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第52話:少しだけワクワクしますわ!

「1・2・1・2!」

「「「1・2・1・2!」」」

「ニャッポリート」

「1・2・1・2!」

「「「1・2・1・2!」」」

「ニャッポリート」


 本日のわたくしたち第三部隊一行は、訓練のため都心から離れた林道をランニング中ですわ。

 もうかれこれ1時間以上走りっぱなしですが、今のところ脱落者は一人もいません。

 フフフ、着実にみなさん、体力がついてきておりますわね。

 これは明日の王立騎士団武闘大会の優勝者をこの中から出すというわたくしの目標も、いよいよ現実味を帯びてきましたわ!


「ぜはぁ……ぜはぁ……。ぶ、ぶにゃぁあああ……」

「――!」


 そんな中ボニャルくんだけは流石に限界が近いのか、舌を出してぜえぜえしています。

 フム、最近はボニャルくんの希望でボニャルくんの訓練レベルを上げたのですが、やはりまだ早かったようですわね。


「ボニャルくん、無理は禁物ですわ! 辛そうなら木陰で休んでいてくださいまし!」

「だ、大丈夫だにゃ……! ボクはまだ……やれる……にゃ!」


 ボニャルくん……!

 フフ、無垢な少年が必死に頑張る姿は、実にてぇてぇですわね。


「……おっふ」


 例によってレベッカさんが、そんなボニャルくんを見て鼻血を垂らしております。

 この二人、一つ屋根の下で暮らしてるんですわよね?

 ……本当に大丈夫なのでしょうか。

 わたくしが自らの手で、レベッカさんに手錠を掛ける日がこないことを祈るばかりですわ……。


「「「――!!」」」


 その時でした。

 桁外れの膨大な魔力が、前方から物凄い速さでこちらに向かって来るのを感じました。

 ――この魔力はッ!


「ヴィイイイイイクゥゥウウウウ!!!!」

「クッ!?」


 わたくしは咄嗟に【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】を十字に構えます。

 どうせ魔力障壁は展開させるだけ無駄なので、その分の魔力を全て【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】に注ぎ、その人物が放った右ストレートパンチを受け止めました。


「くううぅぅ……!!」


 今回は魔力を集中させたのが功を奏したのか、10メートルほど後退するだけに留めることができましたわ。

 ……やれやれ、相変わらず引退した身とは思えない、桁外れのパワーですわ。


「ガッハッハ! なかなかやるじゃねぇかヴィク。俺の言い付け通り、修行に励んでいるようだな」

「……お父様、今は仕事中ですわ。用があるなら後にしてくださいまし」


 そこにいたのは案の定、わたくしのお父様でした。


「まあそう言うなよ。実はヴェロニカと二人でこの辺を散歩してたんだけどよ。あいつ蝶を見掛けた途端、それを追い掛けてどっか行っちまったんだよ。お前らヴェロニカを見掛けなかったか?」


 アラ、そんなことが。

 いつもながら、お母様は天然ですわね。

 わたくしにそういうところは遺伝しないで、本当によかったですわ。


「さあ? わたくしたちが走って来たほうには、お母様らしき人はいませんでしたが」

「そうかぁ」

「お、お久しぶりであります、ヴォルフガング団長!」


 その時でした。

 グスタフさんが、お父様にビシッと敬礼しました。

 ああ、グスタフさんはお父様の現役時代を知ってますものね。


「俺のことを団長と呼ぶんじゃねえよグスタフ。こちとらとっくに引退してんだ。今の団長はリュディガーだろうがよ」


 お父様は右の義手を左手でさすります。


「あ、そ、そうでした。これは失礼いたしました!」


 フム、わたくしはお父様の現役時代はよく存じませんが、話に聞く限り、相当カリスマ性がある団長だったようですわね。

 今でも王立騎士団の団長と言えば、【軍神伯爵オーディン】であるお父様の名前を挙げる方も多いですから。


「お久しぶりです、お父……じゃなかった、ヴォルフガング伯爵!」


 今度はラース先生が、お父様にビシッと敬礼をします。


「チッ、テメェ、ヴィクに色目使ってねぇだろうなぁ? アァン?」

「そ、そんな! ぼ、僕は、色目なんて……!」

「お父様!? ですからわたくしとラース先生は、そんな関係ではないと何度言わせるのです!?」


 ラース先生はザイフリート家の男たちから目の仇にされて、本当に不憫ですわぁ~~~~。


「お初にお目にかかりますお義父とう様! 私はヴィクトリア隊長の右腕の、レベッカ・アイブリンガーと申します!」

「ボクは救護班のボニャルですにゃ!」


 続いてはレベッカさんとボニャルくんが、お父様に敬礼しましたわ。

 今レベッカさん、お義父とう様って言いませんでした?


「オ、オォウ、そうか。ヴィクをよろしくな」

「もちろんです!」

「もちろんですにゃ!」


 レベッカさんのあまりの圧に、あのお父様が押されてますわ!

 ……いや、よく見ればボニャルくんに対しても若干おどおどしております。

 そうか!

 お父様は猫が大の苦手ですから、猫獣人のボニャルくんのことも怖いのかもしれませんわね!


「ニャッポリート」

「ひっ!?」


 そして猫そのものであるニャッポには、露骨にビビッております。

 プププ、大の男が子どもみたいに「ひっ!?」とか、ドチャクソダサいですわぁ!

 【軍神伯爵オーディン】の名が聞いて呆れますわぁ!


「あ、あー、ところでヴィク、最近仕事で悩んでることとかねーか? 一応騎士の先輩として、相談に乗ってやってもいいぜ」


 お父様ったら、今の「ひっ!?」を誤魔化すために、露骨に話を逸らしましたわね?

 前回会った時は、「OB風を吹かすようなダセェ真似させんな」と言ってましたのに。

 とはいえ、せっかくの機会ですから、一応お父様にも訊いておきますか。


「実はここ数年王立騎士団では、【魔神の涙】という違法薬物を流している組織を追っているのですわ」

「【魔神の涙】……?」

「ええ、それを服用すると悪魔のような姿に変容し、驚異的な再生力と身体能力を得るというとんでもない薬でして。その【魔神の涙】を流している組織の名前が【弱者の軍勢アインヘリヤル】というところまでは判明したのですが、まだその実態は杳として掴めていないのですわ。お父様は、何か心当たりはございますか?」

「【弱者の軍勢アインヘリヤル】、だと……!」

「――!」


 お父様の顔が、一瞬で険しくなりましたわ!

 こ、これは――!


「お父様、何かご存知なのですか!?」

「あ、いや、悪い、今のは忘れてくれ」


 何ですかその思わせぶりなムーブ!

 小説だったら、絶対重要なことを知ってるパティーンじゃないですか!


「お父様、どんな些細なことでも構いませんので、是非教えてほしいですわ。今はとにかく、少しでも情報が欲しいのです」

「うぅ~ん、でもなぁ。は確かに俺がこの手でから、生きてるとは思えねぇしなぁ」


 殺した……?

 ――まさか!


「もしかしてお父様は――黒幕は【好奇神ロキ】だと?」


 【好奇神ロキ】こと、ヨハン・フランケンシュタイン博士は、人類史上最も優秀な頭脳を持つと謳われていた、天才魔導科学者でした。

 【好奇神ロキ】の発明した数々の魔導具のお陰で、人類の文明は100年は早まったとも言われていますわ。

 わたくしたちが普段使っている飛空艇も、【好奇神ロキ】の発明品の一つです。

 ――ですが、今から約5年前、【好奇神ロキ】は数十年間に渡って、、延べを、させていたことが発覚し、指名手配されました。

 そしてその【好奇神ロキ】を激闘の末処刑したのが、お父様なのですわ――。

 お父様の右腕は、その【好奇神ロキ】との戦いで失ったそうです。

 ある意味お父様を引退に追い込む原因になったとも言える、因縁の相手ですわ。


「その可能性は低いとは思うが、アイツが死に際に言ったことがずっと引っ掛かってはいるんだよなぁ」


 死に際に言ったこと……?


「教えてくださいましお父様! いったい【好奇神ロキ】は、何と言っていたのですか!?」

「うぅ~ん、でもなぁ、【好奇神ロキ】を殺す前辺りから説明しないと、上手くニュアンスが伝わらない気がするんだよなぁ。でも俺口下手だからなぁ。上手く説明できっかなぁ」


 ああもう!

 じれったいですわね!


「そういうことなら、ボクが記憶投影魔法を使いますにゃ」


 あっ、そうですわ!

 ボニャルくんの記憶投影魔法なら、口下手なお父様でも説明する手間が省けますわね!


「ハァッ!? 坊主お前、記憶投影魔法なんか使えんのかよ!?」


 記憶投影魔法は大変貴重な魔法ですからね。

 ここ最近はボニャルくんのお陰で、指名手配犯の似顔絵を作る精度が格段に上がったのですわ!


「そうですにゃ!」


 ボニャルくんが胸を張って、えっへんとドヤ顔をします。

 フフフ、可愛いですわぁ。


「なるほど、確かに記憶投影魔法なら、俺でも伝えられるかもな」

「では早速始めますにゃ! しゃがんでくださいにゃ」

「オ、オウ」


 お父様は若干ビクビクしながら、ボニャルくんの前に片膝をつきました。

 それでも目線はボニャルくんとほぼ同じくらいですから、二人のエグい身長差がよくわかりますわ。

 体積に関しては、3倍以上差があるのではないでしょうか?


「その時の記憶を頭に思い浮かべてくださいにゃ」

「……ああ」


 ボニャルくんが右手をお父様のおでこに当てます。

 いよいよお父様の過去が……!

 お父様にとっては苦い思い出らしく、今まで【好奇神ロキ】との戦いについては、詳しくは語ってくださりませんでしたからね。

 不謹慎ながら、少しだけワクワクしますわ!


「記憶の絵の具をパレットに出し

 理性の筆で混ぜ合わせ

 本能のままキャンバスにぶつけろ

 ――記憶投影魔法【即席の心象画オートアート】」


 ボニャルくんが掲げた左手の先に、映像が浮かび上がりました。


『ククク、いくらやっても無駄だよ。もう諦めたらどうだね?』


 そこには顔中皺だらけの、白衣を着た老人が映っています。

 この男が【好奇神ロキ】こと、ヨハン・フランケンシュタイン博士――!

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