いつか言ったように兵士の仕事は走ることである。
仕事が休みの日、クレノは定時に起きて運動着に着替えて隊舎を出た。
準備運動をして、ゆっくりしたペースから段々ペースを上げていく。
生前はそれほど得意ではなかった運動だが、転生後はそれほどつらくない。軍属になって訓練を積んだから、というのと、元々の運動神経もあるだろう。クレノ・ユースタスの先祖が代々、まじめに畑を耕していたおかげだ。
しばらくすると、進行方向に同じように運動着に着替えた女性隊員の背中が見えて来る。短い赤毛に、三つ編みが揺れている。カレンだった。
「おーい、カレン、今日休みじゃなかったっけ」
呼び止めると、カレンはペースを落とした。
「おう、そっちこそ真面目じゃん。技官さんは走りこみとかしなくてもいいんじゃないの」
「まあなー……免除されてはいるけど、やっとかないと落ちつかなくてさ。カレンこそせっかくの内勤だろ」
「あたしも同じ。なんか落ちつかないんだよね。それにどっちかっていうと体動かしてるほうが得意だしさ」
「まあ、意外な進路だよな、お互いに」
「あたし、クレノが地方軍に入るとは一度もきいてないんですけど?」
「悪い……」
カレンの声は責めるような響きがあった。
「話したら止められるような気がしたからさ」
「そりゃ止めるでしょ。地方軍で何の仕事してたの?」
「何って、今と大して変わらないですけど……。魔法兵器作って、評価試験に駆り出されて……」
「実戦は?」
「あー……まあ……俺は魔法が使えるほうだから……魔法兵器の起動につきあわされたりはあったかな」
「技官なのに?」
「魔法兵器って、誰が使ってもいつも同じ効果がでるわけじゃないよ」
「そうなの?」
「そ。あれも一応魔法の産物だから、工兵、歩兵、騎兵で微妙に効果がちがうんだよね。カタログスペックを出すなら魔法使い兵がいるんだ」
「そうなんだ」
「だからハルトたち実験部隊が必要なんだよ」
「へえ~……」
兵士たちは、魔法使い兵のように魔法を使う準備を日頃からしているわけではない。しかも、現場に出れば血や泥で汚れる。
身の
「カレンはなんでこの仕事やろうと思ったんだ?」
クレノが話題を変えると、カレンはとたんに不機嫌そうな表情になった。
「なんだよ、女の子が事務とかしちゃいけないわけ」
「いや、軍人になるとは思わなかったから」
「べつに。たまたま……なんとなく……」
カレンは言いたくなさそうだ。
それもそうだろう。カレンとは学生時代、なんの相談もなく地方軍に入り、それきり音沙汰もなかったのだ。
ふたりの間にぽっかりと開いた年月は小さいものではないということだ。
「じゃあ、俺、ペース上げるから……」
クレノはカレンから距離を取った。
学生時代の親交をとりもどすのは、もう少し時間がかかりそうだ。
*
クレノが行ってしまうのを、カレンは黙って見送った。
走るペースはゆっくりになり、やがて立ち止まる。
みるみる開いていく距離が、魔法学校卒業後の進路とかさなって、胸を押しつぶすみたいだ。
「あたしが軍に入ったのは、少しでもお前に近いところにいるためだよ。……ばか!」
クレノの姿が完全に見えなくなってから、カレンは小さな声でののしった。