おめでとうございます!という祝福の声を聞きながら、ロベリアはとても嬉しそうに微笑んでいた。
長かった、とても……長かったように見えるが、普通の教育速度だった。何せ比較対象が一瞬だけ王太子妃候補となったナディスだったから、比較されるのは当たり前、とでも言えるのだが。
「おめでとうございます、ロベリア嬢」
「ロベリア様なら、きっと王太子妃になれると信じておりましたわ!!」
あちこちから飛んでくる称賛の声と羨望の眼差し。
ロベリアが王太子妃候補になったのが、六歳の頃。
そこからひたすら努力すること、おおよそ十年。
「(ようやく……ここまで来たわ!)」
今日は、ロベリアが王太子妃になったことについてのお披露目パーティー、兼、ロベリアとミハエルの婚姻調停式。
更に言うなら、ここにはしっかりとナディスも呼ばれている。
「……さて、あいつはどこに?」
「ロベリア様、どなたかをお探しでして?」
「ナディス嬢を、ね」
クス、と笑ってロベリアは手にしていた扇を口元にやってから、意地悪い視線で周囲を探し回った。
そうして、目的のナディスを見つけたロベリアはニタリ、と笑ってから周囲にいる取り巻きの令嬢とアイコンタクトをかわしてから、ナディスの方にずんずんと歩いて行った。
「失礼いたしますわね!」
「あら、ロベリア様」
ナディスとロベリア、通常であればナディスの方が身分が高いために『ロベリア嬢』と呼んでいるのだが、今は違うのだと認識しているようで、きちんと『様』付けで呼んでくれる。
この瞬間を待っていた! と言わんばかりに勝ち誇ったかのようにロベリアはずい、とナディスに顔を近づけた。
「おかわいそうなナディス嬢ですこと!」
「本当ですわあ! 家の力を使って王太子妃候補になった割に、すぐにその地位をはく奪された、とってもおかわいそうな人ですものね!」
あっははは! と楽し気に笑う令嬢たちと一緒になって、ロベリアも笑う。
さぁ、どれだけ悔しそうにしているのだ、ロベリアがナディスの方を見たが、無表情のままで、しかもつまらなさそうにナディスは欠伸をした。
「は……?」
「……ふぁ」
嘘でしょう、と愕然としている令嬢たちを気にすることもなく、ナディスはつまらなさそうな表情のままでゆっくりと口を開いた。
「……他に、言いたいことはあります?」
心底だるそうに問いかけてきたナディスに、ロベリアをはじめとした令嬢たちはぐっと言葉に詰まってしまう。
ナディスはそもそも王太子妃に関して、今生は一切興味を示していない。むしろ断りたかったのだが、王家側からどうしても、と頼み込まれたから仕方なく王太子妃候補となっただけなのだ。
それを知らず、令嬢たちはナディスを詰ってしまった、というわけだが、もう出てしまった言葉を取り消すことは出来ない。
「あ、の……」
「わ、私たち、知らなくて」
「何を?」
興味がないものはとことんまで興味を示さず、拾うことなんてしない。
ロベリアが王太子妃になったことで、周りの令嬢たちも自分が偉くなったようなつもりでいるようだったが、地位がひっくり返るなどということはないのだ。
子爵家は子爵家のまま、伯爵家は伯爵家のまま。
しかしナディスは大貴族であり、この国に古くから存在する大貴族である、王家にも繋がりがある公爵家。
公爵令嬢を侮辱して、ただで済むと思ってもらっては困る、とナディスは手にしていた扇をぱちん、と閉じてからすい、と先を向けた。
「何を、知らなかったのかなんてどうでも良いです。ただ問題なのは……」
ぱしん、とナディスは手にしている扇を己の掌に打ち付けた。
「ひっ!」
「お前たちごときが、このわたくしに楯突いた、ということ」
幼い頃のナディスは、まだ年齢のこともあって『愛らしい』が真っ先にやってくる令嬢だったのだが、現在十六歳。
早々に本国の学園で履修すべき内容は完了させており、現在は将来を誓い合ったベリエルの妃となるべく必死にグロウ王国の王太子妃教育を受けている真っ最中。
しかし、ナディスは一度王太子妃教育を修了させて王妃教育に片足を突っ込んでいたほどの才女。
基本的なことを理解しているということも利点の一つなのだが、国が違えば文化も異なっているにも関わらず、頭の回転の速さと思考回路の柔軟さをもって、素早く対応・グロウ王国の作法を急速に身につけていた。
「それと、わたくしそのうちグロウ王国に嫁ぎますので、ミハエル殿下に選ばれなかったとて何ら問題ございませんもの」
「っ!」
「大体、選ぶのはミハエル殿下ではなく、国王陛下や王妃殿下をはじめ、国の重鎮の方々。王太子妃に選ばれた、すなわちミハエル殿下に愛されているから、などという御伽噺のようなお子様の戯言を妄信しているなら……」
一呼吸おいて、ナディスは侮蔑しきった表情を令嬢たちに向けて続ける。
「愚かにも、ほどがある、ということをご自身で証明されているということに他なりませんが……ご自覚ありまして?」
クス、と小馬鹿にして微笑むナディスは妖艶そのもの。
十六歳になり、勉強もできて作法も完璧、加えて公爵家の使用人に徹底的に磨かれているため、髪は枝毛もなく風が吹くたびさらさらと揺れる。栄養もしっかり取っているため、髪が弱っていることもなく、肌艶もとても良い。
メイクもしているにはしているが、肌の調子がとんでもなく良いのでメイクも薄くて良い。あとは仕上げのパウダーとチーク、唇への艶だしくらいで済んでいる。
ぱっちりしている目にはアイラインは必要以上にひかなくて問題ないし、濃いめのメイクにしてしまうとケバい顔という仕上がりになってしまう。だから、今回はメイクは控えめにしてもらっているのだが、これが大成功。
何か特別なメイクなのでは、そもそもメイク道具がナディスに合わせた特別性なのでは、とあちこちで色々な人が推測している。
「(別に前回のように濃いメイクをする必要なんてないし、ベリエル様にご理解いただいていれば問題ないし)」
ぱらり、と再度扇を開いてナディスは白けた目をロベリアや他の令嬢たちに向けている、
顔面蒼白になって口をぱくぱくとしていたり、ロベリアだってとても悔しそうにしているのだが、ナディスはそれを気にかける必要は感じられない。まだ解放されないのだろうか、とナディスは己をぱたぱたと扇ぎつつ、自分に相対しているロベリアをはじめとした令嬢たちにゆっくりと視線を向けた。
「……ねぇ、誰か何か言ってくださいませんこと? 理解できる頭がなくて、聞く気がないのであれば耳、引きちぎって捨ててしまってはいかがかしら」
「な、なんですって!?」
「先ほどのわたくしの問いに誰も答えませんし……ねぇ。聞く気がないか頭が悪すぎて理解できないか、どちら?」
ナディスの背後にはでかでかと『さっさと答えやがれ』と文字が見える気がする令嬢たちだったが、気のせいではない。ナディスはさっさと自分の問いかけに答えてもらいたいし、出来ないならそれはそれで回答が欲しいと思っているだけ。
ちょっと眼光が鋭すぎて、並みの神経しか持ち合わせていない彼女たちにとっては、普通の神経で耐えきれるものではないだろう。
「……どちら、なのでしょう。答えられないなら、口も縫い付けてしまったらいかが? ……しかし、本当に……」
ナディスが、一歩前に出る。
そして、手を伸ばして問答無用でロベリアの顎をがっちりと掴んで、ずい、と顔を近づけドスの利いた声で問いかけた。
「王太子妃殿下、貴女が先導してこんなことを引き起こしたのですから……責任、取れますわよね?」