目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第50話

執務室に入ると、重苦しい空気が流れていた。


ユーグとティファだけでなく、そこにはアヴェーヌ公爵までいる。


瞬時に嫌な予感がした。


アヴェーヌ公爵がここにいるということは、事業に関してなら何か大きな違法行為や瑕疵があった可能性がある。


違法行為はそのまま法律違反、瑕疵は製品に重大な欠陥があった場合だ。この国の法については一通り目を通しているが、前世のものとは比べ物にならないほど甘いものだった。しかし、わざわざ公爵が出向いて来たということは、領内だけの問題ではない可能性が高い。


公領内での行いは、ユーグや公爵に監督責任がある。そこで出荷したものが、他の領地や王都で何らかの不都合をもたらしたのであれば、かなりの大事だといえた。


「わざわざすまない。まずは座ってくれ。」


ユーグにそう言われてソファーに腰を下ろすと、同じように座ったのはユーグだけだった。


公爵やティファの表情とユーグの沈黙で察する。


これはこちらに負い目があることではないと。


何らかの障害があり、事業を取り止めるか大きな方向転換をしろということだろうか。


王家や他領との衝突を生まないよう慎重に取り組んだつもりだったが、何か見落としをしていたのかもしれない。


彼ら三人から漂う雰囲気には、重苦しさに紛れてこちらに対する心痛のようなものを感じたのだ。


「率直に言う。ソー、帝国に行ってもらえないだろうか?」


帝国?


予想外の言葉が出た。


帝国というのは、この都市から山を越えた向こうにあるゼベライド帝国のことだろう。長きに渡り隣接する三カ国と戦争を行い、多くの難民を作り出した元凶ともいわれている。ここと隣接する地域も、ほんの数年前までは違う国だったそうだ。


ゼベライド帝国は、人間ではなく魔族が支配していると聞く。


魔族と大仰にいっても、魔王の手下や悪意に満ちた存在ではない。彼らは、生まれながらにして魔力を増幅する器官を持った人間である。


こちらの世界では亜人とも呼ばれる種族だが、人と同じ言語を介し、似たような習慣で日々を営む者たちである。


大きな違いは高い魔力量とそれを制御する術に長けており、それによって普通の人間とは格段上の戦闘力を保持しているという点だそうだ。


俺も直接出会ったことはないが、浅黒い肌に白銀の髪を持ち、耳が長くて端正のとれた容姿をしているらしい。


それってダークエルフでは?


と考えてしまう身体的特徴だが、エルフとは種を異にするそうだ。外観は酷似しているが、ダークエルフが濃緑色の瞳を持つのに対して、魔族は紅い瞳を持つらしい。


魔族は正式にはヴェネフィクスという種族名である。


呪術師や魔法使いといった意味があるそうだが、確かラテン語でウェネーフィクスというのが似たような意味を持っていたなと感じたので記憶に残っていた。ということは、言語もこことは異なるのだろう。


「理由を聞いても?」


そう返すと、ユーグは一度口を引き結び、大きく息を吐いた。


「帝国が戦争に勝利してから、もう一年ほどが経過する。長年の戦いで疲弊しているとはいえ、彼らは戦闘種族と称されるほど強い存在だ。我が国は、終戦を機に帝国と和平を結ぶために画策していた。」


帝国の国力がどの程度かはわからないが、武力では勝てないから懐柔しようというつもりらしい。


「これまでにゼベライド帝国やヴェネフィクスと呼ばれる民との接点はあったのか?」


「いや、戦前も互いに干渉することはなかった。彼らを血に飢えた野獣のようにいう者もいるが、自ら他国を攻めるような真似はしていない。むしろ、戦争を仕掛けたのは敗戦国の方だ。」


それは何となく情報として聞いていた。


ゼベライド帝国は、もともと国というより亜人と呼ばれる人種たちがそれぞれ異なる地域で生活していたのを、他からの侵略に抗うために魔族が統率してできたものだといわれている。


その歴史ははっきりとしないが、今回の戦争の開始時点では帝国と名乗っていたそうだから、新興国ということかもしれない。


因みに、戦争が起こった原因は帝国に存在するといわれている無数の資源だそうだ。それを巡って隣接国が合流し、宣戦布告したのが始まりだと聞いている。


戦いが長引いた理由は、兵の数が少ない帝国が侵攻に対して後手に回ったからで、それも魔族の圧倒的な力で押し返す結果となったらしい。魔族が皇帝として君臨したのもその戦闘力の高さゆえだろう。


一般的に王国は国王を最高権力者とする。対して、帝国はそういった複数の王国を皇帝が統治する大国家のことをいう。おそらく、様々な種族の王を、皇帝である魔族が支配もしくは統治しているという解釈でよいのだろう。


「その辺りの経緯は何となく知っている。それで、その和平を結ぶ条件がもしかして俺なのか?」


話を深読みするとそういうことになる。


通常なら、和平の条件として互いを裏切らないような施策が行われるはずだ。一般的に血縁関係を結ぶのが定石のように思う。


今回ならこの国の王族を皇帝に嫁がせるなどになると思えるが、なぜ俺なのだろうか。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?