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第100話 一人用携帯瞑想ポッド②


「じゃんじゃかじゃーん!! これがわらわらが、わが国の魔法兵器開発を日夜支えてくれておる魔法使いたちに今、まさに贈りたい魔法兵器! 一人用携帯瞑想めいそうポッドじゃ!!」


 そう言って姫様がクレノとカレンを呼び出して見せつけたものは、人が入れそうなほど大きな長方形の箱だった。

 何に使うものなのか外見からはまったく予測できない。

 正面に扉がついているので、その中に入るのだろうということくらいはわかる。


「……何なんですか、これ。公衆便所?」

「言っていいことと悪いことがあるのじゃぞ、クレノ顧問」

「俺もそう思いますが、姫様の前科を考えると十分ありえる可能性ですよ」

「わらわはおトイレなど作っておらぬ! これは、そなたたち魔法使いを……とくに魔法使い兵をサポートするために作っておるのじゃ。少しはありがたいと思って受け止めてほしいものじゃ!」

「魔法使い兵たちのサポート? どういうことですか?」

「以前クレノ顧問から聞いたところによると、魔法使い兵にとって、お祈りはとっても大事なことなのじゃろ? 集中力が大事じゃとも言っておった」

「はあ、まあ、それは言いましたけども」


 この世界の魔法は神々から下される神聖なものだ。

 とくに軍用の魔法を得るための魔法使いの祈りはかなり厳格で、決まった手順通りに儀式を行い、祈りの言葉を一語一句間違えることなく唱えなければ使えない。


「高い集中力を発揮するには、やはり周囲の環境が大事じゃと思うのじゃ。静かで、誰にも邪魔されない環境じゃ。しかし、軍の生活は集団生活が基本。プライベートな空間を確保するのも難しいはずじゃ」

「まあ、そうですね……。俺は個室が用意されていて部屋では基本ひとりですから、あまり気にしたことはないですが……他の者は違うでしょう。祈りは比較的静かな早朝と夜間の時間帯に行いますが無音というわけではありません」

「あたしはけっこう、ちょっとした物音とか気配とか気になっちゃうほうかも……。実は何度も中断してしまって祈り直しとかしてるんですよね」


 カレンは少し恥ずかしそうに言う。

 これはもう、それぞれの性格の違いというしかないだろう。


「そうじゃろうそうじゃろう」


 フィオナ姫はわけ知り顔でうなずいていた。


「そこで使ってみてほしいのが、今回開発した一人用携帯瞑想ポッドじゃ! これは組み立てが簡単で運搬可能な、お祈りに最適な環境を提供する専用個室なのじゃ!」


 姫様は自信満々に言って、ポッドの扉を開く。

 祈りに最適な空間……といっても、内部はただ白いだけの小部屋だ。


「ぱっと見……ただの間仕切りでしかないような気がするんですが……。壁もそれほど厚みがあるわけでなく、防音に適した素材というわけでもないですよね」

「そう言うな、顧問。中に入ってみよ。入ればわかる。入ればわかるから!」

「はあ……仕方ありませんね……」


 カレンは心配そうな顔をクレノに向けている。

 何度も死にかけているだけに無理もない反応だ。

 だが、ここでクレノが拒否すればカレンが先にこの訳のわからない箱に入ることになるだろう。

 とてもカレンにそんなことはさせられない。

 クレノ顧問は覚悟を決めて狭苦しい箱の中に入り、底のところに正座した。


「それじゃ、扉を閉めるぞ。これも評価試験のうちじゃと思って、実際にお祈りをしてみてくれ!」

「はい……わかりました……」


 フィオナ姫が扉を閉める。内部に明かりらしきものはないので、唯一の光源を失い周囲が暗くなる。

 その後、不意に明かりがついた。


「……えっ」


 あわてて天井を見上げるが、そこには『白』という色しかない。

 左右に首をめぐらすが、天井と同じく白一色だ。先ほどまで見えていたはずの箱を形作っている壁や、壁の継ぎ目、扉といった要素は全く見えなくなっていた。

 恐る恐る手を伸ばすと、その指先は壁があったはずのところを突き抜けていく。

 目の前にあるのは、ただただ白一色が広がり続ける無限の空間だった。


「えええっ!? 何これ、どーなってんだ!?」


 思わず声を上げるが返事はない。

 ポッドの内部には恐ろしいほどまでの静寂があった。

 外部の音は一切せず、自分が発する物音だけがする。


「姫様! 姫様、そこにいるんですかーっ!?」


 大きな声を上げるが、返事はない。

 まるで『精神と時の部屋』みたいだ。

 もちろん本当に異次元に飛ばされたわけではないだろう。とにかく音がせず、白い色しかないので感覚がおかしくなっているのだ。ポッドの外には、そんなに離れていないところに姫様とカレンがいるはずだった。

 ひとまずクレノ顧問はなんとか心を落ちつける努力をしてみることにした。

 これも一応は評価試験のうちだ。

 杖を抜き、試しに祈りを捧げてみることにした。


(炎の神よ——……)


 目をつぶって、一番慣れ親しんでいる祈りの文句を頭に思い浮かべる。

 だが、まぶたを閉じてしばらくすると、不安に襲われて祈りどころではなくなってきた。

 というのも、あまりにも音がしないために、かえって自分の呼吸音や心臓の鼓動、衣擦れの音などがやたら大きく聞こえてくるのだ。

 とくにおかしく感じられるのは『時間』の感じ方だ。

 外の世界では時計がなくとも、太陽の高さや気温の変化など様々な要素が時の流れを教えてくれる。しかし、この空間にはそれが全くない。

 唯一の時間をはかる手段が心臓の拍動なのだが、祈りに集中力を割くと、それも遠くなり、やがて失われる。

 この空間に入ってから、すでに数十分経過しているような気もするし、数時間はたっているような気もする。

 目を閉じていてもつらいが、開けているのも地獄だ。

 上下左右、真っ白な空間しかないので平衡感覚が狂いそうになる。クレノ顧問はいま箱の中に座っているが、だんだん床がそこにあるという確信がなくなっていく。気を抜くと、真っ白な空間に『落ちて行く』ような気がする。


「——姫様っ! カレン! もう駄目です、出してください!! たすけて!!」


 とうとう限界を迎えてクレノが叫び声を開けると、ガチャリと音がして外から扉が開いた。

 フィオナ姫とカレンが心配そうに顔を並べ、中を覗きこんでいる。

 その瞬間に真っ白な空間はただの箱に戻ったが、クレノはたまらず外に逃げ出した。


「なっななななな、なんなんですか、この恐ろしい箱は!?」

「なんじゃ、クレノ顧問。こらえ性がないのう。まだ五分もたっておらぬぞ?」

「ご、五分?」


 慌てて時計を確認するが、姫様の言うとおりだった。


「まさか、そんな……! 中に入って三十分以上は経っているはずだと思ったのに……?」

「ちゃんとお祈りはできたのか?」

「無理、無理ですよっ!」


 青い顔をしているクレノをみて、カレンは「おおげさだなあ、クレノは」と言って、のんきに笑っている。クレノがあの箱の中でどんな目にあったか、まるでわかっていないのだろう。


「よーし、次はあたしが挑戦するよ!」

「やめたほうがいい、カレン。これは忠告じゃない。警告だぞ! 中は危険だ!」

「なーに言ってるんだよ。大丈夫。クレノと違って、あたしは根性あるんだから!」


 何を根拠に、と思ったが、しかしあの危険さはなかなか言葉では伝わらないだろう。


「いいか、カレン……。五分たったら、必ず扉を開けるからな!」

「五分じゃろくにお祈りできないよ?」

「わかった。じゃあ、十五分……いや。十分だ」

「十五分でいいよ。クレノって閉所恐怖症なんじゃない? こんなの楽勝でしょ!」


 カレンはそう言って笑いながら中に入って行った。

 外から扉をしめる。

 そのまま、何事もなく五分が過ぎ、十分が経過した。

 約束の時間まで、あと五分ある。

 そのとき、クレノは突然の不安にかられてフィオナ姫にたずねた。


「あの、姫様。俺が中に入っているとき、何度か外に呼びかけていたと思うんですが。あれって聞こえていたんですか?」

「ん? これは完全防音じゃからな。中におる者が何を言っても外には聞こえぬぞ?」

「ええっ、なんですって!? か、カレン!!」


 慌ててポッドの扉を開くと、中から涙で顔をぐしゃぐしゃにしたカレンが飛び出してきた。


「ふっ、うえええっ、クレノぉっ……!」

「だ、大丈夫か、カレン!」

「なんで助けてくれなかったんだよ!! 十五分たったら開けてくれるって言ったじゃん!!」


 救われた喜びよりも、助けてもらえなかった怒りが勝ったのだろう。

 カレンはクレノ顧問をグーで殴った。


「待つのじゃカレン、そなたが入ってから、まだ時間は十分ほどしか経っていないぞ!」


 カレンはこぶしを振り抜いた姿勢のまま、時計を見て「ハッ」とした表情を浮かべていた。

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