目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第78話 報告書:美しくなるブラシ

『試作魔術式馬体手入器具甲型 評価試験報告書』


 馬の世話はかなりの重労働である。人にくらべ大きく、全身に毛を生やし、また意思疎通も言葉によってはできぬとなると、その体の清潔を保つのは並外れた労力ではない。馬のこととはいえ、それが数十頭、数百頭となると、高名な賢人の知恵を持ってしても、衛生を保つのは困難と思われるものなり。


 『試作魔術式馬体手入具甲型』は、そうした労力から人々を救わんとして開発された器具なり。


 その効果は絶大にして、湯や石鹸などの用具を使わず、馬装を脱ぐ手間もなく、本器によって馬体表面を軽く撫でることのみで全身の汚れを清潔にすることが可能なり。

 この汚れは、泥や汗、血液などその毛皮に付着したものは言うに及ばず、体内から分泌される老廃物をも排出し得る。

 局内における評価試験においては、二十九頭の馬を用意しての試験を行ったが、いずれの試験も比類なき成果を上げたり。


 しかしながら本器には、馬を世話する兵士たちの労力を著しく軽減するものの、ただならぬ混乱を生みかねない効果を有することについても注意が必要なり。

 すなわち本器は馬たちの清潔を保つかわりに、その顔貌を歪め、まったく別の馬に変えてしまうという副作用を有する。それも葦毛の馬が黒毛になり、まったくの駄馬が値千金の駿馬になったりといった劇的な作用なり。


 これが配備されれば、当然、各個体の識別は不可能である。


 そうなれば、馬のこととはいえ、一個の軍隊としての規律を失うことは確定的に明らかと思われる。

 またこの技術が民間市場に流出した場合、そこで生じる混乱は、馬のこととはいえ、取返しのつかないものであると予測する。本器によって、どのような駄馬であれ外見上は駿馬として認識されるのであれば、市場において詐欺的行為が横行することが簡単に予見し得るものなり。馬のこととはいえ、かなりの被害が予想し得る。


 馬に用いられる道具ではあるが、本器が存在することそのものが生命に対する冒とくであると思われる。

 よって本器は、すべての試作品を破棄した上で、研究を凍結するものとする。


 また、馬体にのみ用いることを想定して試作された本器を人体に用いることは、たとえ試験目的に限るとしても被験者に重篤な影響を及ぼしかねないことは強く留意すべき点であるなり。


 騎馬、荷馬に用いることのみが本器の目的であり、あくまでも本器の試作計画が凍結されたものであることは重々承知ながらも、人体に用いることは厳に慎むべきものであるものと考えるものなり。


王国歴435年 兜虫の月28日

魔法兵器開発局

開発局顧問および技術試験隊顧問

クレノ・ユースタス技術中尉



 *



フィオナ姫のコメント『そんなにハルト隊長がこわかったのか?』

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?