身が使うことは禁止した。かわりの人員がいないからだ。若者も未来があるからダメ。
一週間、馬で試したあと、年かさの兵士を中心にブラシを支給した。
それから数日後のことである。
*
クレノはいつものように食堂で朝食を食べていた。
いつもはなんとなくハルト隊長と同じテーブルで食べることが多いのだが、今日は不在であった。ぽつねんとひとり、神官食の野菜をむしゃむしゃ食べているクレノのところに、ふたり組が近づいてくる。
「おや、クレノ顧問がおひとりとはめずらしい!」
「ご一緒してよろしいですかな!」
やってきたのはエルメス
ふたりとも六十代という、軍の中では高齢の兵士たちだ。
クレノの返事をきくと、前の席に並んで腰かけた。
エルメス曹長は長身で口ひげを生やしている。
シャネル軍曹は縦よりも横に幅が広い。
ふたり並ぶとみごとなまでの凸凹コンビである。
「クレノ顧問、先日は良い贈り物をありがとうございました」
エルメス曹長がやぶからぼうにそんなことをいうので、クレノは面食らってしまう。
「贈り物? した覚えがないけど……」
問い返すと、答えたのはシャネル軍曹だった。
「ホラ、あの例の、魔法のブラシですよ」
どうやら、彼らは『美しくなるブラシ』の評価試験の対象になったようだ。
それからふたりはまるで掛け合い漫才のように交互にしゃべりはじめた。
「あれはよかったですよ、ねえ曹長」
「うむ。いままで風呂だの身支度だの、やって楽しいと思うことのない人生でしたがね。あれはすばらしい発明品ですな。何しろ、風呂に入らずとも三十秒で体がピカピカだ! なあ軍曹」
「はい。わしなんて、何しろこの通りの巨漢でしょう。鏡を見たって見たいような面がついてない。湯に入れば、お前のせいで水かさが減ったと文句を言われる。それがブラシ一本で解決するんですよ、ねえ曹長」
「ええ、ほんとに面白いもんですよ。あれを使うともちろん髪もきれいになりますがね、全身にたまりにたまった体の
「ええ、心なしか、肌ツヤもよくなったような気がしますよ」
ふたりは機関銃のように会話の弾丸を、神官食を食べるクレノにあびせかけてくる。まるで夢みたいだ。夢は夢でも、悪夢のほうだ。
肌ツヤがよくなったとはいうが、あくまで自己申告だ。年相応にシワやたるみにまみれたふたりに、そう目に見えた変化があるようには見えない。
ふたりのおしゃべりはまだまだ続く。
「そういえば、クレノ顧問に我々のなれそめを話ましたっけね?」
「いやいやまだですぞ、シャネル軍曹」
「おやっ。そうでしたか。それじゃ、クレノ顧問は、我々みたいな人間がどうして一緒にいるのかと不思議に思うでしょうねえ」
「ほら、我々はいかにもタイプがちがうふたりでしょう。見た目の話もそうですが、こうみえて趣味や食の好みも全然違うんですよ、ねえ、軍曹」
「はい曹長。といっても、私達もずっと仲がよかったわけじゃないんですよ。一時期なんか、口もききたくない目もあわせたくないと、完全に決裂しておりましてね」
「人に歴史ありと言いますが、コンビにも歴史ありですな」
「はい曹長。まあ、だいたいのところは私が悪いんですけどね。一時期、私らは同じひとりの女性を妻にしておりましてね……」
そこまで聞いたところで、クレノは最後のブロッコリーを口の中に突っ込み、立ち上がった。
「それじゃ、俺、もう行って書かないといけない報告書があるから。ブラシの使用感は後でまとめて提出してくれ」
なにが悲しくて、おじさんたちの込み入った恋愛遍歴など朝から聞かなくちゃならんのだ。クレノ顧問は慌ててその場から逃げ出し、事なきを得た。
しかし、翌日もクレノ顧問はこの二人と並んで食事をするはめになっていた。
「えーっと、昨日はどこまで話しましたかな、曹長!」
「たしか、私らが同じ女性を妻にしていたというところまでですぞ、軍曹」
「あーっ、そうでしたそうでした。不思議なことがあるもんでしょう、どこぞの田舎街ならまだしも、この大都会でひとりの女性を取り合うなんてね。しかし昨日も言ったとおり、悪いのはこの私。シャネル軍曹でございますとも。あれは、曹長の家で開かれたホームパーティでのできごとでした。私が曹長の妻であるエルメス夫人につい岡惚れをしてしまい……」
「たしか七面鳥祭のときのことでしたなあ」
「そうですそうです。当時22歳の夫人の輝かんばかりの美しさに
クレノは興味をもって話を聞いているふりを続けながら「そういえば」と切り出した。
「輝かんばかりといえば、二人とも、ブラシの使い
「ええ、それはもう!」
「最高ですよ! クレノ顧問。最高といえば——やはり、夫人の、丸々とふくらんだ七面鳥のようなあの丸い尻です。若い私はあれにもう夢中になってしまい、後先考えずに密会の約束を取りつけてしまったんですな。あとはもう、坂道を転がり落ちるような恋でした……。エルメス曹長には本当に申し訳ないことでした」
「もう過ぎたことですよ、よしましょう、シャネル軍曹。妻の
「そうそう。それに結局、私は夫人に捨てられちまいましてね。終わった後だから言えることですが、彼女はずいぶん金遣いの粗い女でしたよ」
「こら! それをアナタが言いますか!」
「てへ! こりゃあすいません!」
話のオチがついたらしく、ふたりは「フハハハハ」と笑い声を上げた。
クレノ顧問はスープに入っていたナスを強く噛みしめた。
おじさんふたりのただれた恋愛関係をなぜ、朝から聞き続けなければいけないのだろう。
本当に苦痛だった。
明日こそは、ハルト隊長の部屋で出待ちをしてでも、いっしょに朝ごはんを食べようと固く誓ったクレノだった。
が、ハルト隊長は用事があるとかで王都を離れているとのことだった。
クレノ顧問はおじさんたちの話をフルコーラスで聞くはめになった。