目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第21話 遠征⑥

 待機場所に戻った俺たちは、とりあえず荷物をまとめる。太地先輩のレースが終わったらすぐに帰れるようにして、談笑していた。


「どうする?浜松行く?」

「いや、キツくね?多分みんな一緒やろ。」


太地先輩は今はアップ中。決勝レースに備えてはいるが、薄々そういう雰囲気がしている。


「でも、タイム出たら、それはそれで嬉しいけどな。」

「それはそう。」

「出てくれたらいいんやけどな。」

「やけど、大翔の歌声も聴いてみたくない?」

「絶対美声やわ。」


さっきまでずっと黙っていた反動からか、意外と話が盛り上がる。ここにいれるのもあと数時間。このメンバーで遠出することは、たぶんもうない。今はこの時間を噛み締めよう。


 昼飯を食べて午後2時過ぎ。太地先輩が出場する100m自由形の決勝が始まる。


〇〇〇〇〇


―ピッピッピッピッピー


スタート台に上がって1つ呼吸をする。この緊張感が好きだから、俺は1回でも多く決勝に出れるように努力してきた。


「Take your marks」


ドーム全体が静まり返る。まるでスポットライトを浴びているかのような感覚で、ほぼ毎試合これを感じられる優越感は、なんとも言えない。


―ピッ


スタートの合図がして飛び込む。我ながらいいスタートを切れたと思ったが、浮き上がってきて見えるのは、他の選手の足だけ。加太じゃないけど、後半勝負だな、こりゃあ。


〇〇〇〇〇


 入りのタイムは予選とほぼ変わらないタイム。少し抑えている感じだから後半に温存しているっぽい。


「追いつけ大翔!」

「行け〜!」


そして後半の50mに入った。


〇〇〇〇〇


 ターンしてからの浮き上がりで1人くらいは抜こうと思ったが、他もやはり速い選手ばかり。なかなか追いつけない。それよりもちょっと離されている気さえする。それでも、このままでは終われない。これで終わらないのが俺だ。2日間で疲れきった体にムチを打って、もう1段階ギアを上げる。


 25mのラインが過ぎ、ラストスパート。ありったけの力を振り絞る。まだ体は遠い。ずっと隣の足のところで泳いでいる。それでも追いつかなければならない。JOに出るために。そして、国学社のエースとして。


 ゴールする。振り返ってタイムを見る。53秒75。クソッ。切れなかったか。


〇〇〇〇〇


「あ〜!」

「もうちょいやったのに〜!」


今の精一杯の結果だと思う。だが、JOの壁は遠かった。ラップ表にタイムを書き込む。いつも頑張ってきた太地先輩がこんな結果で終わっていいはずがないが、勝負の世界。結果が全てだ。


「それじゃあ、帰る用意しようか。」


江住先生に声をかけられて、敷いていたマットを片付ける。俺はピー也と先生と共に、ホテルに戻ってキャリーバッグを運ぶ。呼んでいたタクシーに荷物を積み込み、駅へと向かった。遠ざかっていく富士山を眺めながら。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?