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第82話 温泉タブレット②


 フェミニは激怒した。


 かならずあの眉目秀麗びもくしゅうれいな第二王子をわからせなければならぬと決意した。

 フェミニには政治がわからぬ。バカだバカだと言われ続けた子どものときよりもいくぶん頭がよくなったので、完全にわからぬというほどでもないのだが、それと納得できるかどうかはまた別だ。とにかく邪悪に対しては人一倍敏感だった。きょう、フェミニは魔法珍兵器開発室を出発し、野を越え王都をわたり、魔法開発局へともどってきた。フェミニには、まだ両親が健在である。恋人や妹はいないが、幼いときから、立派な魔法使いになるという夢を支えてくれた優しく開明的な両親との三人暮らしである。第二王子に物を言うということは、この両親との穏やかな暮らしに何かしらの影響を与えることであるというのは、フェミニにもわかっていた。

 だが、それでも、言わねばならぬと思った。

 彼女は手習いに通っていたときも、悪ガキどもが「月食は魔女の呪い」だと言うのでそれはおかしいと言った。悪ガキどもがフェミニをなぐって、フェミニは泣いたが、でも絶対におかしいと思ったことをひるがえしたりはしなかった。カレンが来るまで泣きながら殴られていた。

 彼女はそのときと同じ気持ちで、第二王子の前に立った。


「王子、フィオナ姫様の魔法兵器をおパクりになったというのは本当のことですか!? しかもわたしをスパイのようにお使いになって!」

「……ああ、そのことか」

「そのことかとはなんです!」


 ルイス王子は、普段どおり美しい柳のような眉をぴくりとも動かさずに、フェミニに向きあった。

 それに対してフェミニは普段のやさしく、おだやかな姿をかなぐり捨てていた。


「王子……! フェミニは王子のことを尊敬しておりました。このばかでのろまでドジなフェミニを、主席研究員にすえてくださった恩もあります。でも。でも、王子がヨルアサに欠くべからざる魔法使いだからこそ……! フェミニには王子がゆるせません!」

「落ちつきなよ、フェミニ君。あれは全部フィオナのためにやったことだ」

「フィオナ姫様のため……? ではそのことでフィオナ姫様が喜んだとでも言うのですか!?」


 あまりの事態に、魔法開発局はひそかに混乱状態におちいっていた。

 ただの一研究員が、それも貴族の出身でもなんでもない民間の出の研究員が、あの第二王子を面とむかって罵倒しているのだ。

 もしも第二王子が機嫌を悪くしたら。

 フェミニはもう、魔法開発局にはいられないだろう。

 こうなった以上、どこに火の粉が飛ぶかわからない。ほかの研究員はフェミニをかばうこともできず遠巻きにするしかできないでいた。


「フェミニ君……声が大きいよ」

「フェミニには宮廷のことはわかりませぬ。ですが、これは、王子のような殿方がやってはいけないことというのはわかります。フェミニは、そんなようなやり方は大嫌いです!」

「そうか。じゃあ、どうするんだい?」

「フェミニは……フェミニは、そんな王子とは……もう!!」

「…………え?」


「え?」と思ったのは、ルイス王子だけではなかった。


 その場に居合わせた全員が「え?」という顔をしている。

 それまで激烈に怒って、王子をいさめるためならなんでもするとばかりに正義の炎をもやしていたフェミニは頬をまるく膨らませ、腕を組み、そっぽを向いている。


「話してくれないって……話してくれないってこと……?」

「…………」

「フェミニ君…………おーい。まさかきみ、本気で?」

「…………」

「フェミニ君…………ねえ、ねえちょっと、フェミニさん…………?」

「…………」


 その後、フェミニの「話してあげない作戦」は一週間ほど続いた。


 ルイス王子は、まさか王族に対してこのような作戦を取ってくるおもしれー女が自分の部下の中にいるとは思わず、ずいぶん意表を突かれたようで、この件については全面的に自分の非を認めて不問に処したという。


 そして、人伝いに事の顛末てんまつをきいたクレノ顧問は息の根が止まらんばかりに驚いた。

 それが本当ならフェミニは打ち首でおかしくないと思えたからだ。でもそうはならず、温泉タブレットマーライオン事件の後、フェミニは頻繁にフィオナ姫のところに遊びに来るようになったのだった。


 王国歴435年、蝉の月3日のことであった。

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