フィオナ・エーデルワイス・ヨルアサは、言わずと知れたヨルアサ王国の第三王女である。
その母親は貴族ではなく平民から選ばれた妃であった。
活動的な王妃は宮中を留守にしがちで、フィオナ姫は侍女たちやほかの兄弟姉妹に育てられたと言っても過言ではない。
そんな彼女の幼少期を見守っていたのが、当時はまだ宮仕えをしていたガテン親方であった。
ガテン親方は王宮内にある工房で王族からの依頼にのみ応じる特別な職工であった。得意とするのは木工で、王子たちや王女たちが小さい頃は様々な遊び道具を作っては献上していた。
国王陛下は、子どもが生まれると決まってガテン親方の工房を訪ねてやって来た。
お祝いの贈り物を手作りするためである。
「わしがもっと器用であったら、もっといろいろ作れるじゃがのう」
「陛下、子どもが遊ぶものですから。安全安心がいちばんです」
国王陛下がガテン親方と作るのは積み木のセットである。
木材を切り出すところからはじめ、やすりがけや彩色まで、ガテン親方の手を借りつつ、自分の手でやるというのが国王陛下のこだわりである。
王として忙しい身ではあるが、いつもこの贈り物だけは欠かしたことがなかった。
「取りあいになるとかわいそうじゃからのう……」
などと言いながら作った、大きさ種類、色や積み木を入れる箱まで、すべて同じ積み木セットは今でも王宮のどこかに9セット分あるはずである。
第三王女が五歳の誕生日をむかえた春のことである。
ガテン親方の工房にフィオナ姫がひとりで姿を現した。
いつも兄上や姉上のうしろについて回っていた姫君が、たったひとりで王宮の端までやってきたのである。
来訪は事前に知らされておらず、ほかに数人いる職工たちも手を止めて驚いていた。
「……おぬしがガテン親方か?」
「はい、フィオナ姫様。さようでございます」
「では、この積み木を作ったのもそなたであろう」
フィオナ姫は年上の職人たちに見つめられ、モジモジとしながら、後ろ手に隠した積み木のセットをみせた。赤や青、黄色に塗り、鳥や花などの絵を描いたそれは、国王陛下手作りの
「はい、ですが、そちらの品をお作りになられたのは国王陛下でございます。このガテンは作り方を指南し、ほんの少しお助けしただけでございますよ」
「父王様が……」
もちろん忙しい国王陛下にかわってガテン親方が仕上げた部分も多々あるが、それでも子供たちに長く使える遊び道具をと考え、積み木を作ろうとしたのは国王陛下のあたたかな御心である。
フィオナ姫は積み木をじいっと見つめ、それから何かを得心したように、丸いほっぺたをふくらませてほほえんだ。
「あの……あのね……フィオナも、ガテン親方に教われば、これを作れるのか……?」
「積み木をですか?」
「そう……。でもそれだけじゃなくて……。もっといろんな、いろんなものを作ってみたい!」
「フィオナ姫様……! それはそれは。とてもよいお考えでございますな」
「ほんとか!」
フィオナ姫は顔を輝かせて笑った。
国王陛下の子どもたちが様々な才に長けているということは、このときにはすでに宮中で知らない者はない話だった。カイル王子は幼い頃から剣を振り回し、すでに入隊する部隊を決めていた。ルイス王子は誰よりも魔法が強くなってしまい家庭教師が逆に教えをこうこともしばしばだという。
フィオナ姫がものづくりに興味を示したのも、そうした才能の
ただ、はじめてみると兄姉たちと違い……フィオナ姫は不器用で、とくべつ才能に恵まれているとは言えなかった。
貴重な素材を壊したり、とんでもないデザインを起こしたり、弟や妹が使うベビーベッドにへたくそな絵を描いて赤ん坊に泣かれたり、ケガをしたりということをしばしばくりかえしたのである。
それでも工房に来て何かを作るということは好きなようで、ときどきひとりでやって来てはガテン親方の仕事を手伝っていた。
そんな姫様を、ガテン親方はいつも暖かく出迎えた。
ガテン親方だって、特別な才能があったわけではない。
十代の何もわからないうちに町工場に弟子入りし、腕をみがいて王宮に召し抱えられたわけで、そんな彼が姫様を邪険にするはずもなかった。
工房はいつもフィオナ姫の大切な居場所だった。
そんな姫様のそばにはいつもあの積み木があった。
「わらわは、この積み木がだいすきじゃ。母上がいなくて寂しいときも、これを見るとあたたかな気持ちになれる。こういうものを人の手が生み出せるというのはすごいことだと思うのじゃ」
そんな姫様が14歳になり、魔法兵器を作ると言い出したとき、ガテン親方はまっこうから反対した。
「姫様、魔法兵器をつくるということは、積み木を作るのとはわけがちがいます」
「わかっておる。じゃが、ヨルアサ王国にとって必要なことじゃ。ガテン親方にも手伝ってほしいのじゃ」
「国にとって必要なことであるというのはわかります。しかし、姫様にとって必要なものではありません!」
まだ若い姫君は、兵器が何であるかを知らない。
それはフィオナ姫を不幸にすることはあっても、幸福にすることはないものだとガテン親方には思えてならなかった。
それでもフィオナ姫はあきらめない。
「確かにそうかもしれない。じゃが、わらわの夢には必要なものじゃ」
「姫様の夢とはなんですか?」
フィオナ姫は周囲の様子をうかがい、ガテン親方の耳にだけ、その夢を話して聞かせた。
『フィオナは、この国ではじめての女王様になりたいの。』
ガテン親方は驚いた。
どれほどの才能があっても、ほかの王子たちや王女たちの誰もが語らなかった夢を、この少女だけが口にしたことに。
しかしガテン親方には積み木の作り方を教えることはできても、どうすればこの少女が女王になれるのかだけは教えることはできない。
最後には勧誘に折れて、ガテン親方は宮廷を去り魔法兵器開発局にやって来た。
そして、いつか姫様が女王になる日を夢に見ているのである。