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第66話

「まさか。この半年であなたが及ぼした影響はそれとなく聞いているわ。せっかくだから、それを無駄にしないようにするつもり。」


「具体的には?」


「交易よ。シロップやエタノールを仕入れたいの。」


こちらで同じものを作れとは言わなかった。


もちろん、中長期的にはそう考えている可能性は否定できない。


「まだ仕組みができたところです。流通量はかなり少ないと思いますが。」


国内でも行き渡るような量はまだ臨めない。


「ええ、それくらいわかってるわ。でも、こちらには切り札がある。」


「切り札?」


「あなたよ、ソー。」


まだエフィルロスが言っている意味を理解することはできなかった。


情報量が圧倒的に少ないのだ。


「さあ、中に入って。みんなに紹介するわ。」


気がつくと都市の中心部にたどり着いていた。


今更になって不安が胸中に巻き起こる。


彼らは何を考えているのだろうか。疑問は尽きないが、考えても答えは出そうになかった。




「君が賢者ソーか?」


全身がまったく無駄のない体つきをした魔族がそう言った。俺よりも10cm近く背が高い。


同性から見てもかなりの美形だが、整いすぎて冷たい感じに見える。


「初めまして。ソウスケ・イチジョウです。それと、自ら賢者であるというほど自意識は高くありません。」


俺は警戒されないように笑顔を浮かべてそう言った。


牽制の一言である。


彼らもまた、言葉の真偽を判断する手法を用いているのかもしれない。アヴェーヌ家では失敗に終わったようだが、ここにいるのは人族よりも遥かに魔法に長けた者たちだ。


魔法や魔道具、その他の方法で俺が本当に賢者であるかを確かめようとする可能性は大いにあった。自称賢者だったのは高校生のときの自分だ。それをブログの管理人名にしたことはずっと後悔している。前世では後には引けなかったとはいえ、こちらに来てからそれがずっとついてまわるのだ。


「マイグリン・ディエネッタだ。謙遜しなくてもいい。エフィルロスから話は聞いている。」


「どういった話でしょうか?」


「バサノス・イナを一目で何であるか見抜いたそうだな。」


バサノス・イナとは、あのバサルト繊維でできた棒のことだろう。


「あれは活用されているのでしょうか?」


いろいろと細かいことを聞かれると面倒なことになるかもしれない。ただ、あれが理由で俺を呼び寄せた可能性が高いと思えたのだ。


「いや、あれは現在では加工できる者がいない。原料が何かはわかっているが、どういった仕組みで作るのかすらわからない。」


「設備はあるのですか?」


「それもない。ただ、この都市の近くにそれに関連する物が埋まっている可能性があるんだ。」


「埋まっている?」


過去の土砂災害や地殻変動でということだろうか。それとも戦争によるものか。


「そうだ。叡智の土牢。冒険者にいわせればダンジョンというやつだ。」


···ここでそうきたか。


「ダンジョンというと魔物が出るイメージがありますが、いかがなのでしょうか?」


アヴェーヌ家で読んだ文献にはダンジョンについても記載があった。


この世界のダンジョンとは、一部の魔物の巣であったり古代の地下遺跡のことをいうそうだ。因みに、ラノベやアニメでよくあるダンジョンとは異なり、倒した魔物が魔石やドロップアイテムに化けたりはしないそうだ。


冒険者の中でも探索者と呼ばれる者たちは、このダンジョンに潜って魔物の素材や過去の遺物を求めるらしい。


ダンジョンに棲息する魔物の素材は地上では手に入れることのできない高級素材が多く、遺物は財宝としての値打ちがあるからだそうだ。


「調査を行ったが、叡智の土牢にも例外なくいる。ただ、君に行ってもらうのは安全を確保してからになるから安心していい。」


本当に安心していいのかわからないが、ダンジョン行きは確定とのことだ。


「それは賢者が残した設備を動かすためですか?」


「そうだ。君には回収するべきものを見定めて欲しいのだ。ダンジョンの最奥までの距離はかなりのものだ。重量のある設備などをすべて回収するとなるとなかなかに厳しいからな。」


「それらを作った賢者のように、設備類についての知見があるかはわかりませんが?」


「それはそうだろう。君はまだ若いのだからすべてを網羅しているとは考えていない。しかし、我々よりも見る目はあるはずだ。」


「···わかりました。可能な限り尽力します。」


それほど自信はないが、ここで断れる雰囲気ではなかった。


この場にはマイグリンやエフィルロス以外にも、貫禄のある魔族や亜人が何人も顔を揃えている。


疑心暗鬼な目をしている者、興味深げに会話を聞いている者など様々だが、断れば何をされるかわからなかった。





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