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第111話 閲兵式③


 *



 いったい何をもって大成功と言うべきかは難しいところである。


 確かに魔法兵器開発局の登場は盛り上がらない宴会に華を添えた。しかしそこで得られた評価は芸人の芸に対するそれで、魔法兵器に対する評価ではない。

 魔法兵器開発室はいまだ魔法兵器開発室のままだったのである。


 しかし──彼らが立ち上げた夢は、遠い異国の空の下で花開いていた。


 シンダーナ神聖帝国、後宮。

 数々のきさきと侍女、そして皇帝の子どもたちが暮らす宮殿では、フェリス皇女がガラス越しの青空を見あげていた。

 後宮の空に肉眼で見える青空はない。

 妃たちが逃げ出すことを恐れた皇帝が、空が見えるすべての天井を温室のようにガラス窓でふさいでしまったからだ。

 文字通り籠の鳥であるフェリス皇女は、生まれてはじめて晴れ晴れとした気持ちで天をあおいでいる。


 そこには空を飛ぶ模型があった。


 二枚の大きな羽を広げ、クジラの体をぷかぷか浮かべ、雄大な海を泳ぐかのように飛んでいる。それは『空飛ぶ鯨号』の模型であった。

 模型を見つめているのは、フェリス皇女のほかには、長く彼女に仕えている侍女たちと模型を作ったステラン長官だけである。

 それでもこの成果は、皇女にとってはひとつの勝利と言えた。


「飛んだ……。本物はこれよりもはるかに大きいのですね、ステラン長官」

「はい、さようでございます殿下」

「ヨルアサ王国の技術力もあなどれぬ、そうは思わぬか」

「十分期待が持てるものと存じます。皇女殿下のお輿こし入れ先にふさわしいでしょう」

「うむ、わたくしもそう思います」


 このときの侍女たちの喜びようはとくに凄まじく、感涙してむせび泣き、言葉も発せないほどだった。

 無理もない。昔は、この後宮にも多くの妃たちと共に皇子や皇女が暮らしていた。

 しかし大半がシンダーナ神聖皇帝の逆鱗げきりんに触れて追放されたり、妃たちの争いによって亡くなってしまった。

 後宮には活気がなく、まるで牢獄のような暮らしばかりがあった。

 フェリス皇女殿下には三つの道があった。

 このまま死ぬまで不自由な後宮で飼い殺しになるか。あるいは皇帝に直訴し、その乱行をいさめて処刑されるか。それとも隣国に嫁ぎ、ここを出るか。

 目下の敵は、皇帝がどうのというより、フェリス自身にこの状況を打破しようという強い意志がないことだった。彼女は聡明さゆえに帝国の未来になんら希望をもたず、あきらめきっていたからだ。

 これまで懸命に守ってきた第一皇女までもがつらい境遇のまま亡くなるとなれば、侍女たちにとっては世界の終りのような悲劇である。

 しかし今、その未来は回避された。


「わたくしはヨルアサ王国に行き、カイル王子の妻になります。たとえお父上に反対されたとて、この知恵と覚悟と行動でもって、なんとしてもそうします」


 それはシンダーナ神聖帝国第一皇女と、ヨルアサ王国第一王子の婚姻が成った瞬間であった。

 ステラン長官は皇女に深く頭を垂れた。


「お喜び申し上げます、フェリス皇女殿下。あなた様は私がこれまで見てきた中でもっとも聡明で慈悲深い女性です。その知性の光でもって両国を照らし、かたく結びつけ、平和の架け橋とおなりくださいませ」

「そのつもりじゃ、ステラン長官。そなたもヨルアサに連れて行くゆえ、わたくしの力になって死ぬまで働くがよい」

「はっ。皇女殿下に救われた命、いかようにもお使いくださいませ」

「よい返事だ」


 フェリス皇女はむしょうに晴れ晴れとした気持ちのまま、ガラスの空を飛ぶ小さな鯨号を見あげていた。


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