おじさんだって、好きでおじさんになったわけではない。
若い頃はそれなりに
「だが、そんな異常が起きているなら、実験は中止じゃないのか?」
ひとりの(全裸の)兵士がたずねた。
「普通ならそうでしょうね。ですが現在、こういう異常事態にいの一番に気がつきそうなハルト隊長は王都を離れております。あとはクレノ顧問の目さえごまかせば、我々はブラシの恩恵をその身に受けることができるんですよ!」
「だ、だが。できるのか、そんなこと……」
「もちろんです。そこでシャネル軍曹が知恵をひねってくださいました」
「はい曹長! まずは、このブラシを……俺たちだけでなく全員で使う! ブラシを使ってる連中だけが美しくなってしまうと、ブラシの効果が一気に
シャネル軍曹が持ってきたのは、いかにも高価そうな容器に入れられた化粧水や美容液、保湿クリームやヘアオイルなどの品々だった。王都の高級店、王室御用達の品々で、どれも安くはないが効果が高いとの噂である。
「中途半端はすぐバレるからな。高い金をかけて手入れをして、それで変化があったんだという説得力をもたせるんだ。どうだみんな。ブラシの力で彫刻のような肉体や、鏡をみてもげんなりしない顔を手に入れ、イケオジって呼ばれたいと思わないか……?」
その場にいた裸のおじさんたちが息をのむ。
呼ばれたい……。だが、職務上、それは許されるのかと
そのとき、湯けむりに包まれた湯舟から、ひとりの若者が姿を現した。
「やはりブラシか……いつ始めるんだ? 俺も協力するぜ」
「ケイジ隊員」
実験部隊の最年少隊員にして、ケンカをして毒ガスをまきちらし、マンドラゴラを助けようとして足をくじいたケイジ隊員が湯殿から現れて、筋肉質な裸をさらし、仁王立ちになっていた。
「バカ! 前を隠してからこい!」
「お前はいらないだろ、若いし! そこそこモテてるだろ」
飛んできた野次を受けとめ、ケイジ隊員はまっこうから反論する。
「俺はたしかに、どこに行ってもそこそこモテる! が、それは八割方、若さと筋肉があるせいだ。別に顔がカッコイイから好かれてモテてるわけじゃない。太ってないし、ノリもいいし、身長も
「なんて冷静な自己分析なんだ……」
「それに、俺はもっとモテたい!」
「ご、強欲!」
その隣から、ただ同い年なだけでコンビだと思われているユーリ隊員がぬっ……と姿を現す。なかなかの美青年と噂の痩身をケイジ隊員と並べる。
「俺も、その作戦に協力しますよシャネル軍曹」
「ユーリ隊員」
「お前も前を隠せ」
「おまえはいらないだろ、女子隊員から美形って言われてたぞ」
「いや、俺もだいたいケイジ隊員と同じ気持ちです。美形美形って言われますけど、それはよけいなものが顔面についてないだけの薄い顔立ちってだけなんですよ。実際、女子人気はダントツでハルト隊長なわけじゃないですか。噂のルイス王子も式典のときに間近で見ましたが、ああいうホンモノの美形とくらべるともう全然かすみますよ。あと、背が低いんですよね、俺」
若者たちにもいろいろあるらしい。
かくしてここに、若者とおじさんたちの連合軍が誕生し、ついに作戦は決行された。
連日エルメス曹長とシャネル軍曹がクレノ顧問を朝食に誘い、つまらない話を聞かせ続けたのも、彼の目をごまかすための作戦のひとつだ。
目の前で明らかな変化が起きていても、退屈きわまりなく、かつ女がらみの気まずい話をされたら目も合わせにくくなる。
もともとクレノ顧問は士官で、下士官たちとは生活が別だ。
夕食はついたてのある別のテーブルで食事をするし、風呂の時間帯も違う。
ひとつしかない食堂がこみあって、どうしても士官と下士官が同じテーブルで食事をしなければならない朝食と昼食の時間帯さえ乗り切れば、後はどうとでもなる。
この作戦はみごと的中した。
クレノ顧問が二人の生々しい恋愛遍歴に目をそらし続けている間に、おじさんたちはブラシの力で少しずつ美しくなっていった。
ちりも積もればなんとやら。
気がつけば、いつのまにかエルメス曹長は、髭の似合うダンディなイケてるおじさんになっていた。もともとの高身長と相まってバーテンとかしていそうな雰囲気だ。
いちばん変化が大きかったのはシャネル軍曹だ。
彼は肉襦袢を脱ぎ捨て、細身で高身長になり、レディースの縦読みコミックに出てくる、やたらモテる男上司みたいな、野性味のある色気を手に入れた。
もともとそこそこの容姿を持っていたケイジ隊員やユーリ隊員など、今では動く度に背景に薔薇や百合の花の幻覚が乱れ飛ぶようになった。
もう全員、作画が全然ちがうのだった。
ついこの間までよくてスピリッツとかそのへんだったのに、今や花とゆめやフラワーコミックスが射程に入ってきている。こんなにも美しい兵士たちは、軍隊物の商業BL本にしか存在しないだろう。
おじさんたちは美しくなった自分たちに酔いしれた。
やっぱり、きれいになると気持ちがいいものだ。
体が軽いし、鏡を見ると喜びがある。
頭がフサフサになれば、髪型を変えてみる楽しみもある。
この栄華は未来永劫続くようにみえた。
しかし、彼らは美しさにおぼれるあまり忘れていた。
とうとうハルト隊長が帰還したのである。
*
ハルト隊長は、よく地方軍の突然変異と呼ばれている。
地方軍……それも一番実戦が多く、一番過酷な環境で働かなければならない北部地方軍は
経歴的には確かに動物園からやって来たハルト隊長であるが、彼は心優しいイケメンとして知られていた。
顔枠採用の近衛兵隊長がかすむほどの高身長イケメンでありながら、誰に対しても親切で物腰穏やかなのである。
だが、それはそれとして、彼が北部地方軍出身であるというのはやっぱり純然たる事実だった。
ハルト隊長は北部時代に世話になった人の葬儀に出席した後、のんびり王都に帰還した。
それを出迎えたのは、不幸にも、たまたま見張りに立っていたエルメス曹長とシャネル軍曹であった。
「クレノ、たいへん!」
カレンがすべりこむように、クレノの部屋にやってきた。
「だから、ノックをしろって言ってるだろ~……」
クレノは閲兵式のための魔法兵器について、アイデアすら出せないままに頭を悩ませていた。
「俺はいまいそがしいんだよ」
「そんなこと言ってる場合じゃなくて!
「はあ?」
「しかもボッコボコにしてるのはハルト隊長なの!」
「…………はあ? なんで? ハルト隊長がそんなことするワケないだろ」
クレノ顧問は首をかしげた。ようやくハルト隊長が帰ってきたのだろうか。それにしても、理解しかねる情報である。
「あの、マカロンですら満足に潰せないハルト隊長がするわけないだろ、そんなこと」
「いいから来てってば! 来てくれないと二人が死んじゃうよ!」
カレンの言い分は
クレノが現場に到着すると、そこには目を覆いたくなるほど無惨な光景が広がっていた。