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第102話 一人用携帯瞑想ポッド④


 かろうじてフェミニの人権は守られた。

 これも日頃の行い、日々の祈りがもたらす神の加護だったのかもしれない。

 トイレから戻ってきたフェミニは暗い顔つきで瞑想めいそうポッドを指さして「あいつはボツにしましょう」と言った。


魔法開発局ルイス王子のところの連絡員としてこれは危険すぎる兵器だとご忠告申し上げます、どうかお考え直しくださいませ、フィオナ姫様」

「えーっ。フェミニ、そなた三時間もこもっておったぞ。気に入ってくれたのではなかったのか?」

「気に入ったのは気に入ったんですが、これは……恥をしのんで言いますが、かくかくしかじか、こういうありさまでして……」


 フェミニの口から語られた、年頃の乙女にあるまじき意識の変容は、クレノ顧問やカレン、そしてフィオナ姫をもゾッとさせるにふさわしいものだった。


「人前でおしっこをしたくなってしまうなんて、そんなの人権侵害です。絶対にゆるされないですよ!」


 こうなってくるとポッドは相性が悪い者にとっても地獄だが、相性が良い者にとっても地獄という、誰にとっても不幸な発明品になりつつあった。

 さすがのフィオナ姫もいくらか気落ちした様子だ。


「そんな……そなたたちに喜んでもらうために開発した兵器じゃというのに」

「フィオナ姫様。お気持ちはありがたいのですが、俺もこの兵器はボツ……というか破壊処分したほうがいいと思っています」

「クレノ顧問、そんなにひどいかのう?」

「これはある意味、職務放棄に当たるので黙っていようと思いましたが、姫様のためにはなりませんからお話ししておきますね」


 クレノ顧問は居住まいをただし——顔に青アザができてはいたが——ひざまずき、視線を合わせながら真剣にフィオナ姫に語りかける。


「確かにこのポッドを使えば、戦場であっても魔法使い兵が魔法を再装填できるようになるかもしれません。それ自体はすごい発明です。ですが、これを使えば魔法使いたちは魔法を使い続けるだけの機械になってしまうでしょう。たとえ精魂尽き果て、気が狂ったとしても祈ることができればそれでよい、というような……」

「そんな! そんなつもりは、わらわにはないぞ」

「いいえ。姫様にがなかったとしても、前例を作ってしまえば必ず、絶対にそうなります。戦場の狂気とはそのようなものだからです。今はまだポッドに入るかどうか、祈りをささげるかどうかを魔法使いが選ぶことができます。ですが、そのうちに強制的に祈らせるような仕組みになっていくはずです」


 そしてその方法は簡単なものだ。銃を後ろ頭に突きつけて「ポッドに入れ」と命じるだけでいいのだ。


「魔法使いは祈りのための機械ではありません。神々もまた、人の願いを叶えるための奴隷どれいではないのです。そうした行いが続けば神々は人を見限り、加護は失われてしまうでしょう」


 フィオナ姫はショックを受けた様子だった。

 二本の金色のシッポが、力無くうなだれていく。


「もしかしたら、今後そういうやり方が戦場を支配する日が来るかもしれませんが……それはフィオナ姫様が王族としてすべきことかどうか、今一度お考え直しください」

「うむ。そなたの言うとおりじゃ……。わらわは魔法使いたちを苦しめたいわけではなかったのじゃ。許してくれ」


 こうして姫様は反省し、一人用携帯瞑想ポッドは破壊処分し、開発に関わる書類の一切合切は破棄されて『』になった。


 なかったことになったのは結構なことだが、すでに日は傾き、部屋には西日が射しこんでいる。

 ここでクレノ顧問が茶番を演じているあいだ『空飛ぶ鯨号』の開発はなんら進んでおらず、遅れに遅れまくっているのであった。


 王国歴435年蝉の月15日のことであった。

 いやいや本当にまずいぞ、大丈夫なのか?



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