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XVヒヤリハットじゃ終われない

第79話 どこにでも窓①


 フィオナ姫は開発した魔法の道具の効果を見せるべく、めずらしくドレスを脱いで運動着を着た。

 そしてヘルメットをつけて兵士たちが掘った塹壕ざんごうの中に入り、ガラスがはまった四角い木製の額縁のような木枠を壁面——もちろん土壁——に取りつけた。すると暗い塹壕の壁に、のどかな草原の明るい風景が映し出される。


「じゃじゃーん! これがわらわの開発した——……」


 『どこにでも窓』と言いかけたそのとき、内部を地震のような微振動が襲った。ぱらぱらと天井から土がこぼれ落ちてくる。


「大地の法、魔法解放アインザッツ!」


 クレノ顧問は先手を打って、大地の魔法を解放する。

 すると、姫様の頭の上にくずれかけていた天井の土が補強ごと取り除かれ、抜けるように青い王都近郊の空が現れた。

 壁のほうは、窓を設置したところから潰れて崩れ落ちてしまった。


「あぶなーーーーい!」

「どうやら窓を設置した部分の壁が本当に窓になってしまい、天井の重量が支えきれなくなったみたいですね。仮に崩れなかったとしても大砲の直撃を食らったらどうなるか……。割れたガラスが飛び散る可能性もあり危険です」


 クレノ顧問は魔法の残りで適当に地面をならしながら、姫様の魔法道具についてため息とともに批評をした。


「このような塹壕にこもりっぱなしでは、兵士たちも気が滅入るじゃろうと思っての発明品なのじゃがな……」

「戦場にいる時点で気が滅入るのはどうしようもありませんよ。どちらかというと排水の悪さや、塹壕足について解決策を出して頂けるとありがたいです」

「ううむ、またもや不採用か」

「これに関しては民間でなら他に使いようもあるのではという気がしますね。ひとつところにいながらいろいろな景色が見られるというのは、娯楽性がありますからね」


 塹壕から這い出ようとするフィオナ姫をエスコートしながら、クレノは言う。兵士たちの役には立たなくとも民間で需要が生まれれば、研究資金の足しになるかもしれない。


「のう、考えたのじゃが。このような塹壕を掘ってもらうのも、実際に使ってみるのも、なかなかに危険じゃ。を使うべきタイミングなのではないか?」

「……」

「クレノ顧問?」

「十分わかってるんです。の必要性はね……」

「クレノ顧問、そのためにはフェミニとの関係をなんとかせねばならぬが……まさかそれをやりたくなさすぎてタスクを先延ばしにしているのではないか?」

「まさか……。姫様こそ、またルイス王子殿下に魔法兵器をパクられるリスクのことをお忘れですか」

「……」


 ふたりはめずらしく共通の悩みを抱え、同じタイミングでため息を吐いた。


「思うのじゃがな、クレノ顧問。我らには良い助言者が必要なのではなかろうか。そなたも閲兵式のアイデアについて行き詰まっているようじゃしのう」

「それについては申し訳もございません……」

「何、あまり気負いすぎるでない。わらわはな、クレノ顧問がつくったものなら、なんだっていいと思っておるのじゃ。パンジャンドラムでも、ドラィピオンでもなんでもな」

「そんなわけにもいかないでしょう。閲兵式は一年間の訓練の成果を陛下にお見せするものなのですから、きちんとした……」

じゃ!」

「それ?」

「——クレノ顧問、そなたは軍規にもくわしく、魔法兵器についていつも知恵を授けてくれる。しかも真面目な男じゃ。じゃがな、考えてもみてほしい。誰がわれらに『きちんと』なんて求めておるのか!?」

「…………たぶん全方位から求められてますよ。特にお菓子の家ホイホイの捕縛に駆り出された部隊は全員思っていると思います」

「ええい、そのようなことは些末さまつなことじゃ!」

「責任から逃れようとしてませんか」

「クレノ顧問はまわりからどう思われるかを考えすぎなんじゃ。我らは魔法兵器開発のために集まった、これまでとはちがう全く新しい組織なのじゃ。まわりから求められるものを作るのではなく、これからの我が国にいちばん必要じゃと思う兵器を作り、それを陛下の目にご覧に入れるべきなのではないか!?」

「…………!」


 それは、クレノがまるで想像もしていなかったような言葉だった。

 これまで、クレノ顧問は成果を取りつくろうような仕事しかしてこなかった。この、何をするでもとんでもない失敗しかしでかさない魔法開発局を、少しでもまともに見せかけようとする努力だ。

 だが、閲兵式は国王陛下に研究成果を見せられる数少ないチャンスである。

 姫様の言う通り、何をするべきではないかを考えるよりも、を考えるタイミングなのかもしれない。


「姫様、魔法兵器に関わらないと、ちゃんとしたことを仰るんですね」

「わらわはいつもちゃんとしておる」

「それは嘘ですよ」

「しておるったらしておる!」



 *



 閲兵式までの三ヶ月のうち、一ヶ月が、ガーゴイルを作ったり、マンドラゴラの調教で兵士が足をくじいたり、ブラシで兵士たちが美しくなったりするというくだらない事件によって過ぎていった。(ちなみに美しくなった兵士たちはブラシの使用をやめてしばらくすると元の容姿に戻ってしまった。)


 ルイス王子のところからもらった『万能戦場シミュレーター・再現する君バージョン1.045』を使うことができれば、先ほどのような事故や兵士たちの労力を減らせるということは、クレノにも大変よくわかっていた。

 しかし、あのルイス王子が『食べられるシャツ』の件にこりて大人しく引っこんでくれるとはとても思えない。

 そうそう何度も同じ手は使ってこないはずだが、相手の考えを完璧に読める魔法兵器が存在しない以上、それは推測の域を出ないのだ。

 そして、それは同時に、フィオナ姫が言う通り一種の建前たてまえでもあった。

 彼女が指摘したとおり、クレノ顧問はフェミニとの接触を避けてきた。

 なにしろ、相手から嫌われているのである。

 接触を避ける以外の何ができるというのだろう。


 クレノ顧問は、ハルト隊長といっしょに『どこにでも窓』のもうひとつの試作品を執務室に運びこんだ。

 フィオナ姫が作り出した『窓』は、重さは大したことないのだが、王宮の窓のように大きかった。


「こんなことで手を煩わせてすまない。フィオナ姫は、物は大きければ大きいほどよいと思ってらっしゃる節があるな」

「なんの。しかし、クレノ顧問。部屋に運びこんで何をするんです? また倉庫送りになるとばかり思っていましたが」

「いつも倉庫に送る前に、一度解析をしてるんだよ。姫様は魔法珍兵器づくりの天才だが、毎度毎度珍兵器ばかり作られると、研究資金がいくらあっても足りないからな。どうしてこんな摩訶不思議アドベンチャーなものばかり量産できるのか調べてるんだ」

「どうやってです?」

「見ていくか?」


 クレノは机の上から、特殊なインクに浸された羊皮紙を一枚取り出した。

 それを天井から吊るした洗濯ばさみのようなものに吊るし、杖を『窓』に向ける。


「……見魔の法、魔法解放アインザッツ


 看破の魔術が『どこにでも窓』から、そこに込められた祈りを抽出していく。

 それは光として現れる。窓からかすかに伸びた光が、濃い青のインクに浸された羊皮紙に当たると、少しこげ臭いにおいを発しながら、文字を転写していく。

 光はゆっくりと祈祷文をつむぎはじめた。


「これである程度は、祈り……魔法を分析することができる。まあ、俺の魔法の精度によっては、看破かんぱできない部分もあるけどな」

「なるほど。これは戦場では、なかなか難しいですね」

「実戦では浮かび上がった光を目視で確認するしかないな。ストックを消費する上に、少し時間がかかるよ……。地方軍では、これだけのために雇われてる魔法使いのアルバイトがいる。魔法開発局にもいるんじゃないかな」

「いままでの魔法珍兵器も解析済みなのですか?」

「うん。大体はな」


 部屋の隅に、羊皮紙を吊り下げたクローゼットのようなものがある。

 そこにあるのは、各珍兵器の『魔法の部分』だ。


「傾向からして、姫様の珍兵器は魔法の部分の出力が高すぎる。マッハじゅうたんがいい例だ。普通の魔法兵器開発者は、あそこまでの速度を追求しない。必要ないってはじめからわかっているからな」

「調整が難しいのですね」

「むしろ俺たちの仕事の大半が調整だよ」


 クレノ顧問は机の引き出しをあけて、薄いレザーのケースを取り出し、ハルト隊長に差しだした。

 ケースを開けると、中にはクシが入っていた。

 ガテン親方特製の、高級な材木を使いていねいに仕上げたクシだ。


「それは『美しくなるブラシ』の出力を、人体に変化を及ぼさない程度に下げて魔法を組みなおし、作り直したものだ。使ってみてくれ」

「はあ……、じゃあ失礼して」


 ハルト隊長は不安げな顔つきで、おそるおそる、その金色の髪にクシを通した。

 髪のわだかまりが解け、さらりとした手触りになる。付着したホコリや砂が落ち、かすかにツヤが出たような気がする。


「…………きれいになりました」


 ハルト隊長は不可解な表情を浮かべている。


「でも、普通のクシと大して変わらないように思います」

「そういうことだ。出力を上げれば効果は絶大。だが人相が骨格から変貌へんぼうするなどの副作用が出る。かといって、人体に影響が出ないように魔法の力を絞ると効果が薄くなる。姫様はこのバランス調整が難しすぎて誰も手をつけなかったような兵器ばかりを、最大出力でおつくりになられているわけだ」

「なるほど……」

「まあそれはそれで、貴重なデータなんだけどさ。それに、できれば……俺は、閲兵式には、を出したいと思ってるよ」

「それはつまり、第二王子派閥のけん制のためですか」


 さすが、ハルト隊長は物分かりがいい。

 ルイス王子は、姫様の木馬軍馬を動力機関に変えた。同じことをすることで意趣返しになると思ったのだろう。



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