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第104話 魔法をこめられて①


 魔法兵器開発局では全部署の代表者を集めて緊急会議が開かれていた。

 だいたいいつもの面子めんつだが、今日は主計課のオジ課長も来ている。


「えー……本日の議題はですね。薄々皆さま勘づかれていた通り……『空飛ぶくじら号』建造のための予算が足りません!」


 カレンはなるべく元気に、明るい声音で言った。

 クレノ顧問は荷物をまとめて立ち上がった。


「なるほどな。じゃあ、この件は終わりですね。俺は無人島に戻ります!」

「行くな! クレノ顧問! 問題を何とかするための会議じゃ!」

「姫様が変ちくりんな兵器開発ばかりしていたからこんなことになったんですよ」

「すまぬ!」

「大体なんとかしようと思って何とかなる議題なんですか、これは」


 主計課のオジ課長はなんとも申し訳なさそうな顔つきで、暑くもないのに必死に汗をぬぐっていた。


「それが、材木の値段がずいぶん高騰こうとうしておりまして、全体の予算を圧迫しているんです。ついでに、じゅうたんの仕入れにも手間取っております。新しいじゅうたんの製造ラインを押さえることができません……」

「なんでそんなことに? 誰かが新しい宮殿でも作ってるのか?」


 ちらりとフィオナ姫をみる。

 フィオナ姫は首を横に振った。


「そうではないのじゃ、クレノ顧問。そなたもヒルノ地方北西部に移民がやってきておるのは知っているじゃろう」

「む、まさか。ですか」

「そのまさかなのじゃ」


 近年、隣国シソー公国は先住民族であるムリカ族の排斥はいせき運動を行っていた。ムリカ族が居住する豊かな湖沼こしょうや森林地帯を奪うためだ。

 土地を失ったムリカ族は『許可なく国境を越えた者は殺す』と明言しているシンダーナ神聖帝国を避け、ヨルアサ王国に流れて来ていた。

 ヨルアサ王国はシソー公国と協議の場を持ったが、ムリカ族への態度が軟化することはなかった。国際的な大問題だ。


「父王様は国境沿いに村を作り、難民を受け入れることにしたのじゃ。木材やじゅうたんなどの生活物資の行き先はそこじゃ」

「くそ、シンダーナめ……!」


 クレノ顧問は拳をにぎりしめた。

 シソー公国とシンダーナ神聖帝国がずぶずぶの仲であることは誰もが知っている。ムリカ族のことだって、シンダーナ神聖帝国がシソー公国を間に挟んで仕掛けてきた嫌がらせだという噂もある。


「これ、クレノ顧問。シンダーナがシソーをけしかけた証拠はないのじゃぞ? うーむ、いつもとは立場が逆じゃな……。とにかく、こればかりはどうしようもない。今あるものでなんとかするしかないのじゃ」

「と言われましてもね、姫様。無いものは無いでしょう」

「木材に関してなのじゃが、第二王女殿下が便宜べんぎをはかってくれるとのことじゃ。どうも、海軍のほうで廃棄予定の船があるらしくてな。その廃材を有効活用しようと思っておる。SDGsえすでーじーずじゃ!」


 異世界翻訳のせいで何を言っているかわからず、クレノ顧問は一瞬、押し黙った。

 その沈黙の間に、会議はどんどんとんでもないほうに暴走していく。


「じゅうたんもサイズのあう既製品や中古品、そして寄付を募って、それを実験部隊のみんなに加工してもらって使うのじゃ!」

「待ってください姫様。そんなことをしていたら飛ぶものも飛びませんよ! 同じ木材といったって、杉かチークかで加工のしやすさが変わりますし、重量だって二倍近く違うんです!」

「クレノ顧問、やるしかない。やるしかないのじゃ! なんとかこれで飛ばしてくれ! そして当面の資金繰りじゃが……これをこっそり売り払ってしのぐぞ!」


 フィオナ姫は鍵つきの箱をテーブルに置いた。

 蓋を開けると、中からは光り輝く金の冠が現れる。

 大粒の宝石で飾りたてられたそれは、王族の女性が式典の際に身に着ける特注のティアラであった。

 その輝きに、部署の境界なく誰もが生唾をのみこんだ。


「この宝石は父王様のおばあ様が身につけていらした由緒正しいものじゃ。高値がつくじゃろう……」

「いや……まずいでしょ……それは……。何らかの罪に問われるやつじゃないんですか……?」


 その瞬間、責任の重さに耐えきれなくなったカレンがと泣き声を上げた。

 男たちは、それぞれ死刑台に上がるときのことを夢想していた。



 *



 倉庫に色とりどりの中古じゅうたんが運びこまれた。

 切迫した予算の中で大幅に削られたのがじゅうたんの加工費だった。

 寄付を募って取り寄せた中古のじゅうたんだから、大きさも状態もまちまちだ。そこからなるべく状態がいいものを選別して洗濯し、規定の薄さに加工して使わなければならない。もちろん、すべて魔法珍兵器開発局でやらなければならない。古いものを使えば環境にはいいかもしれないが、そのぶん手間と時間がかかるのだ。

 クレノ顧問は指示に当たっているハルト隊長に声をかける。


「どうだ、ハルト隊長。中古のじゅうたんは使えそうか?」

「はい。意外ときれいなものが多いですよ、クレノ顧問。おそらくタペストリーとして使われていたものでしょう。床に敷かれていたものは、まちまちですね。ていねいに選別して厚みを揃えていこうと思います」

「うん。それからサイズも測っておいてくれ。モザイクアートはやったことないけど、なんとか機体全体を覆ってみる」

「厚みはどうします?」

「わからん。廃船とやらがどんなものか次第だが、海軍に連絡を取ってもう一度計算のやり直しだ」

「では、とりあえず、汚れのひどいものだけ予洗いをしておきます」

「頼んだ。はやいところ、じゅうたんに魔法をこめる儀式に入りたいな」


 元の計画では民間の業者に頼んで魔法をこめる予定だったが、それをすると本当にフィオナ姫のティアラを売り払うことになる。


「かなり大がかりな儀式になるから、人手が必要だ。手順をまとめたら打ち合わせをしよう」

「はい。クレノ顧問、どこで使われていたものか、かなり大きなじゅうたんが何枚もありますから、必要枚数が減って魔法をこめる手間も減るかもしれないですよ」

「前向きになれそうな意見をどうもありがとう、ハルト隊長。ほんと、これは嫌味とかじゃなくてハルト隊長がいてくれてよかったよ」


 話しこんでいると、突然、爆音が聞こえてきた。

 兵士のひとりが血相を変えて叫ぶ。


「クレノ顧問、お隣さんが吹っ飛びそうです!」


 隣は『空飛ぶ鯨号』の模型置き場だ。倉庫全体に魔法を使って結界を張りめぐらし、決まった人間しか入れない管理区域にしてある。

 駆けつけると、ガテン親方とフィオナ姫が模型の『空飛ぶ鯨号』の出力を最大にして遊んでいた。じゅうたんに覆われた鯨型のオモチャが一メートルほど飛び上がり、今にも空に飛び立ちそうになっている。

 ワイヤーで地面に縫いつけてはいるが、金具が今にも吹き飛びそうだ。

 じゅうたんは風圧でまくれあがりバタついていた。


「どおじゃ~~、クレノ顧問! いい音じゃろう~~~~!」

「姫様、やめてください、倉庫ごと吹き飛んじまいますよ!!」

「軍船の廃材を使うと決めたからな! どうせこの模型はもう使えぬ!! 破壊試験じゃ!!」

「危険だって言ってんです!!」

「聞こえなーい!!」

一時停止センツァ!!」


 杖を抜いて命令すると、宙に浮いていた模型が派手な音を立てて落下する。


「姫様、遊んでいる時間はありませんよ!」

「なんじゃなんじゃ、ガテン親方に先ほどの会議で決まったことを伝えておっただけじゃ!」

「猫の手だって借りたいような状況なんですよ。ヒマならじゅうたんの仕分け作業や洗濯を手伝ってください!」

「クレノ顧問に言われなくたって、そんなことわかっておるわ! ではな、ガテン親方」


 フィオナ姫は「べーっ」と舌を出し、隣の倉庫へと走っていく。


「は……反抗期か……?」

「かもしれねえな! ははは!」


 クレノ顧問があぜんとして呟くと、ガテン親方が吹き出した。


「笑いごとじゃないよ、ガテン親方。姫様から聞いていると思うけど」

「おう、また設計図が変わるってんだろ? しかも次は軍船を使うときた。俺は船大工はやったことねえんだ。日程的にも、でかい模型を組んでる時間はないかもな」

「それってまさかぶっつけ本番……ってこと……!?」

「リハーサルは王宮の外の演習場でやるんだろ? 派手にやらかしても、人死にまでは出ないだろ!」

「また無人島送りにされたら、今度こそ俺は出てこれないと思う……」


 クレノ顧問は頭を抱えてその場にうずくまった。

 ガテン親方は笑っているが、クレノにとっては二度目の大失敗になる。


「大丈夫だ、そしたら次も姫様が迎えに行くさ」

「だといいけど……」


 ガテン親方はタバコをくわえ、まぶしそうにフィオナ姫の姿を追っている。

 姫様は兵士たちと一緒に汚れがひどいじゅうたんを洗う係になったようだ。自分の身長ほどもある巨大なたらいを抱えて四苦八苦している。


「姫様は、クレノ顧問に感謝してると思うぞ。あの子のあんなに明るい表情、俺はここに来てから初めて見たもんな」

「姫様はいつも明るいでしょう」

「王宮では違うのさ。いつも兄貴たちの後ろにくっついて、何をするでもあんまり自己主張しないで、自分がほしいものもガマンして、ほかのきょうだいに譲ってるような子だったよ」

「…………二重人格?」


 これまでクレノが見て来たフィオナ姫はいつでも明るく、作るものすべて珍兵器ではあったが創意工夫にあふれ、行動することを恐れない少女だった。ガテン親方が語る『第三王女』とはまるで正反対だ。


「現国王陛下の五男三女は国の宝だ。誰もかれもが何かしらの天才。でもフィオナ姫はちがう。……すると、引け目っていうのかね。負い目っていうか。そもそも自分が何もしなくても、兄さんや姉さんにまかせとけばいい、そんな考えになるもんじゃないか?」

「まあ……それはわからなくもない。実際に第二ルイス王子に会ってるからね」

「でもあの子は勇気を出した。そしてお前に会いに行ったんだよ」


 パクリとはいえ、ルイス王子は着手して間もない魔法兵器開発で確実な成果を出した。

 しかもそれは魔法兵器開発における成果だけで、魔法開発も含めれば、すでにとてつもない偉業を達成している。

 血のつながった兄弟がそれだけすごければ萎縮いしゅくしてしまうのも当然かもしれない。

 ちょうど、横田和史よこたかずふみと出会ったときの暮野祐一くれのゆういちのように。


「あの子が女王様になれると思うかい、クレノ顧問」

「可能性はある」


 横田には、確かに苦しめられた。

 でも、彼から受け取ったものもたくさんあったと思う。


「たとえ特別な才能がなくても、興味のあることや好きなことを突き詰めて、学ぶことはできると思うから」


 答えながらクレノは、暮野祐一の途切れてしまった未来が、今ここに繋がっているのを感じていた。

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