目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第56話

武器商人の子飼いと思われる男が、何となくそわそわとした様子を見せていた。


時おり外の景色を見ているが、その頻度がこれまでよりも明らかに多かったのだ。


「すまない。どうしてもがまんできそうにないから止めてもらえないか?」


俺はお腹を押さえながらそう言った。


「も、もう少ししたら国境だから我慢しろ!」


男は声を荒らげてそう言う。


わかりやすくて助かる。


「どれくらいかかる?」


「あと2~3時間くらいだ。」


「ああ、それは無理だ。ここで漏らしたらひどく臭いぞ。」


男がこれでもかと言うくらいに睨みつけてきた。


もうしばらく行くと待ち伏せの場所なのかもしれない。


「おい、いいだろう。中で漏らされたら臭くて息もできなくなるぞ。」


スラムの男が助け舟を入れてきた。


俺と男のやり取りに不穏な空気を感じたのだろう。


馬車を止めてもらい木陰に行く。スラムの男が監視役としてついてきた。


「本当にヤバそうだな。」


「たぶんだが、すぐ先で待ち伏せている。」


俺はそう言いながら、アーミーナイフの缶切りを取り出す。その先はマイナスドライバーとして使えるようになっているのだ。


片方の手枷の鍵穴にそれを差し込み、縁にそって軽くスライドさせる。


「···そんなに簡単に外せるのか?」


「これは移動時に使う手枷だからな。それほど複雑な錠はついていない。」


現世の手錠と似たようなタイプだ。


恒久的に使うものではないため、それなりの錠しか備わっていない。手錠の外し方というのは思っている以上に動画で配信されている。変形させたクリップやマイナスドライバーで開錠する方法をそこで覚えたのだ。


俺は外した手枷をもう一度手首に巻き、錠が締まらないように袖口を噛ませて固定する。


「戻ったら奴の意識を奪う。」


俺はそう言って、馬車へと戻った。


中に入った瞬間に、男の鎖骨の間より少し上を指で軽く突く。咳き込んだところに相手の片腕を巻き込み、首に腕を回して腰を沈め締め落とした。


鎖骨の間のすぐ上には秘中という急所がある。そこを軽く押すだけで相手は咳き込んだり呼吸困難に陥る。その流れで首締め落としという技で意識を絶ったのだ。


一瞬の出来事にスラムの男は目を丸くしていたが、別に説明する必要はないだろう。


再び外に出て冒険者たちに声をかけた。


「あの男は意識を奪ってあります。先ほどまでの様子から、この先で待ち伏せている可能性が高いでしょう。」


俺は冒険者のリーダーに話を通していた。


彼らにしてみても、依頼の失敗だけでなく最悪の場合は自分たちも命を落とす可能性があったのだ。こちらの話を信じて協力してもらえることになっていた。


「この先の地形だが道が窪んだ場所がある。両側が低い土手のようになっているところが数十メートル続くんだ。そこが一番狙われやすいだろう。」


彼らは何度かこの道を行き来したことがあるらしく、意識を奪った男に気づかれないように待ち伏せのポイントを絞ってもらっていたのだ。


「危険に巻き込んでしまって申し訳ありません。」


「いや、もとよりそれが俺たちの仕事だからな。気にしなくていい。」


「ありがとうございます。」


俺たちはその場で作戦を練り、しばらくしてから馬車を出発させた。


正直にいえば、いきなり襲われた方が気持ちの面で楽だった。


事前に襲撃がわかっていると、どうしても不安が押し寄せてくるものだ。


しかし、スラムの男や冒険者たちを味方にできたのは大きい。あとは過剰な人員が待ち伏せに投入されていないことを祈るばかりだ。




「俺は何も知らねえ!」


馬車の中では意識を取り戻した男が喚いていた。


スラムの男が意識のないうちに縄で縛ったため、動かせるのは口だけなのである。


「普通に話しただけじゃ口を割らないな。拷問でもするか?」


「いえ、そこまでの必要はないでしょう。襲って来た瞬間に、縄で縛られたこの男を馬車から蹴落とします。襲撃中でも状況を見てこいつが口を割ったと思うでしょう。」


「···ちょ、ちょっと待て!」


縛られた男が何かを言いかけたが、俺は無視して話を続ける。


「襲撃が無事に済んでもこいつは裏切り者として処断されますし、私たちが襲撃を退けることができたら魔族に身柄を渡します。どちらにしても無事では済まないでしょう。」


誘導というよりも脅迫観念を植えつけるものの言い方である。あらかじめこの話をこいつに聞かせるよう打ち合わせていた。


あまり好きではないが、向こうはこちらの命を狙ってくるわけなのだから好き嫌いは言っていられない。それに、ビジネスではこういったグレーな交渉術を使う奴は少なからずいた。


「待て···待ってくれ。それは俺に死ねと言ってるのと同じじゃないか!」


しっかりと意味を理解してくれたようだ。


襲撃が成功しようが失敗しようがこいつは用無し、もしくは罪人として扱われる。慌てぶりを見ると命に関わる問題だと自覚しているのだろう。


「助かるか助からないかはあなた次第です。こちらに協力するなら、最悪の結末を迎えないように助力するかもしれませんよ。」




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?