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第34話 お邪魔虫は退散願います


 グロウ王国の王太子からしれっと告げられた一言に、カーディフ国王は悲鳴を上げた。


「はあああああああああああああああ!?」


 うるさいなぁ、と小さく呟くベリエルをよそ目に、国王ウッディは息子であるミハエルの大声に耳を塞いだ。

 わなわなと震えるミハエルを、ベリエルはちらりと見てから鼻で笑う。


「うるさいよ、お前。それに何でお前が悲鳴なんか上げてるんだ?」

「何で、って」


 ミハエルはどうして、と繰り返しながらベリエルを見る。

 自分だって容姿端麗なのだから、と思いつつもどうしてこんな奴がナディスと婚約を……と考えた、ものの答えなんて出てくるわけがない。


「改めて申し上げます。ヴェルヴェディア公爵家令嬢とわたし、ベリエルは婚約を結ぶことになった。陛下、そのことでお願いがあるんだが」


 ベリエルの言葉に、ウッディははて、と首を傾げた。


「何でしょうか」

「ナディス嬢が通っている学校に、わたしも少し通いたいんだが」

「ああ、なんだ。そんなことならばいくらでも」


 あっけらかんと了承した父に、ミハエルは慌てて手を上げる。


「待ってください父上!」

「何だ」

「どうして他国の人間を!」


 こいつ、馬鹿なんだろうか。

 ベリエルは素直にそう思いつつ、呆れたようにため息を吐いて口を開いた。


「将来の我が国の王太子妃の通っている学校なんだ、どんなところなのか見ておく必要があるだろう?」

「いやだから何で!?」

「何で、って」


 どうしたらいいんだ、という顔をしているベリエルと、めちゃくちゃ怒り狂っているミハエルの差は歴然。

 そもそも婚約を結ぶ、ということは国王としても賛成だ、とヴェルヴェディア公爵家に対しては返答しているはずなのに……と、ベリエルはため息を吐いた。


「わたしとナディス嬢の婚約は、お前の父も認めているが」

「は!?」

「ですよねぇ、陛下?」


 迫力のある声音で、ベリエルがウッディに対して念を押すと、ウッディは頷いている。

 それを見たミハエルは真っ青になって、父親に縋りつき、どうにかしてくれと訴えかけるが何をどうしてもウッディは首を盾には振らなかった。


「何でだよ父上!」

「公爵家を継ぐ、という意思はあったが……ナディス嬢曰く、『ミハエル殿下に付きまとわれたくない』と豪語したらしいんだが」

「だって、ナディスは俺の妻になる予定で」

「お前の妻は将来の王太子妃がいるではないか」

「……!」


 しれっと言ったベリエルに、ミハエルは愕然とした表情を浮かべるが、ベリエルの態度は変わることはない。

 だが、ベリエルは隣国の王太子であり、この国との完成形を深めるためにヴェルヴェディア公爵家に婚姻を申し込んでいる。これに関して別に悪いことはないし、おかしなところもない。ついでに、ヴェルヴェディア公爵家との結びつきを強化していれば、隣国にとってもこの国にとっても良いことばかりなのだから、ミハエルがいくら反論したところでどうにかなるわけがない。

 更に、ミハエルにはロベリアという立派な婚約者がいるのだから、新たな婚約者を迎えようにもロベリアに過失はない。ちょっと勉強ができない(ナディス比)なだけで、基本的には努力家なのだから、このままいけば結婚してロベリアが王太子妃に、ゆくゆくは王妃になるようになっている。


「そもそも、ナディス嬢に振られているんだからさっさと諦めたらどうだ?」

「振られてなんか!」


 と、言いかけてミハエルはふと考える。

 ナディスは一体どんな反応をしていたかな、と思い返してみたが、それはミハエル自身に大ダメージを与えるだけのものでしかなかった。


『殿下、わたくし別にあなたと関わり合いになんかなりたくないですわ』

『……折角のお昼休みを、どうして殿下のために使わねばならないのでしょう』


 思い出すだけでナディスの拒絶の台詞がミハエルにぶっ刺さりまくる。

 それに反して、ベリエルは上機嫌で何かをいじっている。ミハエルはベリエルをぎろりと睨んだが、ベリエルは気にすることはなくミハエルを完全に無視し続けている。


「おい、お前!」

「すまないが、今ナディスとやりとりをしているんだ。邪魔するんじゃないよ、能無し」

「能無し!?」


 思いがけない罵倒にミハエルは目を丸くするが、ベリエルは上機嫌でやりとりを終えたらしく機嫌よく微笑んでいる。


「な、ナディスと、どんなやりとりを」

「だから、関係ないだろう」

「いいや、関係ある!!」


 何故か自信満々に宣言するミハエルだったが、ベリエルからの冷たい視線にぎくりと体を強張らせた。しかしベリエルは容赦なく追撃をしていった。


「そもそも婚約もしていなくて、ナディスから拒絶されているにも関わらず無駄に近寄ろうとしているんだからストーカーといっても過言ではない。しかしお前は現実を見ようとなんかしていない」

「うっ」

「そろそろ現実を見たらどうだ? それとも、もっと精神にダメージを食らわないと理解できないのだろうか」

「ぐっ」


 どす、ざく、と遠慮なく突き刺さる言葉に、ミハエルは見事に打ちのめされていく。しかも、ベリエルは顔色を悪くしているミハエルに遠慮なしに追撃をしていく。


「大体、嫌と言っている令嬢に無理に迫っているという状況を、どう考えているやら」


 ハン、ととどめにベリエルは鼻で笑ってから、すっと立ち上がった。まるで、もうここに用事はない、とでも言わんばかりだった。


「ベリエル殿下!?」

「わたしは、ヴェルヴェディア公爵家に滞在します。ついでに、ナディス嬢の通っている学園に短期で通いたいので、手続きをお願いしたいんだが」

「ああ、それくらいは問題ございません」


 にこやかに承諾した国王は手を上げて家臣を呼んで、手続きを進めるように告げる。

 そうすれば、家臣が早々にやってきて、手続きのための書類を用意してから学園に持っていきますね、と告げてから部屋から退出した。この間、僅か十分程度。

 ミハエルがポカンとしている間に手続きは開始され、彼に邪魔されることもなく学園に通うことが承諾されたのだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「……というわけだよ」

「まぁ殿下、とっても対応がお早いですわ」


 あっはっは、と笑いつつ報告したベリエルに、ナディスは驚いて口に手を当てる。

 ベリエルはまさに上機嫌、という雰囲気で、ナディスを見てにこにこと微笑んでいる。しかしナディスとベリエルには年の差がある。普通に通ったとしても同じクラスで勉強をするだなんて、できるのだろうか……?と首を傾げているナディスを見てベリエルは更に笑みを深めた。


「わたしも、公務があるから常に一緒、というわけではないんだけど……そうだね、学園でランチをするぐらいの時間はとれるよ」

「殿下と……ランチ」


 ランチ……と繰り返すナディスを見て、ベリエルは頷いた。

 住んでいる国が違ううえに、年の差がある二人が一緒に昼食を食べることが叶うだなんて……! とナディスは感動している。ちょっとうっかりベリエルの声が聞こえていないが、嬉しそうにしているのは伝わっているので、ベリエルは良しとしたらしい。

 つまりそれだけナディスのことを考えて想っているということなのだが、これにナディスが気付くのが翌日だったのだが、今のナディスは今にも踊りだしそうなくらいに喜んでいるために、更なる喜びがやってくるとは気付いていないのだった。


<(……大丈夫かな姫さん)>


 意外にナディスのことを心配しているツテヴウェだったが、想像通り、ナディスは翌日喜びでぶっ倒れてしまうのだが、それはまた別の話である。


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