スラム街出身の者たちは、それぞれに担当を割り振られて、自主的に協力を申し出てくれた現職の職人や商工会、各ギルドの専門職に師事することになった。
読み書きについても二ヶ月後にはかなり洗練されたものとなっており、各人でも成長を実感するレベルとなっている。
その間に温室の建築に取り組んでいた俺は、ガラスと石材、木材や生分解性プラスチックを素材として小規模なものを完成させていた。
「これが温室か。冬場でも暖かいな。」
ユーグが感嘆していた。
風が入らないように隙間なく作るのに苦労したが、なかなかの出来だった。ビニールハウスのような完成系ではないが、しっかりとしており日光もそれなりに入っている。
「これで収穫が見込めるようなら、予算をかけて大規模なものを作るといい。全面ガラス張りにして破損しないように、外側は金網で保護するのがベストだと思う。」
「そうだな。コーンシロップやエタノールに高値がついたし、問題はなさそうだ。事前投資で今から建設にかかろう。」
生分解性プラスチックは強風には弱い。今は木枠で補強してあるが、どちらにせよ風雨にさらされると長持ちはしないだろう。鉄枠に変えて錆止めの塗装が出来るようにするには資金を稼ぐ必要があった。
その後はチコリの栽培を増やしてもらえるように農家と掛け合ったり、釣り用の疑似餌が量産できるよう食器をメインに作る工房と専属契約をしたりなど多忙を極め、水面下で俺の行く末を左右する謀がされているなど知る由もないなかった。
「賢者だと?」
「ええ、本物かどうか怪しいものですがね。」
「ふむ···」
年が明けてからすぐに、武器商人であるヴァースはアヴェーヌ家が治める辺境の都市からやって来たという男たちと面談していた。普段なら素性のわからない者とは会わない主義だが、耳寄りな情報があるという言葉と商売のネタである戦争が終結してしまったことで会ってみることにしたのだ。
「その賢者というのはどこから来たのかわかるのか?」
「そこまでは知りません。ただ、黒髪黒目で背の高い男です。」
ヴァースも半ばお伽噺のようになっている賢者の話については聞いたことがあった。男が話している賢者も、外見だけでいえばそれと一致している。
「いいだろう。その情報を買ってやろう。それと、他にもやってもらいたいことがある。しばらくこの街に滞在しておくといい。」
ヴァースは笑みをもらした。
これをネタにまた一儲けができるかもしれないのだ。
帝国は長きにわたり戦火の中にあった。
それが少し前に敵国を制圧してしまったのだ。
もたらされた情報は、再び帝国を戦火に巻き込むネタになるかもしれない。
ヴァースの頭の中では様々な思考が繰り広げられていた。
この世界の武器商人というのは、戦闘に従事する人間が多いため、それなりに花形の商売である。各都市には必ず武器工房が複数存在し、その多くは売買だけでなく、研ぎや補修だけでも十分な暮らしができていた。
しかし、ヴァースのような武器商人は、店舗を構えずに国や辺境を治める貴族などと大型の取引きをするのが商売の柱となる。
また、扱う商品は自前で仕入れた武器だけでなく、敗戦した国からの回収品も買い取って各都市へと流通させている。新品よりもひとまとめいくらで引き取った武器の方が儲かるのはあたりまえで、ヴァースなどはその商売で莫大な利益を得ていた。
それ以外にも、敗戦兵を戦奴や過酷な環境下での労働者として身売りさせることも商売の柱となっている。通常では犯罪者くらいしかそういった人身売買はできず法に触れてしまうのだが、戦争というものは特殊なものでその行為も正当化された。
数十年に渡る帝国を中心とした戦争はヴァースに大きな利潤を生んだ。そして、それで手に入れた資金を各国の有力貴族に貸付け、今や一商人とは思えぬほどの力を手に入れていたのだ。
「帝国に密書を送れ。それと、その賢者と呼ばれる男の調査も、人を向かわせて可及的速やかに行わせろ。」
賢者の情報をもたらせた男たちを帰した後、ヴァースは近くに控えていた秘書にそう伝えた。
「承知しました。」
この秘書は長年ヴァースに仕えている有能な男である。
話を聞きながらヴァースの次に取る行動を既に予測しており、頭の中では帝国に送る書面の内容と調査に向かう人員の目処をある程度つけていた。
賢者と呼ばれる男はその素性を暴かれ、取引材料に足るものであれば金儲けの材料にされて終わるだろう。
それはいつものことである。
しかし、再び戦火をもたらすというのは少しやり過ぎではないかと、頭の片隅で思う秘書ではあった。だが、自分がどうこうできる問題でもない。
秘書はヴァースに気づかれないように、そっと息を吐いた。