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第35話 寂寥②

 家を出る直前、ニット帽を取ろうとしたけど、やっぱりそのまま置いておく。


「今日は被らへんの?」

「もう暖かくなってきてるからな。」


今日の最低気温は6℃。寒い時にはマイナス2℃とかだったので、その頃に比べるといくらかは暖かくなってきてる気がする。


 そういうことを考えてるのはサラリーマンも一緒なのだろうか。マフラーはしているものの、みんなそれで、十分って感じだ。


「もうすぐ1年だね。」

「何が?」

「私が久志の家に居候し始めて。」

「あぁ、そういやそうだったな。」

「最初はあんなにビクビクしてたのに、今やったら自然と私の右隣にいるとか、あの時は考えられなかった。」

「慣れやろ、慣れ。そんなこと言ったら桜もちょっとは緊張してたやろ。」

「まぁね。でも、私より緊張してる久志見てたら、緊張なんか飛んでった。」

「そりゃどうも。一応褒め言葉として受け取っとくわ。」


春の訪れが近づいてくるのが目に見えて分かる。


「乾いた空を仰ぐ、2月の街角。

 いつもの場所で君を待つ。」


桜が何やら知らないメロディーを口ずさみ始めた。


「くだらないことでも、別にいいかな?

 呟いても何も帰ってこない。」


今のメロディーを聴いて思い描いている絵は多分同じ。俺は桜のメロディーに乗ってみることにした。


「この両手が、届くのならば

 僕は君の手を掴んで」

「行かないでと、叫ぶからさ

 1人ぼっちにはしないで」

「寂寥が、僕の身体を喰らう

 ただその痛みが恋しくて」

「本当は、君を離さないようにさ

 冷えた両手で包みたいけど」

「知っていた、高望みは毒と

 まだ思い出が邪魔している」

「あの頃は、夢も希望もあった

 でも、今の方が夢みたい」


忘れないようにスマホのボイスレコーダーに吹き込む。


「こんな感じで曲作ったことないよね。」

「ないな。でも、」

「「意外と面白い!」」


きいとの待ち合わせにはもう遅れている。多分怒るんだろうな。「曲作ってて遅れた。」なんて言い訳にもならんしな。


「家帰ったら続き作る?」

「当たり前だろ。でも、テスト前だからな。1時間以内に詞とメロだけ作って、テスト後に完成させよ。」

「だね。あっ、きいやっぱり怒ってるね。」

「しょうがねぇな。2人で謝るか。」


俺たちは並んできいのところまで走っていった。


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