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【番外編④】カイル王子とルイス王子(第21話後)


 ルイス王子は食堂で野菜だけの簡単な食事を摂ったあと、紅茶をもらってくつろいでいた。食堂といっても、そこは王宮の一角にある、9人もいる王子王女のための食堂だ。昔は大勢いる弟妹たちとにぎやかに過ごしていたが、ここのところはそれぞれにやりたいことや夢中になっていることができ、全員が一堂に会することはなかなかなくなってしまった。

 そのことを思うとき、ルイスのその紫水晶の瞳は寂しげに曇った。

 ひとしきり新聞を読み終わったところに、第一王子であるカイル王子が姿を現した。オレンジがかった金色の、たてがみのような髪をなびかせてやってくる。


「おや、王宮で朝を迎えるなんてめずらしいですね、カイルお兄さま」

「ああ、ルイスか。公務の都合で仕方なく……な」

「とうとう軍隊暮らしがお嫌になったのかと思いましたよ」

「何を言う。俺は軍隊が好きだ。兵士たちが大好きだし、彼らとともにこなす訓練も好きだ。行軍が好きだし、演習も好きだ。それから……」

「なんかやばそうなのでそれ以上はやめていただけます?」

「言っているだろう、昔から。俺は王様よりも元帥げんすいになりたいんだ。だから、はやく俺のかわりに即位して、ヨルアサ国王になってくれよ、ルイス」


 ルイス王子はため息を吐いた。

 カイル王子は何食わぬ顔でコーヒーを飲んで、朝食に手をつける。

 王様になって冠をかぶるのではなく、ヨルアサ軍をべる元帥杖げんすいじょうを持ちたいというのは、王宮で暮らすものなら誰でも一度は聞いたことのあるカイル王子の世迷言だった。


「そんなことできるわけないでしょう。ボクにめんどうくさいことを全て押しつけているだけではありませんか」

「俺は、お前が適任だと思っているよ。それに俺が王様になったら、やっぱりお前にもいろいろ働いてもらわないとならないんだし。だったらお前が全部ひとりでやったほうが手っ取り早いじゃないか」

「やめてくださいよ。ボクの望みは魔法の研究、ただそれだけです。そんなに元帥におなりになりたいのなら、玉座に座って同時に元帥杖を持たれたらいいでしょう」

「馬鹿を言え。そんなことしたら、いくら俺でもあっというまにこの国を腐敗と汚職の温床おんしょうにしてしまう」


 ルイス王子は黙った。

 ルイスを見つめ返すまなざしはどこまでもんでおり、独特の圧がある。

 カイル王子はヨルアサ王国軍を愛している。そして兵士たちからも同じだけの熱量で愛されている。カリスマだ。

 本人は自分のことを自分で「筋肉ばか」だとか「体力しか秀でたところがない」と言ってまわっているが、本当は兄弟たちのなかで一番の切れ者だ。軍のことを愛し、それに情熱のすべてをかたむけているだけで、器は王の風格だった。


「そういえば……ですけど。お兄さま、もうご覧になりましたか? 軍に新しく配備された防具のこと」

「は?」

「アーマス・キャネン卿の肝いりで。ほらあそこにあるでしょ、あれです」


 カイル王子がパンを食べるために開けた口をそのままに首をめぐらすと、窓辺に白銀の全身甲冑が飾られていた。


「どう使ったらいいのかわからないから、王宮の飾りにでもしようかと思って持ってきたんですけどね。あまりにもそこにあるのが自然すぎるので誰も気がつかないまま数日たっちゃいました」

「……はあ!? なんだあれ!!」

「ですから、兵士たちが着る新しい防具ですよ。すでにアーマス卿は量産化に向けた新工場を建てて、各地から往年の鎧職人たちを呼び集めているそうですよ」

「そんなばかな話があるか! 思いとどまらせに行く!」


 カイル王子はテーブルナプキンを放り捨てると、足早に食堂を出た。

 ルイス王子はおかしそうにクスクス笑いながらその後ろをついていく。

 その笑い声はいたずら好きな妖精のようにも、悪魔のようにも思える。

 少なくとも、カイル王子が公務に気を取られているあいだ、事態を黙ってみていたいたずらっ子ではある。


「いいじゃありませんか。もしかしたら本当に使えるものなのかもしれませんよ」

「無理無理、ほんとうに銃弾をふせぐほど厚いよろいとなると総重量20キロ以上にはなる。動けん!」

「あれ? もしかしてもう試されました?」

「勘だ!」

「なんだ、勘かあ」

「あのなあ、この国でいちばん軍に詳しい男は誰だと思う? 俺だ。その俺がいらんと言っておるのだから、いらんのだ!」


 廊下に軍靴の音を響かせながら、出勤のためにとまっていた馬車に乗りこむと、一路アーマス卿の屋敷に向かった。





「とは言ったものの……」


 馬車の中でカイル王子は悩んでいた。

 取るものもとりあえず飛び出して来たはいいものの、どうすればアーマス卿を説得できるかといったところは考えずに出て来てしまったからだ。

 すっかり頭に血をのぼらせていたせいだろう。こういうとき知恵を働かせてくれる弟を置いてきてしまったことに気づいたときには後の祭だった。

 もちろんルイスは、兄が困るのを見越して、みずから王宮に残ったのだろうことは言うまでもない。

 どうしようかと思案しているうちに目的地が近づく。

 そのとき馬車の窓から、橋の上にヨルアサ王国中央軍の制服を着た兵士たちふたりがぽつねんと立ちすくんでいるのを見つけた。


「馬車を止めろ」


 ふたりとも六十がらみの年かさの兵士で、名前も顔も知らなかったが、背の高いほうが曹長で、低くて太っているほうが軍曹だということだけはわかる。

 ふたりも停まったのが王宮の馬車であることがわかったのだろう。おどろきながらも居ずまいをただした。

 カイル王子は少しだけ窓を開けた状態でたずねる。


「お前たち、ヨルアサ王国軍の者だな。所属と名前を名乗れ」

「はっ。魔法兵器開発局実験部隊所属、エルメス曹長そうちょうと申します」

「同じく、シャネル軍曹ぐんそうであります」

「ここで何をしておるか」

「は。アーマス卿のお屋敷に届け物をしに向かうところであります」

「アーマス卿の屋敷はこの通り向こうだ。私も行くところだ、道がわからぬなら送って行こう」

「あのう、どなたか存知あげませんが、高貴な方と存じます。そのような方に恐縮ではございますが——じつは我々は道は重々承知の上、途方に暮れているのであります」

「というと?」

「その、届け物の内容がちょっと。届けていいものなのかどうか……。いや、上官命令ですので逆らうわけにはまいりませんが、これを届けたら最後、貴族の方々の不況を買うことになるのではと心配しておるのです」


 エルメス曹長はそう言って、シャネル軍曹が抱えている大きな荷物を見る。

 ぶかっこうに布で覆われたそれは、かなりの重量なのか、持ち上げるのも億劫おっくうそうだ。


「ほう、その届け物、中身が気になるな。見せてみよ」

「えっ。いや、それは——。軍のものですから……見せてもいいものかどうか」

「魔法兵器開発局といったな。新設の部隊だ。まさか、何か危険なものを運んでいるのではなかろうな」

「そういうわけではございません」

「確かめさせてもらおうか」


 このままではらちが明かないとばかりにカイル王子が馬車から降りて姿を現すと、ふたりは顎が外れそうなくらいに驚いた。


「か、カイル王子殿下!?」

「しーっ。騒ぎになりたくないんだ、いいからはやく見せてくれ」


 シャネル軍曹はあわてて、荷物の覆いを外してみせた。

 中から現れたのは、|》だ。それはよくみると、あちこちへこんで穴まであいた鎧の胸の部分なのだった。


「……これは?」

「アーマス卿がわが部隊に配備してくださった……その、新しい武具なのですが……」

「試し撃ちの的にでもしたのか?」


 エルメス曹長は、青いを通りこして紫色の顔色になり、庇いきれずにすべてを白状した。


「はい、殿下の仰る通りです。上官はアーマス卿の心遣いであるこの鎧をみるなり腹を立て、何十発も銃弾を撃ちこんだあと卿に“いずれお前もそうなる”と伝言せよと命令したのです」


 それで基地を出発して出てきたはいいものの、まさか貴族の屋敷に乗りこんでいって、そんな無礼を働くわけにもいかない。川にでも放り捨てて証拠隠滅しようかと悩んでいたところに、カイル王子が通りがかったというわけだ。


「あのっ、これは気の迷いのようなものなのです。どうか、カイル王子殿下……大将殿におかれましても、お気を悪くすることのないよう……」


 しかし、カイル王子は気を悪くするどころか、金属の塊をしげしげと眺めて表情を明るく輝かせ、快活な笑い声を立ててみせた。


「はは! おもしろい男がいるものだな! 俺と同じことを考えるやつがいるとは!」

「エッ……おもしろい、ですか? 無礼千万ぶれいせんばんではなく」

「無礼千万は無礼千万である。角が立つという心配ももっともだ。その上官とやらは思慮深い部下をもったな。よし、相わかった。——その役目、俺がかわろう」

「エエッ、殿下が!?」

「まあ俺に腹を立てても腹が立ったという奴はなかなかいないからな。お前たちの上官の名前をきいておこう」

と申します」

「技術中尉? ますますおもしろいな」


 カイル王子は手土産をもち、再び馬車に乗りこむと、颯爽と行ってしまった。

 その後、エルメス曹長たちは魔法兵器開発局にもどり、荷物は突然あらわれた第一王子が持ち去ってしまい届けられなかったと報告すると、クレノ顧問はまるでその話を信じようとしなかった。


 しかし、命令を果たせなかったことをとがめられることはなかった。




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