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第43話:心臓がキュッとしてきましたわ……!

「うん、オッケェ。これで二人とも原稿は完成だね。お疲れ様」

「ありがとうございます」

「あ、ありがとうございますわ!」

「ニャッポリート」


 本日はラース先生と二人で、豚聖社とんせいしゃにアンソロジー小説の著者校正原稿を持って来たのですが、やっとカイさんからオーケーが出て、肩の荷が下りましたわ。

 まさか著者校正作業が、あんなにも大変なものだったなんて……。

 最初に豚聖社から校正原稿をもらった時は、その夥しい赤字の数に、思わず絶句しましたわ……。

 わたくしが普段、どれだけ言葉の意味を間違って使っていたのかがよくわかりました。

 校正担当の方に、「うわぁ、コイツ『破天荒』を『豪快で荒っぽい』って意味で使ってやがるぜ。プププププ」って笑われてたかと思うと、ドチャクソ恥ずかしいですわぁ~~~~。

 たった2万文字くらいの校正でもあれだけ大変だったのですから、普段ラース先生が本1冊を丸々著者校正する際の労力は、計り知れないものでしょう……。

 改めてラース先生の偉大さが、身に沁みましたわぁ~~~~。


「もう少ししたら正式な本の発売日が決まるからさ。そしたら情報解禁だから、世間の人たちに書籍化デビューするって教えていいよ」

「――! は、はい!」


 マア!

 遂に!

 守秘義務があったので、わたくしが書籍化デビューする件は、まだラース先生とニャッポしか知らなかったのですが、これでやっとわたくしの書籍化デビュー夢への第一歩を、みなさんにお伝えできるのですわね……!!

 あまりにも待ち遠しいですわぁ~~~~。


「あ、そうだ。今年も豚聖社うち主催の謝恩会があるんだけどさ。二人も出席するよね?」

「……え?」


 しゃ、謝恩会……?


「あ、はい、僕は出席させていただきます。ヴィクトリア隊長も出席されますよね? 僕もプロデビューしてからは出席させていただいてるんですけど、豚聖社さんで活躍されてる有名な作家先生たちが大勢出席されるので、ご挨拶できる絶好の機会ですよ」

「――!?」


 そ、そんな……!?

 わたくしが有名な作家先生、と……!?


「で、ですが、わたくしのような無名な作家が出席して、お邪魔にならないでしょうか……?」

「ハハハ、何言ってんの。誰だってデビュー前は無名なんだから、そんなの気にすることないって」

「そうですよヴィクトリア隊長! こんなチャンス滅多にないんですから、出席させてもらいましょうよ! 作家として、絶対良い経験になりますよ」

「そ……そこまで言っていただけるのでしたら……、うん、出席させていただきますわ!」

「ニャッポリート」

「オッケェ。じゃあ二人とも出席ってことで」

「よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いしますわ!」

「ニャッポリート」


 くうぅぅ~~~~、緊張してきましたわぁ~~~~。


「……ところで、多分今年もエミル先生は出席されないですよね?」


 ラース先生?

 ああ、エミル先生といえば、ラース先生の心の師である、エミル・クレーデル先生のことですわね?

 エミル先生の著作も豚聖社から多数出版されておりますので、当然エミル先生にも謝恩会のお誘いはいくのでしょうが。


「うん、多分ね。知っての通り、エミル先生は一切表舞台に出てこないことで有名だからね。編集者との遣り取りも常に代理人を通してだから、社内の人間も、誰もエミル先生とは会ったことすらないんだ」


 へえ、そうなのですか。

 意外とシャイな方なんですのね、エミル先生は。


「そうですよね……。一度でいいから、お会いしてみたかったのですが」


 ラース先生は思いを馳せるように、視線を上げます。

 よく考えたら、大ファンの作家先生に直接お会いできるのって、凄く貴重なことですわよね。

 その点毎日ラース先生にお会いできているわたくしは、本当に恵まれておりますわ!

 この幸運を、神様に感謝しませんとね!




「ヴィクトリア隊長、大丈夫ですか?」

「だだだだだだ、大丈夫ですわ、ラース先生……ッ!」

「ニャッポリート」


 そして迎えた謝恩会当日。

 わたくしはあまりの緊張で、心臓が口から飛び出そうになっておりますわ……!

 先日は勢いで出席すると言ってしまったものの、いざ当日になってみたら、やはり場違いなのではないかというネガティブ思考で、頭がグルングルンしてきましたわぁ~~~~。

 こんなに緊張したのは、14歳の時に、修行で伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンと壮絶な死闘を繰り広げているところに、伝説の超獣ヒステリックモンペオバサンが乱入してきた時以来ですわぁ~~~~。


「僕も初めて出席した時は凄く緊張していたのでお気持ちはよくわかりますが、大抵の作家先生は優しくて良い方ばかりなので、リラックスしていきましょう」

「は、はいですわ!」

「ニャッポリート」


 嗚呼、ラース先生とニャッポがいてくれて、本当に助かりましたわ――。

 もしも一人で来ていたら、逃げ出していたかもしれませんもの……。


「そろそろ時間ですね。会場に向かいましょうか」

「はい!」

「ニャッポリート」


 今日のラース先生は、スーツ姿にオールバックという出で立ちでした。

 ラース先生のスーツオールバック、ドチャクソ萌えますわぁ~~~~。

 わたくしが次に書く小説のヒーロー役は、メガネスーツオールバックで決まりですわぁ~~~~。




「やあ、ラースくん、ヴィクトリアちゃん、ニャッポちゃん、よく来たね」

「お疲れ様です」

「お、お疲れ様ですわ!」

「ニャッポリート」


 会場の入口付近に佇まれていたカイさんに声を掛けられました。

 いつもはラフな格好をされているカイさんも、流石に今日はスーツでビシッと決めていますわ。

 ボサボサ頭に無精髭で咥え煙草というスタイルは、変わりませんが……。


「俺はいろいろと裏方で忙しいから君らの相手はできないけど、まあ好きに飲み食いして楽しんでよ」

「ありがとうございます」

「あ、ありがとうございますわ!」

「ニャッポリート」


 そ、そうですか……。

 カイさんは助けてくださらないのですわね……。

 うぅ、また不安で心臓がキュッとしてきましたわ……!

 わたくしは左腕のミサンガを軽く撫でてから、会場へと入って行きました――。




「う、うわぁ」


 会場に入ったわたくしは、そのあまりの人数の多さに言葉を失いました。

 軽く500人近くはいそうですわ。

 作家だけに限らず、表紙のデザイナーさんや校正会社さんや印刷会社さんといった、出版に関わる方々はみなさん参加されているそうですから、さもありなんといったところですが。

 わたくしたちが普段何気なく読んでいる1冊の本が作られる裏には、これだけ多くの方々の尽力があると考えると、今まで以上に大事に本を読もうという気になりますわね。

 この謝恩会は立食パーティー形式で、壁際には一流シェフの方々が作ったそれはそれは美味しそうな料理の数々が、所狭しと並べられておりますわ。

 うぅ……、特にあのローストビーフなんて、ドチャクソ美味そうですわぁ~~~~。

 じっくりローストされた柔らかそうなお肉に、タマネギとニンニクが刻まれた特製ソースが掛かっていて、目と鼻双方からわたくしの食欲を刺激してきますわぁ~~~~。

 このローストビーフだけで、パンが5キロは食べられそうですわぁ~~~~。


「アラ、ラースちゃんじゃない。久しぶりねぇ」

「――!」


 その時でした。

 孔雀を彷彿とさせるような、派手な衣装に身を包んだ50歳前後のマダムが、ラース先生に話し掛けてきました。

 こ、この方は――!?

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