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第49話

進めていたものがある程度形になり、俺個人としては時間を持て余すようになった。


温室ではオリーブではなくトウモロコシの栽培を行い、そこで採れたものをコーンシロップにして出荷する計画が進んでいる。


規模が小さい今の温室でオリーブ栽培に着手するよりも、コーンシロップの出荷に力を注いだ方が資金調達がしやすいと判断したからだ。


オリーブから作る石鹸は高値で販売できる。しかし、南部で流通しているものほどの品質と量はすぐに見込めない。それに少量を流通させたところで、南部を治める貴族との軋轢を生むだけだと考えられるのだ。


産業とは、それひとつで勝負できる商品やサービスがあればこそ発展しやすい。南部よりも王都までの距離が近いこちら側には、輸送コストという面で有利な材料がある。しかし、そこで石鹸を単価を下げて流通したところで、安かろう悪かろうのレッテルを貼られてしまう。特に南部の貴族は、今後のためにこちらの出鼻をくじく行動を取る可能性が強かった。


ビジネス用語でブルーオーシャンとレッドオーシャンというものがある。ブルーオーシャンは新しい領域を開拓することで、競合がいない市場のことを指す。対してレッドオーシャンは競争の激しい飽和的な市場のことだ。


事業を立ち上げるなら当然前者だが、前世ではニッチなものを見つけるしかなかった。俺がやっていた事業の一部はそういったものだ。


例えば、低額のサブスクで会員企業を募ったweb求人は、他の求人媒体と比較すると価格破壊を行ったといえた。通常、求人広告というものは顧客側である企業や店舗側にヒアリングを行い、キャッチコピーや必要な情報を基に記事を作成する。もちろんそこにはフォーマットがあるのだが、記事作成や校正には人手が必要だ。その人件費を抑えるために、簡易入力で顧客側に入力してもらい経費を格段に抑えることができた。


しかし、安いだけでは当然顧客は増えない。


そこは他サービスとのシナジー効果が絶大な威力を発揮する。


簡単なところでいえば、知恵袋サイトのオモイカネにバナーを貼り付けて求職者を募ったり、ポイントプログラム事業者との提携によって求職者がアクションを起こしたときにポイント付与や商品との交換ができるサービスなどだ。


知名度が低い新参の会社が急進的に事業を伸ばそうと思うと、有名企業の名前を借りて信頼度を上げ、さらにサービス利用者のメリットを拡大することが必須といえる。


当然、有名企業との提携には契約前に審査が行われ、サービス利用者へのメリットについては経費なども発生するのだが、それほど問題ではなかった。


提携するために相手がメリットを感じるかを考え、さらにしっかりとしたコストメリットを踏まえてシミュレートすることで、初期の段階でもある程度の目算は立つ。


オリーブや石鹸の取り扱いをやめてコーンシロップをメインにしたのはそういうことだ。


競合のいない市場で独占的に流通網を作り、それを呼び水として他では取り扱っていない商品の販路も構築していく。そしてその基盤がしっかりとしたものになれば、輸送コストの面で有利に立てるオリーブや石鹸の流通も成功に導きやすい。


まあ、南部の貴族とあえてもめる必要はないので、石鹸についてはオリーブではなく他の原料で行うことを考えてはいる。


既にブランド化しているオリーブの石鹸に、あえてガチンコ勝負をかける必要などない。養蜂や酪農を活性化させて蜜蝋やバターを使った石鹸を開発するなど、様々なアイデアを時期に合わせて具現化すればよいのだ。


産業を発展させるにしても、今のこの都市にはまだまだ不足しているものが多い。物や金を増やすためには人に投資することが必要で、そのためにはやはり金がいる。急進的な発展はそのどれかが欠けてしまうため、現在進行形の事業をまず強固なものとする必要があった。


既に今後の方針や拡大のための仕組みは事業スキームとして作り上げてユーグに共有している。また、栽培や販路の構築、教育やキャッシュフローについてもマニュアル化しているので、あとは実践や検証を繰り返して修正や改善を行う段階にきていた。


こちらに来てから既に半年近くが過ぎていたが、春を迎えるようになり本格的な稼働に入る時期となっている。


前世で行っていたのとは毛色の違うものではあるが、自らの知識を生かして新たな市場を切り開くという意味では非常に有意義な時間を過ごさせてもらっていた。


コンコン。


ノックの音が聞こえたので応答する。


「ソー様、ユーグ様がお呼びです。」


部屋に入ってきたドニーズさんの雰囲気を見て、何かが起こったのだと察した。


表情には出さないように配慮しているが、普段とは異なる緊張感というものはなかなか消すことはできない。


「わかりました。すぐにうかがいます。」


栽培や製造に関して何か問題が起こったのだろうか。


そのときの俺は、そんなことを思っていた。




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