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第53話:嫌というほど伝わってきますわ……。

『うるせぇよ。俺はお前を殺すまで絶対に諦めねぇぞ、【好奇神ロキ】』


 映像はお父様視点ですのでお父様自身の姿は見えませんが、声は今よりも若干荒々しい気がしますわね。

 これが現役時代の【軍神伯爵オーディン】ですか――。


『じゃなきゃこれだけ散っていった部下たちの命に、示しがつかねぇ!』


 お父様が辺りを見回すと、そこには夥しい数の王立騎士団の人間と思われる遺体が転がっていました――。

 【好奇神ロキ】との決戦時には、実に100人近くの騎士団員の命が犠牲になったそうですからね……。

 お父様が引退を考えたのは、この時失われた命に対する責任を取る意味もあったのかもしれません……。

 そしてどうやらこの場所は、研究施設のようなところらしいですわ。

 指名手配された【好奇神ロキ】が隠れていた、秘密基地といったところでしょうか?


『ヴォルフガング団長! 今の我々ではこの男には勝てません! 一旦退くべきです!』


 あっ、リュディガー団長ですわ!

 この頃は副団長として、お父様を支えていたのでしたわね。

 リュディガー団長も、今より少しお若く見えますわね。

 この時はまだ、顔に火傷の痕もありませんし。

 ただ、リュディガー団長の全身はボロボロで、立っているのがやっとの状態といったところですわ。

 今では騎士団最強の男であるあのリュディガー団長を、たった一人でここまで追い詰めるとは……!

 【好奇神ロキ】という男の凶悪さが、これだけで嫌というほど伝わってきますわ……。


『いいや、俺は絶対に退かねえ! 絶対にだ!』

『団長……!』

『やれやれ、これだから君のような強者は嫌いだよ。強者は自分の意志が罷り通ることが当たり前だと思っているからね。我々弱者はいつだって、君たち強者に踏み潰されながら生きていくしかないんだ』


 弱者、ですって――!

 お父様が先ほど【弱者の軍勢アインヘリヤル】というワードに反応したのは、これが理由でしょうか……?


『ケッ、何が弱者だ! こうやってたった一人で王立騎士団の精鋭を一方的に蹂躙してるテメェが、弱者なわけねぇだろうが! お前も紛れもねぇ強者だよッ!』

『いやいや、私自身はあくまで非力なただの一人の人間さ。――強いのは私ではなく、魔導科学さ』

『……』

『魔導科学はいつだって、我々弱者が君たち強者に対抗するための手段として発展してきたんだ。私が開発した、この魔銃もその一つだ』


 【好奇神ロキ】は手に持っている魔銃を、愛おしそうに撫でます。

 魔銃は魔力で鉛玉を発射する武器で、少ない魔力しか持たない人間でも簡単に人が殺せる、大変恐ろしいものですわ。

 魔銃が発明されたことにより、一般人でも凶悪犯から身を守る術を手にした一方で、逆に凶悪犯側も魔銃を使ってより多くの人の命を奪うようになってしまったという、皮肉な事態になりました。

 今では魔銃は資格を持つ人間しか使えないよう、法律で定められておりますわ……。


『フン、御託はいいんだよ。重要なのは、テメェが3人の妻を含む315人もの人間を、違法な人体実験で死亡させたっていう事実だけだ! どれだけ自分を正当化しようとしても、その罪だけは決して消えねぇぞッ!』

『やれやれ、そこからして認識にズレがあるようだね』

『ズレ……だと?』

『私はあくまで、彼女たちの意志を尊重したに過ぎんよ』

『……何!?』


 ……!?


『彼女たちもまた弱者だった。そしてどうしても復讐したい強者存在がいた。だから私は魔導科学で、彼女たちの命と引き換えに、復讐するための「力」を授けてあげたのさ』

『……』


 それって、もしや……!?


『私の最初の妻は、生まれつき全身に醜い痣があったため家族から気味悪がられ、ずっと地下牢に監禁されて育てられていた。まともな食事すら与えられず、身体中の骨が浮き出ているほど、瘦せこけていたよ』

『……なっ!?』


 そ、そんな……!?


『二人目の妻の両親もこれまたクズでね。自分たちは毎日ろくに仕事もせず飲んだくれておきながら、当時幼かった妻に無理矢理盗みを働かせて生活していたんだ。しかも盗みが失敗したら気絶するまで殴られたそうだよ。妻の全身は、虐待の痕でボロボロだった』

『……』


 ……それは。


『三人目の妻は村の因習で人柱にされかけていたところを、偶然居合わせた私がこっそりと助けたんだ。あの場に私がいなかったら、妻は間違いなく死んでいただろうね』

『……チッ』


 今のお父様の舌打ちは、そんな残酷なことを平気で行える人間に対するものでしょうか。

 それとも、その事実をまるで自慢話でも披露するかのように、平然と語る【好奇神ロキ】に対するものでしょうか……。


『彼女たちは心の底から復讐を望んでいた。たとえ自らの命と引き換えにしてでもね。弱者の味方である私は、どうしても彼女たちの希望を叶えてあげたかったんだ。何せ私自身も、、弱者だからね』

『なっ……!?』


 じ……実の……父親から……!?

 そ……そんなことが……そ……そんなことが許されていいのですか……!!


『妻以外の312人に対しても同様だ。皆命と引き換えにしてでも復讐したい強者存在がいたものばかり。私はその手助けをしてあげたのだよ。彼ら彼女らは皆、復讐を果たしたその瞬間、実に晴れやかな顔をしていた。感謝こそされ、責められる謂れはないね』

『……フン、確かに世の中には、殺されたって文句は言えねぇようなクソ野郎がクソほど多いのは事実だ。――でもな、だからって手当たり次第復讐してたら、そんなのただの獣と一緒じゃねぇかッ! 人間だったら、もっと誇りを持って生きようとは思わねーのかよッ!!』


 ――お父様!


『だからそれは強者の意見だよ。そんな誇りを糧に生きられるほど、弱者は強くないのさ』

『ああそうかい。だったら問答はこれで終いだな。――こっから先は、ただの「力」のぶつけ合いだ』


 お父様が右の拳をグッと握り、前傾姿勢になりました。

 ――こ、この構えは!

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