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第3話 感覚

「新年、あけましておめでとうございます。みなさんご唱和ください。せーの!ガショーーーーン!…誰かやってくださいよ!」

「加太は新年から元気だな。」

「これくらい元気にならないとやってやれませんよ。」


新年初泳ぎ。年末の他校との合同通い合宿を乗り切った俺たちだが、それぞれ専門距離の違うグループ間で不穏な空気が流れていた。その理由は色々ある。


 その1。short組が楽すぎる問題。最終日の記録会の時だけ顔を合わせたが、あまりにも元気すぎる。きけば、その前日の午後の練習は50mを2本、ダッシュで泳いだだけらしい。他の日の練習も、いつもの練習と遜色ないものだったらしい。それに比べて、middleやlongが専門の、他校に移動した組は、死にそうな練習をしてきた勇者達。多少なりとも羨ましがっても問題ない。


 その2。middle組には優しさがあるのか問題。共に地獄を耐え抜いた仲間たちだが、基本的にlongよりも終わるのが早く、練習最終日には、まだ練習している俺たちを置いて、飯に行ったという。他校の人達は待っていたのに。少しぐらい恨んでもいいだろう。


 そんな年末を過ごしたからか、うちの学校の練習が少し楽に見えてくる。トータルの距離も6000mくらいだから、年末よりも1000m以上短い。


 体操をしてプールに入る。久しぶりの水の感触がとても気持ちいい。それでも、5日ほど泳いでいないからか、水がめちゃくちゃ軽かった。多分掴みきれていないからだ。ウォーミングアップの間に感覚を取り戻さないと、大変なことになるな。


 ひとまず、水の感覚を思い出した俺は、いつもと何ら変わらない泳ぎでメニューをこなしていく。


「加太、泳ぎ綺麗になった?」

「自分では分からんけどそうかな?」


休憩中、声をかけてきたのは同じ学年の美浜佳苗。練習はだいたい同じコースにいるから、よく喋っている。


「さっきのイージー見とってさ、グライド(水に乗っている時間)が長くなったなって。」

「たしかに、それは意識してるかも。意識しないと疲れて死ぬから。」

「年末効果ってやつか。」

「そうそう。」


身体には年末の感覚が残っていて、どれだけダッシュで泳いでも疲れない。タイムも前よりも良くなっていて、やっとあの練習をやっといてよかったと思えた。


「なあなあピー也。俺らさ、ターンの精度良くなってきてね?」

「回るの速くなったよな。」

「ほんまそれな。俺ら年末回りすぎたかな?」

「そらそうだろ。結局誰よりも泳いでんねんから。」


今日のメインも難なく泳ぎ切り、ダウンをする。年末に掴んだ感覚をまた覚えさせながら、それを身体に馴染ませる。この泳ぎが崩れる前に早く夏になって欲しいな。

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