後日、キリギスはみずから北部地方軍の職を辞し、何故かゲスタフを連れてクレノが左遷されたのと同じ無人島に向かったという報告があった。
「何がなんだかよくわからん報告書だ……。大体なんでゲスタフまで巻きこまれているんだ?」
クレノ顧問は魔法兵器開発室の自室で報告書を読みながら頭を抱えていた。
キリギスとゲスタフは北部地方軍を去って無人島に
それに伴ってクレノ顧問には二つの選択肢が与えられた。
裁判でアモンが犯行を認め、パンジャンドラムの名誉が回復するのを待って北部地方軍に戻り、空席となった技術開発局長の椅子に座るか。
それとも魔法兵器開発局に留まるか。
もちろんクレノの答えは決まっていた。
閲兵式は終わった。
だが、魔法兵器開発局にはまだまだやることが残っている。
焼失してしまった鯨号だが、その再建造を望む声があちこちから上がっていた。
主にカイル王子や、まだ会ったことのない第三王子がことのほか強くそれを求めているらしい。
依然として予算繰りはかなり厳しい状態だが、後夜祭で披露したマンドラゴラがどこぞの植物学者の目に留まり、高額で株を引き取りたいというオファーが来ている。
金策についてはクレノもいくつか副案を抱えており、どれから取り掛かるか相談して決めなければならないだろう。
どれもこれも、自分がやらなければならない仕事だと感じることばかりだ。
出世や、形ばかりの成功にはもう未練はなかった。
頃あいを見はからい、クレノ顧問は自分の部屋を出た。
ギシギシときしむオンボロ階段を登り、扉の前にはバカみたいにカラフルな字で『フィオナのお部屋』と書かれている扉の前に立つ。
懐中時計を確認する。
朝九時。
一秒の遅れもなく扉をノックする。
すると、中からいちだんとやかましいウグイスみたいな声が聞こえてくる。
「おっそーーーーい! 待ちくたびれたぞクレノ顧問! 入れ!」
扉を開くと、いつも変わらず好奇心にキラキラ輝く青い瞳と、金色の髪をなびかせた十四歳の少女が立っている。
部屋の中にはカレンとハルト隊長が先に来ていた。
「おはようございます、フィオナ・エーデルワイス・ヨルアサ殿下。本日もご健勝のようす、何よりと存じます」
「わらわとそなたのあいだに堅苦しいあいさつは不要じゃ。クレノ・ユースタス顧問——さあ、今日も魔法兵器を開発するぞ! と、その前に……これじゃ! さあ、入ってまいれ!」
フィオナ姫は机の上にカーキ色の軍帽と制服の一揃いを並べてみせた。
これが、今日からクレノ顧問が着る新しい軍服になる。
「クレノ・ユースタス技術中尉、これからもわらわと共に魔法兵器を開発してくれるな!」
「はい、もちろんです姫様!」
クレノ顧問は迷いなく返事をする。
王国歴435年、向日葵の月一日。
クレノ顧問が本当に本当の意味で魔法珍兵器開発室の仲間になった、その最初の日のことである。