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第47話

二日後にスラッドから連絡があり、スラムのリーダーが集まってくれることになった。


俺はまたもやひとりでスラムを訪れ、会場である建物へと入る。


指示された部屋へと入ると、剣呑な視線が突き刺さった。


疑心暗鬼な者がいることはわかっていたが、こちらに向けられた感情に不安を抱く。


特に恨まれるようなことはしていないと思うが、この感じは話し合いをする上ではよろしくないものである。


全員が集まったところで、前に立って口を開いた。


「本題に入る前に、私に何か言いたいことがある方は、濁さずに思っていることを伝えてもらえませんか?」


部屋の空気が張り詰めた。


スラッドがどうすべきかという目線を各自にやっている。


これは下手をすると一触即発の雰囲気だ。


「だったら言わせてもらうぜ。あんた、この街に来たときに衛兵を売っただろう?」


怒りを抑えることなく、ひとりの男から感情をぶちまけられた。


そういうことか。


あの衛兵は彼らの知り合いなのだろう。


「売ったつもりはありませんが、結果的にそうなったようです。それが何か?」


「あいつらは俺たちと同じ国から来た。何年も我慢してようやく定職に就いたのに、酷い仕打ちじゃねぇか。」


「あなたは彼らの身内ですか?」


「そうだ。」


「家族だと?」


「家族じゃないが、身内みたいなもんだよ。」


「家族でなければただの難癖だと思います。彼らは犯罪を働いた。」


「だからといって身売りさせることはねぇだろうが!それに、あの事件のおかげで、俺たちスラムの人間は信用されなくなったんだぞ!!」


ああ、本音はそれか。


ようやく理解した。


「つまり、あなたは身内が罪を犯しても、償う必要はないとおっしゃりたいのですか?」


「そうは言ってねぇ!」


「そう言ってるように聞こえます。あなた方はこれまでに苦労してきた。努力してこの街で信頼を得ようと頑張ってきた。そこまではわかります。」


「だから···」


「感情論で話をする気はないですし、逆恨みで文句をつけられるおぼえはありません。」


「てめえ···」


男のこめかみに血管が浮いている。


スラッドは今にも飛びかかるのではないかと、腰を浮かせて抑えようとしてくれているのがわかった。


俺にからんでいる男はあいつと同じだ。


何も考えず、窮地に立たされたら逆恨みして人に危害を加えようとする。


「生活に困窮して、仕方なく罪を犯したのならまだわかります。しかし、彼らは定職に就いていて、さらに街の人を守るための衛兵でもあった。それなのに無罪放免にすることを容認する考えの方が危険だと思いますが?それと、仲間を案ずる気持ちは立派です。ただ、それならああいった行動を起こす前に、諭しておくべきでしょう。」


男は歯を食いしばり、拳を握って震わせていた。


ここでの悶着がマイナスに働く可能性はある。しかし、スタンスははっきりさせておかなければならない。


最初から向こうのうがった考えを受け入れることは、築こうとしている体制に歪みを入れることになるのだ。


「確かにそうだ。彼らの行いで我々の信用はなくなった。しかしそれはこの人のせいじゃない。それと、家族には当面の生活に困らないだけの配慮をしてくれたとも聞いている。」


スラッドが助け舟を入れてくれた。


「そうだな。この人に非があるわけじゃない。」


「むしろ、俺たちにとっていい話だと思う。」


他のリーダーからも支持してくれる意見が出た。


「あなたの感情は当然のものだと思います。しかし、あなたを慕う人たちのためにも、今回の話をどうするか話し合ってはもらえませんか?」


最後にそう締めくくり、今後の動きや考えている体制についての説明を始めた。


しかし、絡んできた男はずっと俺をにらんだままだ。


一抹の不安を感じながら説明会は幕をおろす。


そして、数日後にその男と一派は、この都市から姿を消してしまった。


ひとつの懸念だけが残ったが、あまり気にしても仕方がないと思い、記憶の片隅に追いやることにする。


やるべきことは多い。


やり取りに不備がなかったか考えるのはやめにした。




春までの稼働を目指して、様々な体制づくりを行った。


もちろんひとりではなく、商工会やアヴェーヌ家の全面協力があってこそだ。


スラムから就業を希望した者には、まず衣食住の環境を手配する。そして店や事業を行っていた経験者には、適性を見て担当を割り振った。


読み書きについては大半が拙いものだったので、教会に協力を行ってもらい神父とシスターが交代で講義を開いてくれている。


少なくともこの都市の教会は善人ばかりで、こちらが恐縮してしまうほど尽力してくれたのだ。さすがに信仰するとまではいかないが、それなりのお布施をさせてもらった。


因みに、神父やシスターの教え子となった者からは、何人かの入信者がいたそうだ。にこにこ顔で聖書や新聞を勧めてくるどこぞの教徒よりも、人柄で敬われて信仰に転換される様は正に聖職者といった感じである。





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