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第108話 リハーサル③


 晴天の空に激しい稲妻が走った。

 落雷は空飛ぶ鯨号の胴体に突き刺さり、瞬く間に炎が燃え広がった。


「退避!!」


 完全にコントロールを失った鯨号が風に吹かれるままに落下していく。

 そして誰も止められぬまま、地面に突き刺さりオモチャのように潰れた。

 ヴィッカースウェリントンは鋼鉄製だが、鯨号はその全身が木製だ。炎を消し止める術はなく、ただ燃えていくのを見守るしかない。


「見魔の法、放て!」

「見魔の法、魔法解放アインザッツ!!」


 状況からしてとても自然の落雷とは思えなかった。

 居合わせた魔法兵旅団がいくつかの魔法を放ち、上空に魔法陣が描かれる。

 ほとんどが鯨号と、その操作のために魔法を使ったクレノを示しているが、それ以外に魔法を使った人物がひとりいた。演習場の外に逃げていっている。


 ただ、それを追いかける気力はクレノにはなかった。


 クレノはただ燃え上がる鯨号を見つめていた。

 事故を想定し、あらかじめ消火剤を用意してはいる。だが勢いが強く、ほとんど役に立ってはいない。延焼をふせぐのがせいぜいだ。

 炎が消えたとて、空飛ぶ鯨号を閲兵式に出すという夢はもう叶わないだろう。


「そんな……試験飛行はうまくいったのに、どうして……?」


 カレンが震える声でつぶやいた。

 それはこの場の誰もが胸に抱いた疑問の代弁であった。

 クレノ顧問はただただ呆然とするばかりだ。

 パンジャンドラムのときと同じだ。

 試験を何度もくり返し、うまくいったはずなのに、ここぞという本番でロケットブースターが脱落した。なぜなのかはいまだにわかっていない。

 不運のせいかもしれない。あるいは、横田への憎しみのあまり、目が曇っていたのかもしれない。

 どこかに見逃しがあったのかも……。

 いずれにしろそのときは、自分ひとりが責任を取ればよかった。

 自分が、自分の願いのために、自分の立身出世のためだけに作った魔法兵器だったからだ。


 でも今回はちがう。


 空飛ぶ鯨号は、クレノが自分のために作った兵器ではない。フィオナ姫の夢を叶えるために生まれた船だ。


(それを、ダメにしてしまった)


 クレノは知らず知らずのうちにその場に両膝をついていた。

 何か、見えない大きな力が自分を押さえつけているようだった。自分だけの努力では、とても太刀打ちのできない何かだ。

 不安と焦り、孤独が帰ってくる。「無能」とののしられたあの日の記憶が背中にのしかかるようだった。

 魔法兵器開発室とフィオナ姫の未来、それらすべてを自分の不運に巻きこんでしまった後悔で、クレノはとても立ち上がれなかった。


「クレノ顧問、顔を上げよ」


 ただ地面を見つめているクレノの目に入ったのは黄色いドレスのすそだった。


「顔を上げて、わらわを見よ」


 フィオナ姫が言う。

 しかし、クレノは見えない重力に押しつぶされたままだった。


「できません……お、おれのせいで……また……」

「クレノ顧問、そなたのせいではないぞ」

「あんなに……いろいろな人の助けを借りて……ようやくここまで来れたのに……」

「これ!」


 フィオナ姫はドレスが汚れるのをいとわずその場にひざまずくと、両手でクレノの頬をぺちんと音を立てて挟み無理やり持ち上げてみせた。

 そうして見上げた姫様の瞳には、自分自身の泣きそうな顔がうつっていた。


「クレノ顧問。空飛ぶ鯨号の勇姿、わらわはしかと目に焼きつけたぞ!」

「ですが、姫様……」

「わらわは結果など気にせんと、最初からそう言っているであろう。挑戦こそが宝じゃ。よくぞ鯨号を飛ばしてくれたな、クレノ顧問。大義であったぞ」

「でも、閲兵式がまだ……」

「式典のことなど気にするでない! わらわたちの挑戦を、たくさんの兵士やお兄さまが見守ってくださった。それで十分じゃ」

「ですが、また笑いものになってしまいます」

「笑いたい者には笑わせておけ!」

「……無人島にいらしたときと、おっしゃっていることが同じではありませんか」

「うむ。わらわは何度だってそなたを迎えに行くぞ! そして何度だって同じことを言う!」


 フィオナ姫はまるで陽だまりのように笑っていた。

 そして、まだ呆然としているクレノ顧問をその両腕で強く抱きしめる。


「誰がなんと言おうと、あれは素晴らしい魔法兵器じゃった! そなたは天才じゃ! ヨルアサ王国第三王女、フィオナ・エーデルワイス・ヨルアサがほめてつかわす!!」


 だから、何度失敗したっていい。そう言っているみたいだった。

 ようやく冷静さが戻ってきたのだろう。

 風に乗って、灰のにおいが届いた。

 すすり泣き声が聞こえてきて、周囲を見回すと、なんと泣いているのはエルメス曹長だった。ケイジ隊員や、冷静なユーリ隊員も涙をこらえている。


「みんなも泣くでない! わらわはまだ式典への出席も、あきらめてはおらぬぞ。ひろえる勝負はひろう、それがヨルアサ王家のモットーじゃ! 鯨号はダメになってしまったが、じゃったら他の魔法兵器で式典に出ればよい話じゃ!!」

「そうは言いましても一番有力な鯨号が燃えたからには、うちにあるのは魔法珍兵器だけなんですけど」

「そうじゃ! でも、それをなんとかするのじゃ!」

「え……なんとかって?」

「そなたならできる、クレノ顧問! 立て、立つのじゃクレノ顧問!」

「さすがにもう立てませんよお……」


 もう無理だ、とクレノ顧問は思った。

 心情的なものは置いておくとしても、とにかく手段がない。クレノだけではなく、ほかの隊員も限界をこえて働いている。予算もない。ガテン親方は今ごろ、フィオナ姫のティアラの精巧な偽物づくりにいそしんでいるはずだ。


「失礼いたします」


 極めて現実的な責任の重さに耐えかねて足が震えて動かないクレノ顧問の隣に、ハルト隊長が座りこむ。そしてハルト隊長はクレノ顧問の腕を取り、肩にかついで強制的に立ち上がらせた。


「クレノ顧問が自力で立てなくても……俺がお助けします。何度でも!」

「ハルト隊長……」

「クレノ顧問ならできますよ。鯨号だって飛んだじゃないですか」


 見返してくる青いまなざしは、あまりにも力強い。

 ハルト隊長はかつてクレノを死地から救い出してくれた命の恩人だ。彼の前でだけは情けないことは言えなかった。


「お取りこみ中に失礼するよ」


 いつのまにかフェミニとルイス王子が規制線のこちら側に来ていた。

 ルイス王子は不機嫌そうな顔つきだ。


「どうやら、試験飛行中に雷の魔法を使った人物がいるみたい。その行き先はいま、ボクの魔法兵旅団に追わせてる。必ず捕まえると約束するよ。だから、魔法兵器開発局は閲兵式の準備に専念するといい」


 クレノはうなずいた。

 いよいよ逃げられない。犯人ではなく、自分自身がだ。


「——わかった、やろう!」


 カレンはずっと待っていてくれた。

 クレノがどこにいてもフィオナ姫が迎えに来てくれる。

 命があぶないときはハルト隊長が助けて支えてくれる。

 仲間がいる。

 クレノが無人島から出てからやってきた仕事はそういうものだ。

 かっこ悪くて、めちゃくちゃで、とりあえず体裁ていさいを取り繕って、何ひとつではなかったけれど、どんなに失敗続きでも何度でも「やろう」と言ってくれる仲間だけが残った。


「やってみよう、どんなにめちゃくちゃでもいい。かっこ悪くてもいい。最悪、失敗してもいい! 俺たちは、何度でも挑戦し決してあきらめない! それを今後の開発方針とする!!」


 実験部隊の兵士たちと、クレノと、フィオナ姫と、みんなで円陣を組む。


「魔法珍兵器開発局! えい! えい! おー!!」


 フィオナ姫がワクワクした顔でたずねる。


「さあ、クレノ顧問。次は何をつくる!?」



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