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第57話

あと1時間くらいで国境に差し掛かるところまで来ていた。


冒険者が言っていた待ち伏せに最適な場所も近い。


俺は手枷を片手につけたまま襲撃を待っていた。


少し重いが、防具や武器として使えなくはない。相手は剣やナイフを所持している可能性が高いのだ。冒険者が抗戦すると言ってくれているが、相手の人数次第では戦闘に巻き込まれる可能性がある。それに、まだ他の人間を完全に信用しているわけではない。あまり気を許し過ぎると万一がないとも言い切れなかった。


冒険者は三手に別れて進んでいる。


窪みのように道路が沈んでいるため、両サイドに一名ずつ配置して襲撃に備えているのだ。木々が生い茂っているとはいえ、両サイドの縁から狙われたら弓は通りやすい。


一番危険度が高い御者台には、冒険者パーティーのリーダーが座り木盾を手に持っている。


こちらの人数は筒抜けだろう。防御する側は5名。


攻撃三倍、もしくは三対一の法則というものがある。攻撃する側よりも防御する側の方が有利なため、攻撃側が成功するためには三倍の戦力を要するという考え方だ。因みに、攻城戦などでは10倍の戦力が必要となるが、これらはあくまで基本に過ぎない。


今回の場合、内部にひとり敵がいる。もちろん、すでに無力化しているのだが、それを頭数として考えた場合でも、推測できる敵の人数は5~10名ではないかと思われた。


冒険者3名に対して同数か倍の人数。俺とスラムの男がどの程度の戦力と見られているかで残りは前後する。それ以上の人数ともなると、移動中に目立ってしまい目撃者を増やすことになる。


仮に10名の敵が襲いかかってきたとして勝てるだろうか。


こういったことに関しては、持っている知識はあまり役に立たない。合気道を通じて知り合った軍人から多少の話を聞く機会はあったが、表面上のことしか教えてもらえなかった。それに、前世の戦術論が役立つかどうかもわからない。ここは本職の冒険者に任せた方がいいだろう。


そう考えていると馬車が止まった。


まさか同行している冒険者もグルじゃないだろうなという不安がつきあがってくる。


「ちょっと様子がおかしいな。」


御者台の冒険者リーダーがそう告げる。


状況を確認しようとした矢先に、他の冒険者が馬車に近づいてきた。念のために、いつでも逃げ出せるように退路を確認する。


「少し先の方まで確認しに行ったら死体が見つかった。獣か魔物に襲われたらしい。ざっと見て4人は殺られている。」


「相手が何かわかるか?」


「食われ方から見てクルトーかもしれない。」


アヴェーヌ家にあった文献でその名を目にしたことがある。狼の王ともいわれる魔獣だ。


牛ほどの身体を持ち、赤い体毛におおわれた狼だ。18世紀のフランスを恐怖に陥れたジェヴォーダンの獣のようだと思った記憶がある。


「まずいな。」


死体というのは待ち伏せていた敵の可能性が高かった。長時間同じところに居座っていたので狙われたのかもしれない。


「足跡から一頭だというのはわかっている。ただ、見つかったら馬車で逃げても追いつかれるぞ。」


冒険者リーダーがこちらを見た。


「聞いての通りだ。人間の待ち伏せよりも厄介な奴がいる。へたに動き回ると危険だから、この場所で待ち受けて迎撃するがそれでかまわないか?」


「お任せします。かなり危険な相手でしょうか?」


「そうだな。身体が大きい分、木々の中での動きは狼より劣るが凶暴だ。ただ、不意をつかれなければ何とかなるだろう。」


落ち着いて話す冒険者の様子を見て少し安心した。


まったく敵わない相手ではなさそうだ。


とはいえ、隙のある人間から襲われるだろう。スラムの男はわからないが、俺には狩猟の経験すらない。


「馬車の中より木立の間を進んだ方が安全だ。視界の開けた道は奴にとって動きやすいし、馬が狙われるかもしれない。」


「わかりました。」


馬車には幌がついているが、牛ほどの大きさがある狼などに襲われたらすぐに駄目になりそうだと感じた。


俺は左手につけたままの手枷の鎖を、そのまま左腕に巻つけた。前腕部をカバーする防具として使う。


スラムの男とともに馬車を降り、木立の方に這い上がった。


「死体はまだ新しい。足跡がひとつ別の方角にあって、クルトーはそちらを追ったようだ。どうやら待ち伏せていたのは5人だったみたいだな。血の匂いで他の魔獣が来るかもしれないから気をつけろ。」


他の冒険者にそう言われて黙って頷いた。


不思議と緊張感はない。


この世界に来て最初にヒグマに襲われたときは混乱したのだが、今は他に味方がいるからだろうか。それとも、一度命を落として異世界に転がり込んだことにより、死生観が変わってしまったのか。


どちらにしても冷静でいられるのだからちょうどいい。


襲われたときに武器となるものをチェックし、茂みに隠れるように移動した。





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