家を出る直前、ニット帽を取ろうとしたけど、やっぱりそのまま置いておく。
「今日は被らへんの?」
「もう暖かくなってきてるからな。」
今日の最低気温は6℃。寒い時にはマイナス2℃とかだったので、その頃に比べるといくらかは暖かくなってきてる気がする。
そういうことを考えてるのはサラリーマンも一緒なのだろうか。マフラーはしているものの、みんなそれで、十分って感じだ。
「もうすぐ1年だね。」
「何が?」
「私が久志の家に居候し始めて。」
「あぁ、そういやそうだったな。」
「最初はあんなにビクビクしてたのに、今やったら自然と私の右隣にいるとか、あの時は考えられなかった。」
「慣れやろ、慣れ。そんなこと言ったら桜もちょっとは緊張してたやろ。」
「まぁね。でも、私より緊張してる久志見てたら、緊張なんか飛んでった。」
「そりゃどうも。一応褒め言葉として受け取っとくわ。」
春の訪れが近づいてくるのが目に見えて分かる。
「乾いた空を仰ぐ、2月の街角。
いつもの場所で君を待つ。」
桜が何やら知らないメロディーを口ずさみ始めた。
「くだらないことでも、別にいいかな?
呟いても何も帰ってこない。」
今のメロディーを聴いて思い描いている絵は多分同じ。俺は桜のメロディーに乗ってみることにした。
「この両手が、届くのならば
僕は君の手を掴んで」
「行かないでと、叫ぶからさ
1人ぼっちにはしないで」
「寂寥が、僕の身体を喰らう
ただその痛みが恋しくて」
「本当は、君を離さないようにさ
冷えた両手で包みたいけど」
「知っていた、高望みは毒と
まだ思い出が邪魔している」
「あの頃は、夢も希望もあった
でも、今の方が夢みたい」
忘れないようにスマホのボイスレコーダーに吹き込む。
「こんな感じで曲作ったことないよね。」
「ないな。でも、」
「「意外と面白い!」」
きいとの待ち合わせにはもう遅れている。多分怒るんだろうな。「曲作ってて遅れた。」なんて言い訳にもならんしな。
「家帰ったら続き作る?」
「当たり前だろ。でも、テスト前だからな。1時間以内に詞とメロだけ作って、テスト後に完成させよ。」
「だね。あっ、きいやっぱり怒ってるね。」
「しょうがねぇな。2人で謝るか。」
俺たちは並んできいのところまで走っていった。