とあるアパートのとあるドアの前。茶色のドアにひねるタイプの取手がついた単純な作り。このドアの向こうに私がお菓子を渡す相手がいる。
「あ〜緊張する〜。」
私が男子に渡すなんて初めてだ。今までは女子と友チョコぐらいだったし、そういう相手がいなかった。まあ、カレンもそういう相手でもないんだけど、ね。仲良くはしてるから、友チョコぐらいは。Q達は明日渡すつもりだけど、カレンは家も隣だし…
「そもそも、今日渡す必要があるのか?」
ふと、そんな疑問が出てきた。どうせ明日も会うんだし、別に今日じゃないといけないとかではない。明日渡したときのことを想像してみる。
『あっ、ありがとう。別に学校ちゃうくて家でもよかったのに。』
言いそ〜。あの天然は言いそう。よし、なら今日渡すしかない。頑張れ!私!
―ピンポーン…
あれっ?
―ピンポーン…
おかしいな。
―ピンポンピンポンピンポーン…
留守か。しょうがない。1度出直そう。
自分の家の方に足を向け、とぼとぼと歩き出す。その時、カンカンと誰かが階段を登ってくる音がした。少し期待を込めて振り返る。次第に金髪の頭が見え始め、カレンだと分かった。
「あれっ?音羽ちゃん、どうしたん?」
「あのね、えっと〜…」
なんで今ここで言葉が出てこないのよ!ほぼ徹夜でいい感じの言葉考えてきたのに!
「あの、私からバレンタイン貰えたら嬉しい?」
「えっ、あぁそうか。日本ではそうなんやね。」
「日本では?」
「そう。イタリアでは男子から女子やから。俺、今まで親同士の交換しか見たことないし。」
へぇーイタリアではそうなんだ。ってそんなこと思ってる暇は無い。
「じゃあ、バレンタインに何か貰うんって初めてよね。」
「そうだけど…」
「はいこれ!」
私はマカロンの入った紙袋を差し出す。私、今どんな顔してるかな?
「俺に?」
「そう。相手が日本人だから日本のルールでやらせて貰うよ。言っとくけど、私も男子にあげるの初めてなんやからね。」
「おう、あ、ありがとう。」
カレンはゆっくりと手を伸ばし、袋の持ち手に手をかけた。
「中身に意味ってあるん?」
「意味?そんなん知らんけど。それより、家寄ってかん?イタリアのバレンタインのこと知りたいし。」
「おぉ、ええな。でも、荷物だけ置いてくわ。先戻って待っててな。」
「うん!」