話を聞いていると、単純に金の卵と思われているわけではないのだと思う。
確かにコーンシロップやエタノールは利益を生む。
しかし、不作の年もあれば、他国が同じ製法で真似てくることもあるだろう。競合するようになればその価値は下落するものだ。しかも、すでに隣国で生産できるようになっているのに、二番煎じでは利益もしれている。
「コーンシロップやエタノール以外に目的があるのでしょう?」
「ええ、もちろん。詳しくはマイグリンから話があると思うけど、私たちの国は長く続いた戦争で疲弊しているわ。それに、戦いばかりで有能な知恵者がいないの。」
「そのために私を?」
「そうよ。武器商人が賢者の話を持って来たときに、マイグリンはそれに飛びついたの。だから強引にあなたを和平条約の条件にした。それと、私の婚姻についてもだけど。」
「その武器商人ですが、私を亡き者にして戦争を再び起こさせようとした節があります。」
「ええ、バンザから聞いているわ。あの武器商人は信用できなかったから、冒険者を動かしたのよ。」
ということは、間接的に俺を護ってくれたのはエフィルロスかマイグリンということになる。
「エフィルロス様、今更ですがお気遣いありがとうございます。あなたのおかげで無事にこちらに来れました。」
頭を下げて礼を言うということはしない。目礼で感謝の意を伝えたのだ。
お辞儀は日本やアジアの一部でのみされることで、他の地域では神に対して行う儀礼であったりする。しかも、状況に合わせて何種類も使い分けるのは日本人だけなのだ。
こういった慣習も、知らない地域で行うと相手が戸惑ってしまう。また、国によってはお辞儀をする者は落ち着きがないとして、相手に不快感を与えてしまうこともあるのだ。
余談だが、人前で鼻をすする行為も欧米では行儀が悪いこととされ、マナー違反になるので注意が必要だったりする。
ただ、日本ではお辞儀は礼儀作法のひとつなので無下にしてはいけない。特に社会人はその作法がしっかりとできているかどうかで、人間性まで見られていたりする。
「気にしなくていいわ。戦争を望んでいるわけじゃないし、何よりあなたを死なせてしまうわけにはいかないから。」
「国の復興のためでしたら、私にできる範囲で尽力致します。ただ、あなたと婚姻関係を結ぶのはお断りしたい。」
予想外の返答だったのか、エフィルロスは興味深げな表情で聞いてきた。
「それは、私が魔族だから?」
少し挑戦的な目をしている。
何となく言いたいことはわかった。
「人種がどうとかは関係ありません。政略結婚の類は、親族間や家柄なども重要な要素となります。私には家族はおりませんし、好きあってもいない相手と結婚などしても、長年寄り添えるか自信がありませんから。」
「家柄というより、あなたは賢者よね。その血を私たちの中に取り込みたいという目的は果たせると思うけど?」
要は賢者としての子種が欲しいということだ。少し返答に困ったが、当事者同士になるのではっきりと考えを告げておくことにする。
「私自身もそうですが、あなたも道具のように使われて嬉しくはないでしょう。だからいきなり武力に訴えたのでは?それに、私を繋ぎ止めるために婚姻など必要ありませんよ。」
「道具のように扱われるのは私も嫌よ。でも、その後の意味はどういうことかしら?」
「私は知識を得ることが生きがいです。ですから、そちらにある文献などに目を通す機会をいただければそれでかまいません。」
「···そう。賢者らしい意見ね。それについてはマイグリンに伝えておくわ。あと、私の本音も言っておくけれど、私は人族と結婚したいとは思っていない。人種についてはあなたと同じで別にどうでもいいけれど、自分より弱い···まあ、敗けちゃったからそれは置いといて、寿命が違いすぎる相手とは一緒になる気はないわ。」
そういえば、魔族は長命だと聞いていた。
「あなた方の寿命はどれくらいなのですか?」
「人族はせいぜい50~60歳まで生きればいい方でしょう?私たちは100歳くらい。同じ長命種のエルフで120歳くらいよ。」
んん?
微妙な感じだな。
日本人は世界的にも長寿で、男女共に80代が平均寿命だ。前世のデータで考えると、主要国で最も寿命が短いアメリカで、男性は76歳くらいだったと記憶している。これは医学の進歩とともに、乳児死亡率の低下や生活環境が影響している。
ただ、人の寿命というのは遺伝子ではなく環境が決めているという話もあった。
人の細胞は最大で60回まで分裂し、それができなくなるのが110〜120歳くらいらしい。そこが人体の耐用年数の基準となっているのだ。それに環境的な負荷、例えば喫煙であったり食生活や運動習慣、ストレス、衛生面などといったものでマイナス要素が加わって、各国や地域で平均寿命という結果になるらしい。
そういったことから寿命を決める要素は遺伝が25%、環境が75%という遺伝学の論文を読んだことがあった。