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第110話 閲兵式②


 軍人とは思えぬほどひどく太っちょな男がトランペットを吹いていた。


 軍楽隊の制服を着ているが軍楽隊とはとても思えない。

 しかしその音色は確かであった。

 朝日のように輝かしく、鋭く、地平線の端から端までを切り裂いていく光のようなブレスが、会場の隅々にまで鮮烈なメロディを届けていく。

 それは地方に左遷されたシャネル軍曹が、長い間この時を待ちわびながらただひたすらひとりでみがき続けた音色だった。

 悪いのはすべて自分の行いのせいとはいえ、親友とも呼べる上官を失い、仕事も失って住み慣れた王都を去り、誰も自分というものを知らない土地で愛を失い、後ろ指を指され……。しかし、どれほどまでに苦しんでも手放すことのなかったトランペットが奏でる音色だった。

 嵐のように吹き荒れる孤独と切望が、会場の感動を誘う。

 その音色はすでにブルースの域に達していた。

 メロディを吹き終わる頃には、誰もが先ほどの言いあいのことを忘れていた。

 シャネル軍曹の隣にエルメス曹長が立った。

 正確無比なリズムを刻みながら、彼らはふたりだけの行進をはじめる。

 そして先ほどから気の抜けた演奏ばかりを続けていた彼らの古巣の前に立った。

 エルメス曹長が前に進み出て無伴奏のソロを披露する。

 ドラムスティックで刻まれるリズムはどんどんとテンポが上がっていく。

 そこにいたのはエルメス曹長である。

 だがその演奏は信じていた友に妻を奪われ、希望を失い、全てを投げやりにしていた男とはまるで違う。

 そこにシャネル軍曹のトランペットが加わる。

 呆けていた軍楽隊のメンバーも打たれたかのように、それぞれの楽器を手に取り、演奏に加わった。メロディを追いかけ、共に行進曲を奏でる。

 音楽になる。

 それは、人生の荒波に押し流された二人が、紆余曲折うよきょくせつを経て仲間たちと短い邂逅かいこうを果たした瞬間であった。

 音楽は会場にいたすべての人物を圧倒し、細かないさかいを過去へと追いやった。


「行進!! 前へ進めっ!!」

「ヤーーーーッ!!」


 行進曲がはじまり、魔法兵器開発局が姿を現した。

 しかし彼らが披露したのはただの行進ではなかった。

 兵士たちは小さな歩く野菜たち、マンドラゴラたちを連れていた。


「ヤッ! ハッ! ヤッ! ハッ!」


 マンドラゴラたちは手作りの軍服を着てオモチャの銃を背負い、兵士たちの横について一生懸命に行進している。

 会場内が一斉にどよめいた。


「なんだあれ、マンドラゴラか!?」

「まあ、なんてかわいらしい!」

「どうやって動いているのかしら?」


 兵士たちとマンドラゴラの一糸乱れぬ行進が会場の二方向から現れて、あらかじめ用意されたひな壇の上に並んだ。


「国王陛下に敬礼!」

「ヤッ!!」


 マンドラゴラたちは隣についた兵士たちの動きをそっくり真似て、一生懸命に敬礼し、捧げ銃をする。

 その姿に、会場のあちこちからほほえましげな笑みがもれ、拍手がわき起こった。


「かわいいのう、かわいいのう!」


 国王陛下は大喜びでマンドラゴラたちに両手を振っている。


「ルイス王子殿下に敬礼!」

「ハッ!!」


 ルイス王子殿下も微笑みながら答礼を返した。


「ゲスタフ少将殿に敬礼!」

「ヤアーーーーッ!!」


 ゲスタフはマンドラゴラたちに敬礼されてたじろぎながらも、敬礼を返さざるを得ない。いかめしい男がずらりと並んだ野菜たちに敬礼を返す姿に、会場が爆笑に包まれた。

 最後に現れたのは第三王女フィオナ姫である。


「皆さま、はじめまして! 我らは魔法兵器開発局、まだまだ新設されて一年のひよっ子部隊じゃ! これから、みんなでいつも一生懸命開発しておる魔法兵器をお目にかけようと思う。しかし皆様の貴重なお時間を無駄にせぬよう、紹介は一気に行くぞ! 見逃さぬよう見ていてほしい!」 


 フィオナ姫は後ろを向いて、大きな声で叫ぶ。


「クレノ顧問、頼んだぞ~っ!!」


 王宮の建物の屋上から花火が上がる。

 姫様の最後のお小遣いが、演奏にあわせて夜空で弾けた。


「ハルト隊長、後はまかせた。わらわはクレノ顧問のところに行くぞ!」

「はい。顧問をよろしくお願いします、姫様」

「うむ!」


 フィオナ姫はドレスのすそを掴んで舞台の後ろに駆けていった。

 花火が順番に上がり、最後の数発がまとめて打ち上がる。

 そして王宮の屋上からは、まばゆい虹色の光線が天に向かって放たれた。

 六本の光線は赤や青、緑や紫、そしてまだ名前のついていない千六百八十万色の色あいに輝きながら夜空に突き立てられ、ゆっくりと回転しはじめた。


「どお~~~~じゃ~~~~! これがっ! わらわとハルト隊長とクレノ顧問を極限まで苦しめたゲーミング目くらましベルトの光じゃ!!」


 屋上に到着した姫様は、夜空を貫く鮮やかなイルミネーションをほこらしげに眺めた。以前、暴走したときとは違い、宴会客たちは純粋な出し物として光と音楽のコラボレーションを楽しんでいる。

 イルミネーションを使ったインスタレーションなど、現代日本じゃめずらしくもないが、ヨルアサ王国では史上初の試みだ。


「姫様、最後の仕上げです!」


 フィオナ姫はあらかじめ屋上に待機していたクレノ顧問と合流する。

 そして演奏が最高潮に達するタイミングを待った。


「今じゃ、クレノ顧問!」

「はい。——ドラィピオン、魔法解放アインザッツ!!」


 クレノ顧問の合図とともに、そこに並んでいた六機の円盤状の飛行魔法兵器ドラィピオンが次々に空へと打ち上がった。

 ゲーミング目くらましベルトの発光器を搭載したドラィピオンは、虹色の輝きを放ちながら庭園を横切り、飛び立っていく。

 会場からは大歓声があがり、貴族の客も軍人も分けへだてなく立ち上がり、手を叩いて喜んでいた。


「大成功じゃ! クレノ顧問」

「ここからが問題ですよ、フィオナ姫。ドラィピオンには着陸機構がありません、王都に墜落したら大事です! 追いかけて撃墜しなければ!」

「わらわも行く!」

「危ないです!」

「行くったら行く!」


 フィオナ姫はクレノ顧問の体に手足をからめ、ひしと抱きついた。


「クソッ、言い出したら聞かないんですから」

「いまクソって言った?」

「しっかり掴まっててくださいよ! 風の法、魔法解放アインザッツ!」


 大気を操る風の法を使い、クレノ顧問は屋上から身を躍らせた。

 招待客は強い光を発する魔法兵器に夢中で、夜空を飛翔するふたりにはまったく気がつかない。


「と、飛んだ~~~~! 魔法ってすごいんじゃ!」

「くっ……。これはルイス王子謹製きんせい十年ものの風の法ですから、それなりに空中歩行もできますけど…………! 相変わらず重いっ!!」

「がんばるのじゃクレノ顧問、ほれ、もうすぐ追いつくぞ!」

再解放アタッカ!」


 ルイス王子の風の法を使ってまず最初の一機を王宮の裏庭めがけて撃ち落とす。

 ドラィピオンの落下地点には、式典に参加していない兵士が潜んでおり、投げ網を構えていた。

 その網を絡めて、ドラィピオンを捕獲する。


「成功じゃ! 次じゃ、王宮競馬場を狙え!」

再解放アタッカ!」


 続く二機をまとめて風でさらい、広々とした因縁の競馬場へと落とす。

 網での捕獲はしくじったが、あそこなら地面に突き刺さっても被害はない。

 これで三機。次だ。

 クレノ顧問とフィオナ姫は風の法の力を何度も使って体を軽くして、王宮の建物や木の枝を足場にし、大空を舞って空飛ぶベイを追いかける。


再解放アタッカっ!!」


 王都めがけて夜空をまっしぐらに駆けていくドラィピオンに、真向いから風を当て王宮へと引き戻す。

 すると、屋根の屋上に隠れていた二人の魔法使いが現れて炎の法を放った。

 ドラィピオンが消し炭になり落下していく。


「恩に着るのじゃ、フェミニ、カレン! 魔法開発局のみんな!」

「残りはあと……一機!」

「まずいぞ、クレノ顧問。王宮から出てしまいそうじゃ!!」


 やたら元気な最後のドラィピオンは、撃墜のために待機してもらっていた魔法兵旅団の兵士たちの頭上はるか遠くを流星のように駆け抜けていく。


「しまった!」

「どうするのじゃ、クレノ顧問!?」

「もちろん追いかけます、再解放アタッカ!!」


 風の法をもう一度、自分たちにかけると、クレノ顧問とフィオナ姫は王都上空へと飛び出した。


「うううっ! 頭がぐらっとするう!!」

「すご~い、王都の明かりがまるで光のお花畑みたいじゃ~~!」

「ひ、姫様、最後のドラィピオンはどこです!?」

「あっちじゃ!」


 ドラィピオンはいまだ強烈な光を発しながら回転を続けているが、いかに魔法兵器といえどさすがに無限に飛べるほど甘くはない。回転はじょじょに遅くなり落下しそうになっていた。


「どこかに安全に落とせそうなところは……?」


 王都の建物の屋根から屋根に飛び移り、適した場所を探すが、ヨルアサ一の大都市には、なかなか無駄な場所というものがない。そしてあまりにも人が多すぎて、どこに落下してもけが人が出てしまいそうだ。


「川とか、空き地とかはどうじゃ!?」

「狭すぎます。再解放アタッカ!」


 クレノは魔法を放った。

 風の力を与え、回転力を復活させたのだ。


「このまま……どこか落下しても、被害が出ない遠くまで運んで行きましょう……!」

「じゃが、そなたすんごく苦しそうじゃぞ!?」

「俺が意識を失いそうになったら、姫様、なんとか目覚めさせてください。でなかったら、俺たちも落下して死んでしまいます!」

「わかった! わらわにまかせよ!」

「再解放!」


 クレノ顧問は気力を振り絞り、呪文を唱える。

 十年という時間をかけてこめられた重量級の祈りは、唱える度にクレノの精神をむしばむ。


「あ……再解放アタッカ!」


 そしてとうとう限界がきた。

 意識が遠くなり、目の前が暗くなっていく。

 そのときだった。


 ぱちーん!! と、鋭いビンタ音が、煌々と明かりをともす王都の夜空に響いた。


「起きよ、クレノ顧問!!」

「……えっ!? 姫様、今、俺のこと叩きました!?」

「そうじゃ。寝そうになっておったので叩いた!」

「親父にも叩かれたことないのに!」

「それはさすがにウソじゃ、おぬし職業軍人であろう! ほれ、ドラィピオンが落っこちそうじゃぞ。がんばって魔法を使うのじゃ!」

再解放アタッカ!」


 しかし限界は限界だ。また意識が飛びそうになる。

 その度に姫様は苛烈なビンタをくり出した。


再解放アタッカ!」


 ぱちーん!


再解放アタッカ!」


 ぱちーん!


再解放アタッカ……っ!」


 ぱちぱちぱちぱちーん!


「よっしゃ! クレノ顧問、ようやく目的地が見えて来たぞ! 魔法兵器開発局じゃ!」


 そこにたどり着いたとき、クレノは限界を超えていた。

 頬もパンパンにれている。

 正真正銘、これが最後だ。


再……解放アタッカっ!!!!」


 回転の力を失い、吹き飛ばされるだけのドラィピオンに風の法を当てる。

 ドラィピオンも最後の力で魔法兵器開発局の塀を飛び越え、運動場を走り抜け、そして——隊舎の屋根に突き刺さった。


「やった、やったぞ! よくやった、クレノ顧問! 閲兵式は大成功じゃ!」


 クレノ顧問は最後の力でフィオナ姫を安全な場所に下ろすと、そのまま気を失った。


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