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第112話 閲兵式のあとしまつ


 閲兵式翌日、空飛ぶ鯨号墜落事件の犯人が捕まった。

 魔法を使った痕跡というのは、基本的には時間経過とともに消えるものなのだが、使ったタイミングと場所が悪かった。あの場にはフェミニたち魔法開発局と魔法兵旅団が揃っており、総力をあわせると王都の端から端までを覆えるほどの『見魔の法』が用意できるという状態だったのだ。


 犯人はアモンという名前の、ひどく痩せた棒きれのような小男であった。


 なぜクレノが犯人の容姿を知っているのかというと、フェミニが捕まえたアモンを縄で縛り、うれしそうな顔で魔法兵器開発局に連れてきたからである。

 もちろんルイス王子も一緒だ。


「どうですセンパイ。こいつが犯人です。フェミニがつかまえたんですからね?」

「ありがとう、フェミニ……。でも、なんでわざわざ魔法兵器開発局まで連れてきたんだ?」

「えへん!」


 胸を張るフェミニはかわいいが、それでは何もわからない。やたらうれしそうなので、ほめてもらいたいだけなのかもしれない。

 それについてはルイス王子のほうから説明があった。


「もちろん、こいつの身柄はしかるべき機関に預けることになるけれど、判決が出るまでは長い時間がかかるからね。……ほら、やっぱり人生には気晴らしってものが必要じゃない?」


 要約するとつまり『うっぷんがあるなら今晴らせ』ということらしい。


「そう言われましても、俺は犯人が捕まればそれでいいですよ。拷問する趣味があるわけでもないですし。毒リンゴガスの実験台にでもするとかですかね?」


 くじら号が大破した件については、クレノは自分でも不思議なほど犯人に対するうらみつらみが思い浮かばなかった。空飛ぶ鯨号が失われて、予定したとおりに閲兵式に参加できなかったのは痛手だ。しかし、そのことを除けば、あの兵器は役目を十分に果たしていたと思う。

 フェミニが「ちっちっち」と舌を鳴らした。


「そんなの甘いですよぉセンパイ。ナメられたら負け。それは世界の当然の理です。センパイがうまい拷問を考えつかないというなら、そうですねぇ。フェミニが開発した例の魔法で、おなかにひとつずつ石を入れるというのはどうでしょう?」

「こわっ……。なにそれ、絶対やるなよ」

「クレノ、こいつ、近所の凍った小川に沈めてやろうぜ」とカレンが『〇野、野球やろうぜ』のリズムで言う。

「カレンまでなんてこと言うんだ。ハルト隊長、止めてくれ」

「う~ん、凍った川……氷ですか……。ああ、そうだ。クレノ顧問が氷の魔法を使えるんでしたら氷の塊を出していただいて、その上に首に縄をかけて立たせ、氷が溶けていくのを見て楽しむというのはどうでしょう」

「うそだろ、ハルト隊長が一番こわいぞ!」


 ハルト隊長はいつも通り微笑んでいたが、目は全く笑っていなかった。涼しい青いまなざしは、今日は氷みたいに研ぎ澄まされている。


「みんなそんなことを考えていたのか?」


 どうやら苦労して作った『空飛ぶ鯨号』を壊されたことについて、思った以上に腹を立てていたようだ。

 目の前で数々の拷問を提案されたアモンは「ヒイ~~~~! お許しを~~~~!」と情けない声を上げて涙を流していた。


「そもそもコイツはどこの誰なんだ? 知らないヤツすぎて、なんの怒りも浮かばないんだけど」

「ヒーヒヒヒッ! それはワタシの口から説明しましょう!」

「だ、誰だ!!」


 魔法兵器開発局に現れたのは、フェミニたちとアモンだけではなかった。

 薄気味悪い長髪に死人のように青白い顔、死神のように落ちくぼんだ瞳を持つ陰気な魔法兵器開発者──キリギスである。


「種明かしをいたしますと、アモンはワタシの家に長く仕えている使用人なのデス! そしてワタシの命令により、クレノ・ユースタス技術中尉、アナタの軍服を盗んで魔法兵器開発局に忍びこんでいたのデス!!」

「全然気がつかなかった! いったいいつから!?」


 クレノ顧問がハルト隊長と驚いていると「ゲーミング目くらましベルトの騒ぎの時にはすでにいました」とアモンが衝撃的なことを言う。


「そんなに前からいたの!?」

「いたんデス。そして空飛ぶ鯨号の破壊は、全てこのアモンが計画してやったコト。そうデスね、アモン!」


 キリギスに叱責され、アモンはおびえながらその犯行について告白した。


「ハイ、旦那様。わ、ワタクシは、キリギス様の力になろうとしてこれをやったのです……! すべてはキリギス様の出世をはばむ存在であるクレノ・ユースタスを排除するために……!」


 アモンは涙ながらに語るが、クレノにはあまり納得がいかない理由であった。


「パンジャンドラムの失敗で左遷されて、俺はとっくの昔に出世レースから外れているはずだ。意味ないだろ」

「いいえ、旦那様は何かといえばクレノ・ユースタスのことばかり。日頃から目のかたきにしておられました。それにパンジャンドラムの件の後も、いつのまにやら第三王女に取り入り、表舞台に返り咲いていたではないですかっ」


 返り咲いたといっても、魔法兵器開発室は『魔法兵器開発室』だったのであるが、北部地方軍にはそういう情報の細部までは伝わっていないのかもしれない。

 単純に『第三王女に重用されている』と聞けば、ある意味出世だと勘違いする者が出て来てもおかしくはない。


「ですからワタシはキリギス様の憂いを晴らそうと、鯨号を破壊することにしたのです!」

「……と、いうコトなのデス。クレノ・ユースタス。鯨号の破壊については、ワタシの命令ではありまセン。アモンがワタクシの態度を見て勝手に忖度そんたくし、犯行に及んだ……ということなのデス!」


 キリギスはそう言って、この哀れな使用人を、まるで汚らしいものを見つめる目で見た。

 アモンはショックを受けたようだ。


「そんな、旦那様。アモンは旦那様のためを思って……!」

「だまらっしゃい、アモン! ワタシがいつ空飛ぶ鯨号を破壊しろナドと言ったのデスか! 何月何日何時何分何秒!?」

「だ、旦那様~~~~!」


 キリギスの鋭い叱責には迫力があったが、状況からすると、それは『自分に非はない』ということを訴えるポーズのようにしか見えなかった。


「ボクも、クレノ君のことはいろいろ調べてみたんだけど。パンジャンドラムが大爆発した件の事故調査報告書にも、いろいろ不審な点がある。あれもこのアモンとかいうヤツが関わっているんじゃないの?」


 ルイス王子がそう言うと、アモンはびくりと震えて目をそらした。


「どうなんデスか、アモン!?」

「ハイ……ワタシが勝手にやりました、ゴメンなさい旦那様……」

「まったく、呆れたヤツですね!」


 あちこちからため息とも驚きとも取れない声がもれる。


「ちょ、ちょっと待って。それじゃあ……クレノが北部地方軍から追い出されたのも、全部このアモンひとりのせいってこと? そんなの信じられるわけないでしょ!?」


 キリギスに食ってかかったのは、カレンである。


「キーリギリギリ! だからそうだと言っているではないデスか、お嬢さん!」

「何よ。こいつはあんたの使用人だったんだから、あんたがこっそり命令してやらせてたのかもしれない。そういう可能性は十分あるってことだろ……!」

「カレン……」


 カレンの怒りようには、さすがのクレノ顧問も感じるところがあった。

 カレンは一番クレノ顧問が北部地方軍に行くことに反対していたのに、彼女はそれでもクレノの名誉のために怒ってくれているのだった。


「たとえそれが本当のことだったとしても、使用人がやったことだからって主人のあんたは何にもおとがめなしなの? そんなのってないよ……!」

「クーックック!! まったくもってその通りデスよ、お嬢さん! 使用人の罪はワタシの罪デース!!」

「なんて卑怯なヤツ!!」


 カレンは怒りにまかせてキリギスをののしり、しばらく間を空けて首をかしげた。

 何かがおかしい。


「……え? いや今なんて言ったの?」

「デスから、使用人の犯した罪をつぐなうのもまた主人のツトめデスと言ったのデス! これは、アモンの暴走を止められなかったワタシの罪でもあるのデス! キーリギリギリ!!」

「えっ、なんで……? どうして自分から罪を認めたの!?」


 カレンが驚いたのも無理もない。

 このままアモンのせいにして逃げ切ればいいのに、キリギスは自分に非があると言ったのだ。不気味な高笑いが邪魔して真意がくみ取りにくいが、キリギスが言っているのはそういう意味だった。

 キリギスは不敵なようすでクレノに人差し指を突きつける。


「クレノ・ユースタス。アナタは今でもワタシのライバルです。あの空飛ぶ鯨号は賞賛に値する! アナタがアレを再建するまで、ワタシも爪を研ぐとします! さ、行きますよアモン! しかるべきところに出頭し、ワタシとアナタの罪を裁いてもらわなくてはなりまセン!」

「旦那様、これはアモンが勝手にしたこと! 旦那様は無実ですぅ!」

「だまらっしゃい!」


 こうしてキリギスは去って行った。


「一体なんだったんだ……?」


 クレノは呆然としていた。

 普通、使用人のほうが『旦那様の命令通りにしただけなのです。どうかお許しを!』とか言って命ごいする場面なのに、あれではまるで立場が逆である。


「もしかしてなのじゃが」と、一連の出来事を見守っていたフィオナ姫が言った。「あのキリギスとか言う奴、見た目や口調が死ぬほどあやしいだけで、本当はものすごく男気があって、筋が通った男なのではないか……?」


 一度島流しにあった身としては否定したいクレノ顧問ではあったが、そうとしか説明がつかないのもまた事実であった。


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