「本来、こういったやり取りでは立場の弱い方か、もしくは互いに王室や皇室の人間を嫁がせるなどの話になる。血縁関係ができれば戦争の抑止力にもなるからな。だが、今回はなぜか俺が指名された。俺はこの国の生まれでも何でもないんだ。帝国行きを嫌がって、途中で逃亡してもおかしくない立場だ。」
スラムの男は俺が話す可能性を理解できたのだろう。黙って話を聞いていた。
「しかし、俺は黙って今回の話を受け入れることにした。短い間だったが、あの街の人々には世話になったからな。ここで逃亡して、彼らの身が危険にさらされるのは避けたかったからだ。」
「···おい、待てよ。帝国が攻めてきたら、あの街も被害にあうというのか?帝国が攻めるなら王都じゃないのか?」
「王都に攻め込むのは簡単なことじゃない。物資の補給箇所や拠点を作るのは常套だろう。あの都市には防衛のための戦力はそれほどいない。それに、王家の血を引く公爵家の領地でもある。その公爵家の一族を捕虜として狙う可能性や帝国からの距離を考えると、攻め込まれる可能性はゼロじゃない。」
「そんな、あそこには俺のお袋がいるんだぞ!」
スラムの男は本気で焦っていた。
戦争による被害は戦死者だけでは済まない。経済や産業の破綻、生きながらにして人の尊厳が踏みにじられる行為をされることもある。
「あなたがそこまで知って、手引きしたのじゃないのがわかってほっとしている。」
「どういう意味だよ?」
「今はまだ可能性の問題だ。実際にそうならないよう未然に防ぐ手立てはあるだろう。」
「···どうしたらいい?」
「まずは警戒しよう。同行している者で危険な奴の動きを見張るしかない。」
「奴か···」
「冒険者についてはどう思う?」
「···あいつらが商人と関係あるかはわからねぇ。ただ、今回の出発で初めて顔を合わせた。」
判断が難しいところだが、武器商人の一味ではないかもしれない。とりあえず、いちばん警戒すべきはあの男だろう。
「わかった。探りを入れてみる。それと、もし俺が襲われそうになったら、あなたはチャンスを見て逃げろ。」
「え?」
「どういう結末になるかはわからないが、都市に戻ってアヴェーヌ家に顛末を伝えるんだ。最悪の場合でも戦争は避けなきゃならない。公爵家の人間なら何らかの手を回すだろう。」
「あんたはどうすんだよ?」
「何とかする。」
正直な話、命のやりとりなどしたくはない。
ただ、俺が先に逃亡しても必ず追っ手が放たれるだろう。それならば、俺が囮として奴らを引きつけ、帝国領に駆け込んだ方がいい。
帝国側が武器商人とぐるでなければ、俺は保護される可能性がある。それに、スラムの男が逃げ切るための時間稼ぎにもなるはずだ。
別々に逃げたとして、奴らの狙いは俺にある。冒険者が奴らの一味でなければ、追っ手の人数も限られるということだ。
ただ、どこかで待ち伏せている者たちがいるかもしれなかった。
「少しかまわないか?」
スラムの男が武器商人の子飼いと思われる男を引きつけている。酒で誘導して、馬車の中に引き込んでもらったのだ。
俺は夜の見張りをしている冒険者のリーダーの所へ行った。
「ああ、かまわないぜ。」
三十歳前後で冒険者の中でもムードメーカー的な男だった。
「少し話を聞きたい。」
「ん、何だ?」
「あなたたちは、今回の護衛を商人から直接受けたのか?」
「いや、当然のことだがギルドを通してるよ。」
「これは興味本位で聞くのだが、冒険者の中にはギルドを通さずに直接雇われた方が報酬がいいと言ってた奴がいる。実際はどうなんだろうか?」
「ああ、まあ確かにそうだな。そのままその相手と専属契約する奴もいるしな。」
「やっぱりそうなのか。」
「ただな、それをすると冒険者としてのランクが上がらないんだ。俺たちは小銭稼ぎに護衛の仕事も受けるが、それはあくまで装備や物資を揃えるためのものだ。他にやりたいことがあるから、その準備って感じかな。」
「冒険者としての夢ってやつかな?」
「いや、そんないいものじゃない。俺たちはみんな同じ村の出身なんだけどな、盗賊に家族を殺された過去を持ってる。だから腕を磨いて盗賊専門のスレイヤーになりたいと思ってるんだ。」
「そんなのがあるのか?」
「ああ。盗賊もいろいろだけどよ、帝国で長引いた戦争のせいで、敗戦兵がそうなったケースがタチが悪いんだ。そいつらは略奪なんかに味を示してるし、剣の腕もそれなりだからな。だから俺たちはそういうやつらを討伐して、自分たちみたいな思いをする人がいなくなるようにしたい。」
「そうか。素晴らしい目標だと思うよ。」
人間とはそう単純ではない。
しかし、この男のような思いを持った者なら、これから先に起こるかもしれないことに対して力になってくれる気がした。もし俺がだまされているとしたら、その時はその時で対処するしかないだろう。