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XIX閲兵式本番

第109話 閲兵式①


 閲兵式は午前中からはじまり休憩を挟みつつ日が落ちるまで、各部隊が日頃の訓練の成果を国王陛下の前で披露ひろうする。見物客も多く集まる一大イベントであるが、鯨号の墜落事故によりクレノたちは早々に式典への参加権を失ってしまった。


「わらわから父王様にお話して実験部隊も成果を披露してよい、と許可をもらった。じゃが、それは式典が終わったあと――夜のことじゃ!!」


 フィオナ姫が説明する。

 夜になると宮廷の庭に各部隊のお偉方と貴族の招待客が集まり会食をする。もちろん、そこには国王陛下も参加する決まりだ。


「食事の最中ですよね? しかも貴族も集まっているとなると、あまり危険なものは出せませんね」

「うむ、その通りじゃクレノ顧問。父王様は、ぱーっと場を華やげてほしい、とか言うておった」

「うーん……閲兵、というより何かちょっと一発芸的な……忘年会の出し物的な何かを期待されていませんか?」


 クレノ顧問と兵士たちは倉庫を家探しして使えそうなものを集めて回る。

 集まったのは、いずれも引けをとらないガラクタばかりだった。

 ここから魔法兵器を選びだし、安全確認をして調整をしていれば、余裕で約束の時刻になるだろう。


「クレノ顧問、少しいいですか」

「なんだ、ハルト隊長」


 ハルト隊長は難しい顔つきだった。


「閲兵式のあとの宴会……後夜祭というと、毎年恒例のアレですよね」

「ああ、アレだな。うわさでしか聞かないけど……。お偉いさんといえど脳みそゴリラの軍人たちがわんさと宮廷に集まり、飲めや歌えやの大騒ぎ。貴族の顰蹙ひんしゅくを買って終了という悪名高い宴会だ」


 閲兵式、後夜祭。普段は王宮はおろか王都にも立ち入らない地方軍にもねぎらいを、と国王様の寛大なはからいで開かれるうたげである。

 いっぽう招かれる軍人たちは出自も様々だ。

 過去には格式の高い場にはそぐわない、いろいろな問題が起きた。例えば、招かれた貴族の夫人に卑猥ひわいな言葉を投げかけた、とか、そういうやつである。

 そもそも閲兵式の前後は王都に血気盛んな若者たちが集まる。女性もいるが男性兵士のほうが圧倒的に多く、良家の子女はこの期間になると家にこもるともっぱらの噂である。

 日頃から兵士たちへの目線はかなり冷たいものがあるのだ。


「後夜祭に参加したことはありませんが……何と言いますか。一歩間違うと針のむしろになりそうな予感がするんです」

「俺もそう思ってるよ、ハルト隊長。それにだな。みんな大仕事を終えて、ようやく荷をおろしたところだろ? 普通に行進や適当な魔法兵器を披露したところで、果たして誰がそれを見てくれるんだろうという疑問があるよな」

「酒を飲むのに夢中で誰も注目してくれない、ということになりかねないですよね」

「そして貴族の客はさらに白い目を向けて予算が削減される……と。魔法兵器開発局はティアラを売るはめになり、偽物のティアラを作ったことがバレて俺は絞首刑だ」


 とんだバタフライエフェクトである。

 ふたりと姫様が頭を悩ましていたところに二人の兵士が近づいてくる。


「フィオナ姫様、クレノ顧問、そしてハルト隊長。お話があります」

「俺達にどうかひとつ、仕事というものをさせていただけないでしょうか!」


 明かりをつけた倉庫に伸びる凸凹デコボココンビの影。

 それは、エルメス曹長とシャネル軍曹だった。

 ふたりは中央軍とも地方軍とも異なる白いズボンに青い上着、羽つき帽子といった華やかな軍服をまとっていた。

 そしてエルメス曹長は太鼓を、そしてシャネル軍曹は金色のラッパを携えている。


 彼らの格好はヨルアサ中央軍軍楽隊のものであった。



 *



 周知の通りエルメス曹長とシャネル軍曹は、かつてひとりの女性を奪いあった仲である。エルメス曹長の家に招かれたシャネル軍曹が、あろうことか曹長の妻に横恋慕よこれんぼし、これを奪い取ってしまったのである。

 ふたりはそれまで親友のように仲がよかったが、当然のことながらその関係は徹底的に破壊された。エルメス曹長はエルメス夫人を取り返そうとし、まもなく、この関係はプライベートを越えて職場にも知れ渡ることとなった。

 シャネル軍曹は軍楽隊を外され、遠くの部隊に左遷された。予想外だったのはエルメス夫人の行動である。彼女は夫であるエルメス曹長を捨てて、シャネル軍曹と共に王都を去る決断をしたのだ。


 そして幾年もの時が過ぎた。

 時のうつろいは残酷であった。


 妻に去られてからというもの、エルメス曹長は仕事に身が入らず、軍での出世は絶望的となった。おまけに数々の式典の華とされている軍楽隊は王族や国民の目にさらされる頻度も高い。周囲よりも頭ふたつは高い背は見苦しい、と隊長に嫌味を言われる毎日をすごした。

 一方シャネル軍曹のほうも飛ばされた部隊でけむたがられていた。何しろ上官の妻を寝取ったわけであるから、第一印象がよくない。当然のようにデブ、ノロマ、と陰口を叩かれ続けた。

 そしてエルメス夫人の愛情も長くは続かず、二人の結婚生活は破綻はたんして、夫人は実家に戻ってしまったのである。生きがいであった軍楽隊の仕事も失い、恋焦がれた女性の愛も失い、この世になんの希望もない。


 エルメス曹長がシャネル軍曹の元を訪ねてきたのはその頃のことだった。


 エルメス曹長は王都で第三王女が隊員を募集していると書かれたチラシを見せ、言った。


「私も老い先というものを考える年齢としになって来ました。この年齢では軍隊生活以外できることもなし、望めるものはそう多くはありませんが、思い返してみると私は貴方と音楽を奏でているときが一番楽しかった。これは音楽の仕事ではありませんが、ふたりでいれば演奏する機会もあるでしょう。一緒にやってみませんか」


 それは「妻を奪ったことを許す」という意味だった。

 シャネル軍曹はその言葉に男泣きに泣き、やつれた様子のエルメス曹長の姿を見てまた泣き、採用されるかどうかは未知数ながら王都に戻る決意を固めたのだった。


 魔法珍兵器開発局に来てからは、シャネル軍曹がトランペットを演奏することはなかった。だが、毎朝毎夕、やたらみごとな起床ラッパと課業終了のラッパを披露していたのは他ならない彼であった。


 二人は待ち続け、この日がやって来た。


 後夜祭の会場に到着したとき、そこにはけだるい空気が満ちていた。

 会場は華々しく飾り立てられ、良い酒や食事が山のようにあるが、貴族と軍人の席はさりげなく離されている。

 宴の場には軍楽隊も来ていたが、当たりさわりのない、気の抜けた演奏を披露するばかり。彼らだって本気の演奏は式典で披露したばかりなのだから、誰にも望まれていない宴を盛り上げようという気概や体力はみじんも無いのだ。


「えー……お集りの皆さま、お耳を拝借したく……えー……本日はお日柄もよろしく……」


 司会役が声を張り上げる。が、しかし。注目はあまり返ってこない。


「国王陛下の特別なはからいにより、皆様のお目にかけたいものがございます。お時間をちょうだいいたします。立派に執り行われたばかりの閲兵式ではございますが、実は昼間の式典に参加できなかった部隊がひとつございます。そこで、この場をお借りして、彼らの日頃の鍛錬の成果を披露したいと思うのです」


 ぱちぱち、とやる気のない拍手はくしゅがひとつかふたつ聞こえた。


「その部隊は、本年度より新設されました、魔法兵器開発局所属の部隊でありまして――」

「フン、死にぞこないどもめ!」


 司会のことばをさえぎったのは、赤ら顔をしたハゲ頭の男——北部地方軍のゲスタフであった。とくに大きな声というわけではなかったが、盛り上がらない宴の最中というのは、どんなに小声で悪態をついてもよく響くものである。


「魔法兵器開発室は、きのう大事故を起こして尻尾をまいて逃げだした後だろう。いまさら堂々とよく戻ってこれるものだ」


 ゲスタフが続けると周囲の軍人たちは少なくない者たちがうなずいていた。黙ったままの者もいるが、鯨号墜落の噂は周囲に響いている。


「だけど——」


 反論の声を上げたのは貴賓席に座っているルイス王子である。

 彼は立ち上がり、まっこうから反論を述べる。


「あの事故は第三者によって故意に引き起こされたものです、少将殿。彼らの責任でもなければ、彼らの魔法兵器の価値をおとしめるものでもありません」


 貴族たちがざわめく。カイル王子が何か言うならともかく、ルイス王子が軍のことに口をだすことは、これまで決してなかったからだ。

 だが、ゲスタフが王子に対してへりくだることはなかった。


「おお、これはこれは。殿下の貴重なご意見を聞けるとは身にあまる光栄です。ですがね、ルイス王子殿下、その第三者、犯人とやらは捕まったのですか」

「それは――」

「あの事故が第三者の介入であるというその確たる証拠もないのに、上から目線でずいぶん大きな口をきくものですな」

「ずいぶん酔っておられるようですね、少将殿」

「何がいけないというのです。これは我らへの慰労の場と思っておりましたが、貴族の方々は上から物を言うだけで、我々と同じテーブルにつこうという気概もないではないですか!」


 ゲスタフはここぞとばかりに文句を口にする。


「地方軍がだと!? 我らが食い止めているからこそ王都は魔物にあふれることなく、国民は平和をむさぼることができるのですぞ!」


 ゲスタフは立ち上がって酒杯を掲げた。


「平和に乾杯!」


 あまりにも傍若無人な態度であったが、同じ地方軍には賛同して乾杯をする者もいた。


「無礼者! 貴様も王家への忠誠を誓ったヨルアサ軍人であろうが!」


 中央軍の軍人が声を荒げるが、ここで対立すれば中央軍と地方軍の確執が決定的になり、それこそ取り返しがつかない。


「よい、控えよ。私が浅慮せんりょであった」

「しかし、ルイス王子殿下!」

「宴席でのこと。私は気にしない」


 会場の空気が過去最高に重くなったそのときだった。

 そこにわだかまった全てを吹き飛ばすかのように、高らかなラッパの音が鳴り響いた。




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