「それもある。開発期間も短いし……。それに俺は殿下が描こうとしている
そうクレノは言いかけて黙りこむ。
ハルト隊長は賢い。
けれど、異世界転生者であるクレノと同じものを見ているわけではない。
「——ここから先は不敬罪だな。ハルト隊長はどんな魔法兵器がいいと思う?」
「俺は空を飛ぶやつがいいと思いますよ」
「みんなそれを言うな。フィオナ姫といい」
「派手で、見栄えがしますからね。開発が半端に終わったとしても印象には残るでしょう」
だけど、空を飛ぶ兵器が完成した暁には……。
クレノは何もかも知っていながら知らないふりをするしかできなかった。
「おっと、転写が終わったな!」
クレノ顧問はつとめて明るく言って、天井から吊るした羊皮紙を取り外した。
インクの面には白抜きの文字で祈祷文が写し出されている。
それを読み解きながら「これは……」と声を上げた。
「どうなさいました?」
「思っていたのとだいぶ違う……。この窓、写し出している風景は完全に架空の場所で、絵画か何かだと思っていたが、そうじゃない。あれはこの世界のどこかに実在する場所だ」
ルーペを手に取り、転写されて潰れた文字を読み取ろうとする。
「どうも細部がわからないが、これは、魔法による通信装置として使えるんじゃないか?」
「ですが、風景が見えるだけなんですよね」
「それはそうなんだが。この祈祷文、書かれた年代がわりと古いんだ。もしもこの研究が継続していたら、現在は違う形になっているかもしれない。音声のやり取りができたり、狙った場所を映し出せたり。そういう発展性が見込める魔法だと思う」
「それって、かなり凄い発明品ではありませんか?」
「うん……。……しかもこれ、魔法開発局が書いた祈祷文だ」
「ルイス王子様のところですね」
「そうだな」
クレノ顧問が言って、おもむろに羊皮紙をしまいこもうとする。
そんなクレノ顧問を、ハルト隊長が力づくで止めた。がっちり肩を掴まれて身動きできない。
「クレノ顧問……よくないですよ……。それはよくない」
「ハルト隊長、離してくれ」
「だめです。クレノ顧問、任務に関係のあることを見ないふりをするのは、ダメだと思います」
「少尉」
「だめですったら。そんなにフェミニさんとお話するのが気が重いようであれば、私も同席しますから」
「……一日だけ考えさせてくれ!」
「絶対に一日だけですよ。それ以上は許しませんよ」
「…………はい」
営門前の惨劇は記憶に新しすぎる。ハルト隊長にすごまれ、クレノは可能な限りめいっぱい不服そうに返事をするだけしかできなかった。
とはいえ、クレノにも、早急にフェミニに話をしなければならないことはわかっていた。
魔法による通信が本当に可能ならば、それは、クレノが今一番必要としている魔法だからだ。
*
タイミングよく、フェミニが魔法兵器開発局を訪ねてきた。
ルイス王子のところで開発された試作品を届けにきたという体である。
クレノはカレンに頼み、フェミニと三人で話をする機会をもうけてもらった。
ハルト隊長がついてきてくれると幼稚園の先生みたいなことを言ってくれたが、さすがに男性が増えるのはだめだろう。フィオナ姫も、立場が違いすぎて、結果としてクレノの意見を押しつけることになりかねないので遠慮した。
現在、応接間に案内されたフェミニは、クレノが差し出した羊皮紙を丹念に検分している。
「センパイが言う通り……これは魔法開発局でつくられた祈祷文のようですね。そして、おそらくですが、これはルイス王子が祈念されたようなものの気がします」
「やっぱりそうか」
「はい。まぁ、ルイス王子だというのは、あくまでも祈祷文のクセがそれっぽいという勘でしかないので、ちがうかもしれませんが」
「この祈祷文について、ルイス王子と個人的に話したい。その機会を整えてくれると助かるんだ」
「殿下はお忙しくいらっしゃいますから。もちろん、センパイの希望は伝えてはおきますよ」
「それじゃだめなんだ。フェミニ、閲兵式に間に合わせたい」
「わかりました。できるだけ急いで、ですね。ですが、そちらの無理を通す以上、
クレノは渋い表情だ。
いまのところ、フェミニに過去の話を蒸し返すつもりはないらしい。
——しかし。クレノとカレンは気まずい表情で視線をかわした。
「ちょっと! カレンちゃんと意味深なやりとりをするのはやめてください! センパイには五億年はやいですよ」
「わ、悪い……」
クレノはもう、ここまでのやり取りだけで死にかけのマンドラゴラ並みに渋い表情をしている。
でも(先ほどからしきりにカレンに肘のあたりを突かれているので)話さないわけにもいかない。
「本当に悪いとは思っている、けど……。こちらの研究成果をフェミニ、君に見せるわけにはいかない……」
「どういうことです? 共同研究をするというのは、両者の合意で決めたことですよ。まさか、わたしがセンパイのことを嫌いって言ったからですか?」
「いや、それはちがう。あれはかなりショックではあったけど、フェミニの俺に対する純粋な評価であって、それを仕事に持ちこむつもりはない」
フェミニはうさんくさそうな顔つきでこっちを見ている。どれだけ信頼がないのかと思うと悲しくなる。
「それに、信じてもらえないかもしれないけど、俺は魔法兵器開発局の仕事については真剣なんだ。本気で姫様の夢を支えたいと思ってるし、ハルトたち兵士の仕事を少しでも希望のあるものにしたいと思う。今はそれだけなんだ」
無限にも近い時間が流れた。
フェミニはスカートのひざの上に置いた両手をぎゅっとにぎりしめた。
そして、感情を押し殺した声で言った。
「カレンちゃんを……泣かせたくせに……」
「……フェミニ?」
「センパイがだまっていなくなったから……カレンちゃんがどんな思いをしたか……しらないくせに」
「カレンが?」
クレノは思わず隣に腰かけたカレンを見る。カレンは頬を赤らめていた。髪の毛の赤い色が反射して、とかではなさそうだ。
「フェミニ、いいんだよ。あのときのことは……! あたしは気にしてないんだからさ……」
「よくないよ! カレンちゃんが気にしてなくてもわたしは気にするの。センパイが魔法学校を卒業したあと、だれにもだまって地方軍にいっちゃったから、カレンちゃんがどれだけ心配したか。ごはんも食べれなくなっちゃってさ! それなのにのうのうと帰ってきたりして……センパイはほんとに他人の気持ちとか全然かんがえてなくて、そういうところが信用できないって言ってるんです!」
フェミニに明かされた新事実は、クレノも全く知らないようなことだった。
「……そうなの? カレン」
「いや……まあ……その……確かにそういうこともありましたね。昔のことですけど。はい」
カレンは謎の敬語で視線をそらしている。
それはクレノにとっては全く予想だにしていない過去の出来事だった。
それでか、と思うと、何もかもに納得がいく。
フェミニがクレノのことを嫌っているのは、性格があわないせいもあるが……フェミニは
「……本当にすまない」
パンジャンドラムはクレノの夢だった。でも夢を叶える前に、しなければいけないことがあったと、今なら思う。
「いいんだよ、もうそのことは。あたしはもう折りあいをつけたし、なんだかんだ五体満足で帰ってきてくれたし。それに、あそこで相談とかされてたら、どんな手を使ってでも地方軍行きを止めてたと思う。もしもそうなってたらここで一緒に姫様の夢を応援とか、できなかっただろうしね」
カレンはそう言って恥ずかしそうな表情を浮かべる。
その向こうでフェミニは地獄の獄卒みたいな表情を浮かべ、口の動きと念波だけでメッセージを送って来る。
「わたしの前でカレンちゃんとの
……というメッセージが、クレノにだけ届いた。
「本当にすみませんでした」
クレノは命惜しさにもう一回謝っておいた。
「えーっと、とにかく……。それと、フェミニに研究成果をみせられないというのは、事情が別なんだ」
いざ、木馬軍馬の件を切り出そうとしたときだった。
どたどたと廊下を走る音がして、部屋の扉が開かれた。
「緊急事態です、失礼します!」
扉を開けたのは、厳しい顔つきのハルト隊長とフィオナ姫だった。
「クレノ顧問っ、すぐに来てください!」
「兵士たちがわらわの開発した魔法便利道具『温泉タブレット』を誤飲したのじゃ!!」
「おんせん……なんですって」
「命に関わる! 走りながら説明する!」
フィオナ姫は全身で「はやくはやく」と言っている。
クレノは訳がわからないながらも、後をついて走る。
その後ろから同じく「?」マークを頭につけたまま、フェミニとカレンもやって来る。